動物行方不明事件
エルフ×探偵×魔法ミステリです。
日常と事件が交差する、連作短編風の物語になります。
気軽に読んでいただけたら嬉しいです。
「エフィぃぃぃぃぃ」
レイリアが、いつもの気だるい声で私の名前を呼んでくる。
こういったときは決まって、甘い物を食べに行くと言い出すのだ。
「仕事はいいから、甘い物食べにいきましょうぅぅぅ。もう頭が働かないぃぃぃぃ」
やっぱり、と思いながら「まだ仕事が終わってません」と言いかけたところで――
事務所の扉が、こそこそと遠慮がちに叩かれた。
「どうぞ」
私が声をかけると、現れたのはまだ幼い少年だった。
身につけている外套は仕立てが良く、生地も上等。貴族の子供であることは一目でわかる。
それなのに、護衛も使用人もいない。
「ここが……エルフ探偵事務所、ですか?」
不安げな声。
視線が、何かを警戒するように廊下の方へ逸れた。
「はい。ご依頼ですね」
椅子を勧めると、少年は一瞬ためらってから腰を下ろした。
「その……お願いがあるんです。でも、絶対に……親には内緒で」
「秘密厳守の依頼は、よくありますよ」
私がそう言うと、少年はほっとしたように息をついた。
その横で――
「……子供の依頼?」
机に突っ伏したまま、レイリア先生が気の抜けた声を出す。
完全に乗り気ではない。
「えっと……僕のチンチラが、いなくなったんです」
「チンチラ?」
私は思わず顔を上げた。
小動物の探索依頼。しかも、子供がここまで必死になるほどの。
「昨日、公園で遊ばせてて……ちゃんと見てたんです。でも、後ろに回った気がして、振り向いたら……」
少年は小さく首を振った。
「いなくなってました」
「公園はどこですか?」
「中央区の、噴水があるところです」
私はメモを取りながら頷く。
一方で先生は、相変わらず半目のままだ。
「で? 普通のチンチラなら、草むらか木の陰で――」
「でも!」
少年が慌てて言葉を遮った。
「うちの子、ちょっと……大きくて」
その瞬間。
レイリア先生の尖った耳が、ぴくりと動いた。
「……大きい?」
「はい。このくらいです」
少年は両手を広げる。
膝より少し低いあたりを、曖昧に示していた。
「チンチラにしては……ずいぶんね」
「でも、チンチラです。毛もふわふわで、灰色で……お父様が『これはチンチラだよ』って言ってたんです」
先生は少し考えるように眉を動かした。
「ふぅん」
そして、ゆっくりと体を起こした。
「……もう少し、聞かせて」
「えっと……よく、立ち上がります」
「立ち上がる?」
「はい。二本足で、こう……周りを見て」
少年は身振り手振りで再現する。
「あと、穴を掘るのが好きで。公園でも、すぐ土を掘ろうとして……」
その瞬間だった。
レイリア先生の翡翠色の瞳が、明確な光を帯びた。
その表情は、いつもとどこか違った。
私がそれに気づいたのは、先生がこんな顔をすること自体、滅多にないからだ。
「……なるほどね」
「先生?」
「エフィ。この子、チンチラとマーモットの違い、わかってないわ」
「え?」
「チンチラは穴掘りもするけど、見張り行動はしない。
二足で立って周囲を警戒するのは、完全にマーモットの習性よ」
少年はきょとんと目を瞬かせた。
「マーモット……?」
「気にしなくていいわ」
先生はそう言って、少年に微笑んだ。
「その子、いつ手に入れたの?」
「……少し前です。親が、買ってくれました」
「どこで?」
少年は一瞬、口ごもった。
「……知らない人が、連れてきて」
沈黙。
「それで、親に?」
「『絶対に人に見せるな』って言われました。
だから……いなくなったの、ばれたら怒られると思って……」
先生は小さく息を吐いた。
「……そう」
そして、私の方を見る。
その視線には、さっきと同じ、得体のしれない何かがある。
「エフィ。この依頼、受けるわ」
「えっ?」
「見た目はチンチラ。でも、習性と体格は中間。
それに――」
先生は、どこか懐かしむように目を細めた。
「その動物の種が何であれ、『記憶が残っている』可能性がある」
その言葉の意味は、私にはまだわからなかった。
けれど、先生がこれをどれほど真剣に言っているかは、わかった。
「安心しなさい」
レイリア先生は立ち上がり、少年に告げる。
「秘密は守る。必ず見つけるわ。
……その子が『何者』であってもね」
少年は、強く頷いた。
「お願いします!」
こうして私たちは、
一見するとただの小動物探索依頼を受けることになった。
けれど――
私は胸の奥に、嫌な予感を覚えながら、ペンを握り直した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今回は事件の導入と調査回でした。
次回は、現場に残された“痕跡”をもとに、
事件が少しずつ形を持ち始めます。
よろしければ、次話もお付き合いください。
次回更新は2/8(日) 20:00予定です。




