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禁忌の取引

エルフ×探偵×魔法ミステリです。


日常と事件が交差する、連作短編風の物語になります。


気軽に読んでいただけたら嬉しいです。

ヴィクターの家の門の前に到着した。

 静かな住宅街の一角。外見だけを見れば、どこにでもありそうな普通の家だ。


「もし魔法戦闘になりそうだったら――」


 レイリア先生は、私の太ももに軽く手を当てた。


「ここに触れたら合図よ。すぐ横に飛んで回避。そのまま戦場から離れた位置で待機して」


「先生は……どうするんですか?」


 ふと疑問が口をついた。

 先生が戦闘する姿を、私は一度も見たことがない。


「これでも元・魔法師団の団長よ」


 いつもの軽い口調のまま、さらりと言う。


「魔法戦闘なら、そう簡単には負けないわ」


 王国の人から、先生がかつて魔法師団に所属していたとは聞いていた。

 だが、団長だったことも、実戦で戦えることも――正直、想像がつかない。


 普段のだらしない姿と、事件現場での冷静さ。

 その差が激しすぎるのだ。


「ただし、魔法で生け捕りは難しいから」


 先生は続ける。


「合図が二回目にあったら、拘束をお願い。魔法使いは魔法頼りで、身体は鍛えてないことが多いの。エフィでも十分よ」


「……はい」


 そう返事をしながら、内心では不安が膨らんでいた。

 確かに最近は鍛えている。だが、相手は成人男性だ。


「さて。準備はいい?」


 先生が門に手をかける。


「――いくわよ」


 私は大きく息を吸い、気持ちを引き締めた。


 トントン。


 扉を叩くと、ほどなくして中年の男が姿を現した。


「……どちらさまですか?」


 この男が、ヴィクターだろう。


「あなたがヴィクター・ローレンスさん?

