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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

刻舟求剣エッセイ

昔好きだった男性が恋しくなり抱かれに行ってみたけれど、そもそも彼は弱った時に抱けと迫ったところで抱いてくれるような男ではなかったという話

作者: イトウ モリ
掲載日:2026/03/19


 とある祝日。


 私は一人でドライブをしていた。

 目的は買い出し。トイレットペーパーやらティッシュボックスや洗剤詰め替えなどのかさばったり重たかったりするもののストック補充である。


 ドライブ中のBGMはカーラジオ。

 ふと、懐かしいイントロが聴こえた。


 私の胸が苦く、それでいて甘く、『トゥンク……』とざわめいたのが分かった。


 AМ特有のシンプルで単調な昭和のメロディー。


 朗らかな祝日の晴れた昼下がりにドンピシャの旋律。


 こ……これは……!


 このメロディーは……!


 テレフォン人生相談じゃないかぁぁぁぁ……!


 じゃないかぁぁぁぁ……!


 ないかぁぁぁぁ……!


 かぁぁぁぁ……!

 

 ぁぁぁぁ……!


(※心を揺さぶるエコー)




 脊髄反射でラジオのボリュームマークを連打する。もちろん音量大の大連打である。


 パーソナリティは加藤諦三と耳にし、私の胸が『ドゥンク……!!』と先ほどよりも2割強で収縮した。


 今まさにドーパミンが放出された瞬間だった。

 アドレナリンではない。ドーパミンだ。

 冗談ではなく放出を体感で感じた。ドピュッて出た。絶対に出た。超出た。


 私の神経の末端に至るまで、ドーパミンで満ち溢れている。


 こいつはやべぇ。いったん落ち着こう。


 んで、とりあえず手近な駐車場に停める。

 心を鎮めて全集中でラジオを聴くためである。


 姿勢を正して傾聴。


 お悩みの内容は、簡単にざっくり説明すると、困った次男が困った嫁さんもらってきちゃって困ってるの、という困ったお母さんからの相談だった。



 感想。



 ……すげえ……。(語彙力放棄)



 やっぱ切れ味が違う。

 さすがとしか言いようがない。


 他のパーソナリティじゃあ、この一周も二周も回って、身も蓋もない剛速球な爽快さは出せない。これぞ加藤諦三の神髄だと言わんばかりな回だった。(分かる人には分かってもらえるはず)

 


 相談者がその剛速球を無事にキャッチして、なおかつ自分に投げかけられた言葉の意味を理解できたのかは言わずもがななので置いておくとして、あまりにも無慈悲に直球ドストライクな正論をぶっ放した加藤諦三氏に私はすっかり心を奪われてしまった。


 例えるなら……うーん、そうだな……。


 焼けぼっくいに火がついた的な?


 昔惚れた相手とばったり再会して恋心が再燃する的な?



 加藤諦三は社会人になりたての頃くらいに、たしか『不安のしずめ方』とかいうタイトルの本でお世話になった。


 あの本にはかなり救われた……ような記憶がある。相当昔なのであんまり内容は覚えていない。

 

 すごーく懐かしかったので、その後図書館に寄って加藤諦三の本で貸し出し可能なものを片っ端から借りて帰った。とりあえず10冊。


 ほくほくしながらの帰り道、ふと冷静になり、心の中で疑問が浮かんだ。



モリ一郎∶なんかさあ、テレフォン人生相談ってタイトルだけでニヤニヤして喜んでさあ、しかも悩んでる人がド正論でぶん殴られてるのを楽しんでるってさあ、かなり最低な部類の人間じゃねえ?


モリ二郎∶あー、それわかりみー、シャーデンフロイデの極みみたいなやつー?


モリ三郎∶えー? ないない、マジない。さすがにいくらなんでもそこまで人間腐ってねえって。


モリ四郎∶はあ? じゃあなんでこんなラジオ好き好んで聞いてんだよ? 趣味悪くね?



