閑話:エフィの休日
エルフ×探偵×魔法ミステリです。
日常と事件が交差する、連作短編風の物語になります。
気軽に読んでいただけたら嬉しいです。
今日はお休みの日だ。
普段なら市場をぶらぶらしたり、雑貨屋を巡ったりして、可愛いものを探して一日を過ごす。
けれど今日は、少しだけ特別な用事があった。
――事務所に行かないといけない。
休みの日にわざわざ仕事場へ、というのも変な話だが、理由は一つしかない。
胸の奥に、そわそわとした落ち着かない気持ちを抱えながら、私は事務所の扉の前に立った。
深呼吸を一つして、ドアを開ける。
「マムぅぅぅぅぅ〜」
開けた瞬間、聞き慣れた鳴き声が飛び込んできた。
そう――先日預かったキメラの動物、通称マムちゃんだ。
二足で立ち上がり、ぱたぱたと短い足を動かして、こちらを見上げている。
ふわふわの灰色の毛が、朝日を浴びてほんのり光っている。
「マムちゃん〜。寂しかった〜?」
返事を待つ間もなく、私は一目散にマムちゃんの元へ駆け寄った。
そのまま抱き上げて、頬ずりを始める。
――私、エフィは可愛いものに目がない。
これは、先生も知っている私の弱点だ。
というより、先生は私のこの性格を完全に把握していて、時々からかってくる。
「よしよし〜。いい子いい子〜」
「マムぅ〜」
腕の中で、マムちゃんがきゅっと身体を寄せてくる。
その仕草一つ一つが反則級に可愛い。
数日間様子を見て分かったことだが、マムちゃんはとても賢い。
トイレはすぐ覚えたし、食べ過ぎることもない。
一人でのお留守番もできるし、事務所の中を自由に歩き回らせていても問題は起きなかった。
それに――何より、人の言葉を理解しているような気がする。
「お水飲む?」と聞けば水場へ向かうし、「ちょっと待ってて」と言えば大人しく待っている。
普通の動物には、ここまでできないはずだ。
(やっぱり、キメラだからなのかな)
そう思うと、少しだけ胸が痛んだ。
この子は、本来なら存在してはいけない生き物なのだ。
でも――
「今日はね、お出かけしましょ」
「マムぅ〜」
心なしか、いつもより鳴き声が弾んでいる気がする。
私は持ってきた斜め掛けの袋を広げ、そっとマムちゃんを中に入れた。
すると袋の中から、ぎゅっと抱き締めるような感触が伝わってくる。
(……なんて可愛いの)
思わず頬が緩むのを自覚しつつ、私は動物連れ込み可のカフェへ向かった。
*
ここ――ハナカフェは、動物用のメニューも豊富だ。
普段は牧草で済ませているけれど、今日は休日。
何か特別なものをあげてもいいかもしれない。
店内に入ると、何人かの客が動物を連れていた。
小型犬や猫、中には小鳥を肩に乗せている人もいる。
私が席に着くと、隣のテーブルにいた老婦人が声をかけてきた。
「まあ、可愛らしい子ね。何ていう動物なの?」
「えっと……チンチラです」
咄嗟に、そう答えた。
キメラだとは言えない。
「あら、随分と珍しい。うちの子も見せてあげたいわ」
そう言って、老婦人は自分の連れている小型犬を撫でた。
マムちゃんは袋の中から顔を出し、老婦人の方をじっと見つめている。
その視線は――まるで、挨拶をしているようだった。
(やっぱり、この子は普通じゃない)
メニューを眺めていると――
「マムマム!」
マムちゃんが、小さな前足で一枚の写真を指した。
そこに写っていたのは、見るからに高級そうなフルーツの盛り合わせ。
「……マムちゃん。それ、高すぎるよ」
「マムマムぅぅぅ〜」
普段は大人しいのに、今日はやけに主張が激しい。
そんなに食べたいのだろうか。
それとも――私が休日で嬉しいから、テンションが上がっているのかもしれない。
「……仕方ない。今日は特別ね」
結局、私は負けてしまった。
私はいつもこうだ。
可愛いものがあれば、つい買ってしまう。
可愛いおじいちゃんやおばあちゃんがやっているお店で勧められたら、なおさら断れない。
先生には、「エフィは甘いわね」とよく言われる。
でも、先生だって甘い物には目がないくせに――そう思うと、少しだけむっとする。
(今後は、ちゃんと引き締めないと……)
そう思いながらも。
運ばれてきたフルーツを、嬉しそうに頬張るマムちゃんを見ていると、胸の奥がじんわりと温かくなっていく。
「美味しい?」
「マムぅ〜」
マムちゃんは小さく鳴いて、満足そうに尻尾を揺らした。
「……まぁ、いっか」
私は小さく呟いた。
きっと、まだしばらくは変われそうにない。
可愛いものには弱いし、誰かの笑顔を見ると嬉しくなってしまう。
でも――それが、私らしさなのかもしれない。
先生は冷静で、時に冷酷だ。
だからこそ、私が少しくらい甘くても――バランスが取れるのかもしれない。
こうして、私の休日は――
今日も、可愛いに振り回されながら、ゆっくりと過ぎていく。
*
帰り道、マムちゃんは袋の中でうとうとと眠り始めた。
その寝顔を見ながら、私はふと思った。
この子は、本当に何者なのだろう。
先生は何かを知っている――そんな気がしてならない。
けれど、まだ教えてくれない。
それが、少しだけ不安だった。
でも、今は――
この小さな温もりを、大切にしたい。
そう思いながら、私は事務所への帰り道を歩いた。
お読みいただき、ありがとうございました。
今回は閑話として、エフィの休日をお届けしました。
可愛いものに弱い助手と、ちょっと不思議なマムの組み合わせを楽しんでもらえたら嬉しいです。
次回からは、また探偵事務所らしく(?)事件編に戻ります。
引き続き、よろしくお願いします。
次回は2月15日(日)予定です。




