Special.2 俺と女王様の願いごと
2008年七夕企画。日常編と発端編の間。
憶えている限り、俺が七月七日の夜空にかけた一番古い願い事は『おとうとかいもうとがほしい』だった。
ちょうどその頃、幼なじみの彼女に弟が生まれ、俺は悔しくて羨ましくてしょうがなかったのだ。結局その願いは叶えられず、俺は現在に至るまでひとりっ子のままなのだが。
そして次の年は、確か……。
「なぁにぼんやりしてんのよ。まだ書けてないの?」
尖った口調の彼女の声に、俺は回想から引き戻された。至近距離から睨んでくる瞳に、思わず仰け反る。
「っ、……びっくりさせんな!」
「別に驚かせるようなことなんて何もしてないじゃない。それより、さっさと書きなさいよ」
この鈍感娘が! と俺は心のなかで毒づいた。きっとこの女には、恋する男の純情なんぞ一生かかっても理解できまい。
雲の上の恋人たちが、一年に一度の逢瀬を許された夜。「ハーゲンダッツのストロベリーが食べたい」と突然言い出した女王様のわがままを叶えるべく、コンビニエンスストアへやってきた俺たちは、なぜか飾りつけられた笹の前で短冊とペンを手にしていた。
どうやら店のちょっとした企画らしい。ドアの脇に笹が立てられ、その前に置かれた机の上には、色とりどりの短冊とペンが並んでいた。
面白がった彼女に引きずられ、俺も渋々ペンを取った。色紙を切って作ったらしい短冊に、ふっと懐かしい記憶が甦ってきたのだ。
――そういえば、あのとき小さかった彼女は何を願ったのだろう。
「ほら早くぅ。せっかく買ったアイスが溶けちゃうでしょー」
「おまえがやり出したんだろうが! 少しは協調性っていうものを身につけろ!」
身勝手極まりない言い分にツッコみつつ、俺は彼女から見えない角度で短冊にペンを走らせた。笹の葉のなかへ隠すように、枝へ紐を結びつける。
「ちょっとちょっと、いったい何書いたのよ?」
「だれが教えるか。プライバシーだ、プライバシー」
「あんたにプライバシーなんて上等なもんはないわ!」
「おまえ、俺をなんだと思ってんだ!?」
緑に埋もれた短冊へ手を伸ばそうとする彼女の背を押し、俺は逃げるように帰路へついた。店の前でぎゃあぎゃあと騒ぐ若い男女に注がれる視線なんて耐えられるものではない。
家に着くまでの間、ご機嫌斜めの女王様はずっと文句を洩らしていたが、俺は決して口を割らなかった。
言えるわけがない。
彼女が好きな空色の短冊に書いた願い事。めぐり逢うふたつの星に託した想い。
『ずっと一緒にいられますように』
だれと、なんて今更だ。
幼かった彼女と、大きくなった彼女が同じことを願ったと俺が知るのは、もう少しだけ先の話。