 なんて脳内会話が始まり、気づくことがあった。



 人間誰しも面と向かって自分の欠点や問題を指摘されたら、防衛反応が出てしまうものである。


 例えば、論点のすり替え、無茶苦茶な合理化、誤った自己解釈、原因の外在化、エトセトラエトセトラ……。


 でも自分と関係ない他人が、これでもかと問題点をむき出しにされている様を、完全に安全な場所から傍観すると、自分にも当てはまるかもしれないと素直に自分を見つめることができるような気がする。


 そういうもんではないだろうか。


 碇ゲンドウも息子のシンジに心を見透かされてATフィールドが自動展開していた。ギャグかなと思って笑ってしまったけれど。


 つまり真正面からの精神攻撃は、どんな人間だとしてもそれなりに辛いもんである、ということが言える。



 もし自分が問題を抱えて誰かに相談した時に、『それは今まで問題を解決せずに放置した自分のツケが回ってきただけなんだから自分で解決するしかないよねー』って言われたら、まあキレるだろう。


 人が言われているのを聞いている立場なら、『あ、なんか自分も当てはまりそうかも。気をつけなきゃなぁ』みたいな漠然とした気づきがじわじわと自己成長の意欲に変わっていくのかなぁなんて思う。



 ラジオの話に戻るが、そんなことを言われてしまった相談者本人としては、自力で解決できないから問題がここまで大きくなってしまったわけなので、今さら表面化してきた問題を自分の力で解決するのは無理なんじゃないのかなーと私は感じる。


 ラジオで直々に加藤諦三からツケを払えと言われたとしても、指摘されてツケを払えるような根性がある人だったら、そもそも最初からこんな事態にはなっていない。


 きっと相談者はこの問題を解決できないだろうな。


 私としてはそんな予期があった。

 


 テレフォン人生相談は、ラジオ番組の中でとんでもない長寿番組として君臨しているコーナーである。(なんと58年も続いているらしい)


 何故こんなにも長く番組が続いているのかと考えると、この番組はただの相談番組ではなく、ある意味カウンセリングをショーとして成功させた番組でもあるのだと思う。


 相談者が問題を解決できなくても、ラジオを聞いた誰かの気づきにつながれば、それはそれとして番組の趣旨としては成功しているのかもしれない。


 テレフォン人生相談の書籍も出てるみたいだし。一部のマニアに根強い人気があるのだろう。(私も含む)


 

 ベラン・ウルフの名言で締める最後が妙にシュールで、妙に変な余韻が残るのがなんともいえずにあと引く感じだった。


 そのシュールさに思わず、ギャグなのかな? なんて思ったりもしたのだけれど、それにしたって短時間で相談内容を要約し、問題点を明確化し、改善方法を伝え、オチをつけて終了させる。その流れは見事としか言いようがない。


 さすが長い経験を持っている人のなせる熟練の技だと感服する。収録だから多少の編集はあるみたいだけれど。


 そんな偶然によるラジオでの再会をきっかけに、久しぶりに加藤諦三の沼へどっぷり浸かりたくて、借りた本を片っ端から読んでみた。



 淡々としてるし、文章に優しさはない。

 読みながら思い出す。

 そうそう、そうだった。この人はこういう文章を書く人だった。


 懐かしさが込み上げる。


 加藤諦三の本を読もうとする人は、十中八九、悩みのある人なのだと思う。


 悩んでいるということは、心が弱っているときだ。


 だけど、この人の文章は優しくない。

 でもそれがいいのだ。


 きれいごとで優しさを並べていくような人を私は優しい人だとは思わない。


 中途半端な優しさは人を救わない。


 慰めも、癒しも、ただの傷の舐め合いに過ぎない。そこに救いはない。



 目の前に立ち塞がる問題を乗り越えたいのなら、自分の中にいる醜い自分と戦わなくてはいけない。

 私はそう思っている。


 加藤諦三の本は、目の前に鏡を置いてくる。


 そして、弱くて卑しくて醜い自分の姿を見ろと言ってくる。


 弱ってすがってくる相手に、甘い言葉も、優しい愛撫も一切ない。


 彼は『不安でどうにかなっちゃいそう♡ お願い♡ 抱いて♡』と迫ったところで、メンタルが弱った相手を抱くような男ではないのである。きゃー、すてきー。


 と、いうわけで無事にタイトルも回収できたわけなので、これでオチにしようと思う。



 次はこのままの流れでカレン・ホーナイかフロイデンバーガーを読んでみようかな。


 おしまい。

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