魔力の痕跡
エルフ×探偵×魔法ミステリです。
日常と事件が交差する、連作短編風の物語になります。
気軽に読んでいただけたら嬉しいです。
事務所を後にして、私たちは中央区の公園へと向かった。
貴族の子供ということもあり、少し離れた場所から、こちらを見張るような視線を感じる。お付きの人間が、距離を取ってついてきているのだろう。
「公園に来たときも、お付きの人は一緒だったの?」
「うん。いつも一緒に付いてくるよ。でも、遊んでる間は離れたところで待ってるんだ」
少年の話を聞きながら、私は考える。
人目のある公園で、動物が跡形もなく消える――そんなことが、本当にあり得るのだろうか。
噴水のある広場に着くと、レイリア先生の雰囲気が変わった。
いつもの気だるげな様子は消え、周囲を鋭く観察し始めている。
「ここで遊んでたんだよね?」
先生が尋ねると、少年は力強く頷いた。
「うん! このへん!」
指差した先は、芝生の広がる一角だった。
一見すると、何の変哲もない場所――だが、先生はその場で足を止めた。
「……エフィ」
先生はしゃがみ込み、地面をじっと見つめる。
「このあたり、少しだけ――不自然ね」
言われて目を凝らすと、確かにそこは円形に、ほんのわずか盛り上がっていた。
最初は気にも留めない程度の違和感だ。だが、先生の視線は迷いがない。
「どうして、ここを調べるんですか?」
「いい質問ね」
先生は立ち上がり、歩きながら説明を始めた。
「魔法の発動には、大きく分けて三種類あるの」
「三種類……?」
「一つ目は、火や風みたいに現象を発生させること。
二つ目は、水や土のように、存在する物質を増幅させること。
三つ目は、水を氷にするような"変化"よ」
私は頷いた。
基礎として教わった内容だ。けれど、こうして実際の現場で聞くと――魔法が「痕跡を残すもの」なのだと、初めて実感できた気がする。
「覚えておきなさい。物質を完全に消すことはできないし、無から何かを生み出すこともできない」
「……じゃあ、増幅は?」
「そこが研究者たちの頭痛の種ね」
先生は小さく笑う。
「増やしている以上、生み出しているとも言える。だから理論上はグレーゾーン。今も研究が続いているわ」
そして、再び地面へと視線を戻した。
「この盛り上がり――おそらく使われたのは、土魔法」
「落とし穴、ですか?」
「ええ。一時的に土を変化させ、穴を作って動物を落とした。そのまま横穴を掘り、連れ去ったのでしょう」
先生は指先で円を描く。
「最後に、土魔法で土を増幅させ、元に戻したつもりだった。でも――」
わずかに残った盛り上がりを示す。
「増幅した際に、余った土が周囲に残った」
先生は地面に手をかざした。
その指先が、淡く光る。
「……やっぱりね」
魔力を帯びた土を、慎重に採取する。
「エフィ、ここを少し掘って」
「はい」
私は鞄から小さなシャベルを取り出し、丁寧に土を掘り始めた。
数センチ掘り進めたところで、明らかに色の違う層が現れる。
「ここまで魔法で穴を開けたところですか?」
「そう。横穴の痕跡もあるわ。下の部分が滑らかでしょう?
落ちたあと、そのまま滑るように手元へ来る構造ね」
先生は周囲を歩き回り、魔力の残滓を探し続けた。
公園の端、木々の影。
そこで、先生の足が止まる。
「ここから離脱したのね」
先生は静かに息を吐いた。
「短時間で、これだけの魔法を行使するなんて……」
「かなりの手練れよ」
先生は私を見る。
「独学で身につく技術じゃない。正確な魔力鑑定をかければ、該当者はすぐに絞れるわ」
私は少年の方を見た。
彼は不安そうに、私たちを見つめている。
「……見つかりそう、ですか?」
小さな声で、少年が尋ねる。
先生は、優しく微笑んだ。
「ええ。必ず見つけるわ。だから今日は、家に戻りなさい」
「でも……」
「大丈夫。秘密は守る。それに――」
先生は少年の頭に、そっと手を置いた。
「もう一度、あなたの子と会えるわ」
少年は、強く頷いた。
「お願いします……!」
少年が広場を離れると、離れた場所で待っていたお付きの人間が近づいてきた。
少年はその人に何か告げ、一緒に公園を後にする。
その背中を見送りながら、先生が口を開いた。
「エフィ、事務所には戻らないわ」
「え?」
「このまま王立魔法研究院へ行く。正確な鑑定には、あそこの設備が必要よ」
私は頷いた。
先生は、かつて魔法師団の団長であり、研究院の所長でもあった。その縁で、今も研究施設を使用できる権利を持っている。
*
王立魔法研究院。
私たちが到着すると、守衛が先生の顔を見て、すぐに門を開けてくれた。
研究室に入るなり、先生は魔力鑑定の準備を始めた。
採取した土を机に広げ、魔力鑑定機にかけていく。
「手をかざすだけでも簡易的に鑑定はできるけれど」
先生が説明する。
「装置を使わないと正確に個人を特定できない。登録された魔力との照合も、行うことができるわ」
淡い光が立ち上り、土に残された魔力が装置へと吸い込まれていく。
しばらくして――
「……終わったわ」
先生の瞳が、細められる。
「この魔力の持ち主は――登録されている」
「誰ですか?」
「ヴィクター・ローレンス。子爵家に雇われている魔法使いよ」
私は息を呑んだ。
「子爵……ですか」
「ええ。厄介ね」
先生は小さく息を吐く。
「貴族が絡むと、国に報告しても揉み消される可能性が高い」
「それじゃあ……」
「だから、直接行くわ」
「直接……?」
「ええ。ヴィクターの屋敷へ」
先生は軽く伸びをした。
「相手は貴族お抱えの魔法使い。話し合いで済むとは限らない。装備を整えて行くわよ、エフィ」
「はい……!」
その横顔には、いつもの気だるさはない。
獲物を見定めた探偵の、鋭い光が宿っていた。
私は鞄を持ち直し、先生の後に続く。
少年の「チンチラ」は、一体何者なのか。
そして、なぜ子爵家の魔法使いが、それを奪ったのか。
その答えが、これから明らかになる――そう思うと、胸の奥に、嫌な予感が広がっていった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今回は調査回として、事件の輪郭が少しずつ見え始めました。
次回、ついに容疑者の元へ向かいます。
事件は、思いもよらない形で動き出します。
次回更新は2/9(月) 20:00予定です。




