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俺と女王様  作者: 冬野 暉
本編
1/19

Act.1 俺と女王様

まずは日常編。

 幼なじみという関係ほど厄介なものはない。しかもそれが生まれたときからのつき合いならば、尚更だ。




「おいそこ、邪魔だ。どけ」

 おそろしく尊大な台詞と一緒に、背中にげしっと衝撃が降ってきた。

「いてっ」

 前のめりになった勢いで、思わずコントローラーの操作を誤ってしまう。本来押すべきAボタンではなく、滑った俺の親指はBボタンを押していた。

 次の瞬間、ブラウン管の向こうのキャラクターは見当違いな回復魔法をくり出し、敵の必殺技をまともに食らった。

「あ」

「のぁぁっ!」

 目にも止まらぬ速さでHPが削られていき――あっという間にゼロになる。

 どこか間抜けなメロディが流れ、キャラクターは地面に倒れた。

「あーあ、ゲームオーバー」

 まったく悪気のない声に、俺はキッと背後を振り返った。

「てっんめぇ、いきなりなにしやがんだ!」

「だって邪魔なんだもん。どけって言ってもどかないしー」

「当ったり前ぇだろうがっ! なんでわざわざ俺がどかなくちゃなんねぇんだよ!? 充分横通れるじゃねぇか!」

 しかし俺の睨みもなんのその。彼女はふんっと鼻を鳴らすと、馬鹿にしきった笑みを浮かべた。

「あたしが通りたいと思えば、そこがあたしの道なのよ」

 横暴だ。

 なんという自己中心的な考え方。世界はあたしのために回ってんのよ、当然でしょ、と言わんばかりの彼女の態度に、俺は脱力した。

「……おまえさぁ、ひとの部屋に断りもなく入ってきて言うことがそれかよ」

「はじめの部屋はあたしの部屋なんだから、あたしのどうしようと勝手でしょ」

 おまえはどこぞのガキ大将か。

「ほらほら、さっさとおどき。苑香そのか様のお通りよ」

 まるで野良犬でも追い払うように、彼女はしっしと手を動かした。俺はため息をくと、なるべくゆっくりと立ち上がる。せめてもの反撃に。

「ぐずぐずすんな!」

「ぅお!」

 すぐに蹴りが飛んできて、慌てて退避したが。

 ……我ながら情けない。

 彼女は女王のごとき足取りで歩いていき、俺のベッドに腰かけた。わざとらしく長い髪を後ろに払いながら優雅に足を組む。サブリナパンツから覗く、白い足首を見せつけるように。

 俺はテレビのほうを向くフリをして、彼女から目を逸らした。

「ほらほら、せっかくこのあたしが来てあげたのよ? さっさとお茶なりお菓子なり持ってきなさいよ」

「……別に、だれも来てくれなんて頼んでねぇんだけど」

 ゲーム機の電源を切りながらちらりと窺うと、彼女は不敵に微笑んだ。

「嘘つけ。嬉しいくせに」

 確信に満ち溢れた言葉に、俺は一瞬、声を詰まらせた。

「嬉しくねぇよ」

「素直じゃないなぁ、はじめは」

 彼女はにやにやと目を細めながら爪先を泳がせている。パールピンクに染まった小さな爪が、桜の花びらのようだった。

「だったらなんで、部屋から出ていこうとしてるのかなぁ?」

 追いかけてくる声は、悔しいほどにたっぷりと余裕を滲ませていた。俺はドアノブに手をかけると、白旗を振るような気持ちで叫んだ。

「おまえが持ってこいって言ったんだろうが!」

「うん、よろしい」

 彼女は満足そうに頷いた。その笑顔をかわいいなどと思ってしまったのは――気のせいではない。

 俺は深く長いため息をついた。

 まったく、幼なじみという関係ほど厄介なものはない。しかもそれが生まれたときからのつき合いならば、尚更だ。

 家族ではなく、友達でもなく、ましてや恋人でもない、曖昧でいながら距離感のない関係。これほど気安く、心地いい結びつきがあるだろうか。

 これは甘えなのだという自覚はある。どう転ぶかわからない変化を起こすくらいなら、今のままのふたりでいたい。そうすれば、俺は何もおそれずに、彼女の隣にいられる。

 臆病だと思う。卑怯だとも思う。だが俺はまだ、このぬるま湯のような幸福に浸かっていたい。

「おいこら。早くしやがれ」

「へいへい」

「返事に真心がこもってない!」

「って! 枕投げるな!」

 ドアを盾にベッドからの砲撃を回避する。「とっとと持ってこい!」という彼女の声を背に、俺はこみ上げてくる笑いをひっそりと噛み殺しながら、階段を駆け下りた。




 未来のことはわからないが。

 今はまだ、彼女は俺だけの女王様だ。

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