 少しお話を伺いたいのですが、お時間よろしいかしら」


 一瞬だけ、男の視線が揺れた。

 だがすぐに平静を装い、頷く。


「分かりました。中へどうぞ」


 家の中は、妙に殺風景だった。

 広い客間の中央に、ぽつんと椅子とテーブルが置かれているだけ。生活感が薄い。


「少しお待ちください。身なりを整えて、お茶を持ってきます」


 そう言い残し、男は一度部屋を出ていった。


「エフィ」


 先生が小声で言う。


「何があってもすぐ動けるように。出口は一つだけ。合図があったら、ドア付近まで下がって」


「分かりました」


 胸の奥が、じわじわと冷えていく。


 ほどなくして男が戻ってきた。

 湯気の立つ茶を差し出し、向かいに腰を下ろす。


「それで……どんなお話でしょう?」


「この前、貴族の息子さんから依頼がありまして」


 先生はいつもの軽い調子で切り出した。


「行方不明になった動物を探してほしい、って」


「ほう……それは大変ですね」


 男は相槌を打つ。


「どんな動物なんです?」


「チンチラに似ているんですが、少し大きくて……習性はマーモットに近いそうで」


「なるほど。それは奇妙ですね」


 男は頷きながらも、どこか落ち着かない。

 視線が何度か、部屋の奥へと向けられている。


「……それで、なぜうちに?」


「いやぁ、公園を探していたら魔力の痕跡が見つかって」


 先生はそこで言葉を区切った。

 そして――私の太ももに、軽く触れる。


 合図だ。


 私は即座に横へ跳んだ。


 その瞬間――


「ロックランス!」


 男が床に手を突くと同時に、地面から岩の槍が突き出した。


 間一髪。

 私も先生も、横に飛んで回避していた。


「……っ」


 男は舌打ちし、後退しながら再び魔力を練り上げる。

 床が震え、次の魔法が来る――そう直感した。


「ロックバインド!」


 床が隆起し、岩が手の形へと変形する。

 巨大な岩の手が、先生へと襲いかかった。


「ウィンドカッター」


 先生が短く呟く。


 見えない風の刃が走り、岩の指を次々と切断した。

 破片が床に散らばる。


 さらに先生は、鞄から小さな容器を取り出し、中の水を男へと撒き散らす。


「アイスアイビー」


 水が空中で凍りつき、蔦の形へと変化した。

 それが床を這い、男の足に絡みつく。

 瞬く間に身体へと這い上がり、動きを完全に封じた。


「エフィ!」


 先生の声に、私は駆け寄る。


 ――勝負は、一瞬だった。


 私は男を押さえ込む。

 抵抗は、ほとんどなかった。


「さて」


 先生は微笑んだまま、男を見下ろす。


「いくつか聞かせてもらうわ」


 その瞳は、氷のように冷たい。


「嘘はダメよ。嘘だと分かれば、あなたの雇い主の貴族まで罰を受ける可能性が高くなるわ」


 男は歯を食いしばっていたが――

 貴族の名前が出た瞬間、観念したように力を抜いた。


「……分かった」


 重い声で語り始める。


「動物は、闇ギルドから流れてきたものだ。珍しい物を集める貴族に売った……だが、その貴族は飽きたのか、別の貴族に譲渡したらしい」


「つまり、あなたは仲介役だった」


「ああ。そして――」


 男は苦々しげに続けた。


「事が露見するのを恐れて、盗み返すよう命じられた」


 私は思わず息を呑んだ。

 貴族という存在は、欲しいもののためなら手段を選ばない。


「その動物――正確には何なの?」


 先生の声が、一段と低くなる。


「……キメラだ」


 背筋が凍る。


 キメラ。

 合成生物。研究自体が禁忌とされる存在。


「ただし、普通のキメラとは違うと聞いている」


 男は続けた。


「闇ギルドの連中も詳しくは知らないらしい。ただ、"記憶を持っている"とだけ」


 その言葉に、先生の表情が変わった。

 一瞬だけ――何かを確信したような、そんな表情。


「……なるほどね」


 先生は小さく息を吐いた。


「エフィ、あなたは治安院への通報をお願い」


「はい」


 私は外へ出て、すぐに治安院へ連絡を入れた。

 その間、部屋の中では先生と男が何かを話しているようだったが――詳しくは聞こえなかった。


 ほどなくして治安院の者たちが到着した。

 ヴィクターは連行されていく――その際、治安院の隊長格らしい男が、レイリア先生の顔を見るなり一瞬言葉に詰まった。


「……この件、上に確認を取らせてください」


 明らかに、ただの一事件として扱う態度ではなかった。

 先生の過去の地位が、今もなお影響力を持っているのだと――私は改めて実感した。



 治安院での交渉は、長引いた。


 キメラの扱いについて、先生は粘り強く主張を続けた。

 私は待合室で待ちながら、時折聞こえてくる先生の声に耳を傾けていた。


「……一時的な預かりという形で……」

「……研究目的ではない……」

「……あくまで保護として……」


 最終的に、一時的な預かりという形で、私たちが保護することが許可された。


 部屋から出てきた先生は、少し疲れた様子だった。


「お疲れ様です、先生」


「ありがとう。さて――これから少年の元へ行くわよ」


 その言葉に、私は少し戸惑った。

 キメラを保護する許可は得た。けれど、少年にどう説明するのだろうか。



 私たちは、少年の元を訪れた。


 屋敷の応接間。

 少年は目を輝かせて、私たちを迎えた。


「見つかったんですか!?」


「ええ。見つかったわ」


 先生は優しく微笑んだ。

 けれど、その目は――どこか悲しげだった。


「ただし」


 先生は、ゆっくりと言葉を続ける。


「この子は、返せない」


 少年の表情が、一変した。


 私も、その言葉に驚いた。

 先ほど治安院との長い話し合いをしていたのは、少年に返すためだと思っていた。

 だが――違ったのか。


「どうして……!?」


「この子は、特殊な動物なの」


 先生の声は、静かで――けれど、確固たる意志を感じさせた。


「魔力を帯びた生き物は、魔法を使える者の元でなければ飼うことが禁止されているわ」


「そんな……」


 少年は首を振る。


「でも、僕の子なんです! ちゃんと可愛がってたんです!」


「分かっているわ」


 先生はしゃがみ込み、少年と目線を合わせた。


「だから、私のところで飼う許可をもらったの。いつでも会いに来るといいわ」


 少年は、ぽろぽろと涙を流し始めた。

 そして、小さく頷く。


 小さな生き物は、少年の方を振り返った。

 短い前脚を伸ばし、何かを伝えようとするように――けれど、その距離は届かない。


「……分かりました」


「ありがとう」


 先生は少年の頭を、そっと撫でた。


「あなたは優しい子ね。きっとこの子も、あなたに出会えて幸せだったと思うわ」



「さて、エフィ。この子の親御さんにも話をつけにいくわ」


 先生はそう言うと、別の個室へと向かった。


 両親との会話は、比較的穏やかに進んだようだった。

 どうやら両親もチンチラだと思っており、特殊な動物だとは知らなかったらしい。


 事情を話すと、両親はすんなりと私たちが持ち帰ることを認めてくれた。

 むしろ、息子が危険な生き物と接していたことに安堵しているようにすら見えた。



 屋敷を後にすると、私は先生に尋ねた。


「……キメラなのに、私たちが飼うんですか?」


「そうよ。少年の元に置いておくこともできないからね」


 先生は軽い調子で答える。


「それに――」


 先生は、ケージの中で眠る小さな生き物を見つめた。


「動物を飼うというのも、先生にしては珍しいですが……」


 ヴィクターが言っていた"記憶を持っている"という言葉が、頭をよぎる。


 先生は、キメラの頭にそっと手を置いた。

 まるで、何かを確かめるように。


 そして――小さく呟いた。


「この子のこと、調べなきゃいけないわね……」


 その声は、ひどく静かで――けれど、何か重いものを含んでいた。


「……先生。何か言いました?」


「ん? 何でもないわ」


 先生は顔を上げ、いつもの軽い調子へと戻った。


「さて、甘い物でも食べにいきましょうかね~。今日は色々あって疲れたし」


 一瞬、先生の顔が影のように曇ったように感じた。

 けれど次の瞬間には、いつもの気だるげな表情へと変わっている。


 気のせいだったのかもしれない。


 だが――私の心には、一抹の不安が残っていた。


 先生は、何かを隠している。

 この小さな生き物について、私の知らない何かを。


 その気持ちを振り払うように、私は急いで先生の後を追った。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


今回で「動物行方不明事件」は一区切りとなります。


次回からは、新たな局面に入ります。

この小さな生き物が、物語に何をもたらすのか。

引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。

次回更新は2/11(水) 20:00予定です。


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