閑話:エルフの森の蜂蜜
エルフ×探偵×魔法ミステリです。
日常と事件が交差する、連作短編風の物語になります。
気軽に読んでいただけたら嬉しいです。
ジリリリリリィ――。
唐突に、レイリア先生の机にある置き時計が、けたたましい音を立てた。
時刻は、まだ午前十時半。
「よし、ちょうどいい時間ね」
先生は満足そうに、時計を止めた。
(……わざわざアラームまでかけて?)
首を傾げた、その瞬間だった。
「エフィ、行くわよ」
先生――レイリアが、勢いよく椅子から立ち上がった。
「さっさと出る準備をしなさい」
いつになく真剣な眼差しで見据えられ、思わず背筋が伸びる。
「えっ……?
私が知らない間に、何か事件や依頼でも入ったんですか?」
するとレイリアは、やれやれといった様子で深くため息をついた。
「そんなわけないでしょ」
嫌な予感がした。
「昨日、食べ損ねたでしょう?」
……あ。
「エルフの森の蜂蜜を使った、限定パンケーキを食べに行くのよ!」
思わず、脱力した。
(珍しく真剣そうだったから、何かと思えば……)
「蜂蜜かけたパンケーキなんて、どこにでもありますよ。
それより仕事を――」
言い終える前に、レイリアが身を乗り出す。
「エ・ル・フ・の・森の蜂蜜よ!?
全然、違うわ!」
「いや……蜂蜜って、基本同じ味じゃないですか」
はぁぁ、と大げさなため息。
「これだから若い子は……」
「いい? 蜂蜜っていうのはね、本来いろんな花から蜜を集めるものなの」
先生は指を立てて、講釈を始める。
「養蜂みたいに、育てやすい特定の花だけじゃない」
「つまり、土地ごと、森ごとに味が違うのよ。
エルフの森は特に花の種類が多いから――」
熱が入った説明を聞き流しながら、私は思った。
(……この人、事件の推理より饒舌では?)
「もう! 話してたら遅くなるじゃない!」
レイリアは急に焦りだす。
「昨日調べたら、先着二十名限定だったのよ!
早く並ばないと!」
急かされるまま、私は上着を手に取った。
(先生がここまで本気なら……仕方ないか)
◇ ◇ ◇
目当ての店の前には、すでに行列ができていた。
最後尾に並ぶと、店内から店員が出てきて、人数を数え始める。
店の窓越しに、可愛らしい陶器の蜂の置物が見える。
(……可愛い)
思わず見入ってしまう。
「本日は、ただいま並ばれている方までで、限定パンケーキ終了です~」
「……っ」
レイリアが、ほっと胸を撫で下ろした。
「よかったですね、先生」
「ほんとよ~。
いつまで販売するか分からないんだから、間に合ってよかったわ」
その顔は、心底嬉しそうで。
それを見ていると、不思議と私まで嬉しくなってくる。
(……まぁ、これはこれで、いい休憩かも)
◇ ◇ ◇
席に案内され、限定パンケーキを二つ注文する。
待っている間も、先生の講義は止まらない。
「特に森の奥の未開地なんて、珍しい花ばかりだからね。
採れる蜜も少ないし、本当に貴重なのよ」
「そんなに貴重なのに、こんな値段でいいんですか?
ちょっと高いだけですけど……」
「採ってくるエルフたちが、価値を分かってないのよ。
だから簡単に買い叩かれるの」
それを聞いて、私は複雑な気持ちになった。
(安く食べられるのは嬉しいけど……
同族としては、ちょっと複雑)
「お待たせしました~。こちらが限定のパンケーキです!」
運ばれてきたそれは、見た目こそ普通。
だが、かけられた蜂蜜は、いつも食べている物より、深みのある琥珀色をしていた。
「さぁ、食べましょ!」
待ちきれない様子で、レイリアがフォークを入れる。
私も続いて、一口。
口に入れた瞬間――
「……!」
甘さ自体は控えめなのに、奥行きのある味わい。
花の香りが口の中に広がって、それでいて後味はすっきりしている。
「すごく、複雑な味……」
「パンケーキの甘さが、引き立ちますね」
普通の蜂蜜とは、まったく違う。
これは、確かに特別だ。
「でしょ?
これは特定の花じゃなくて、何十種類もの花が咲く場所の蜜ね」
「こんなに違うものなんですね……」
「熟成すれば、また味も変わるし。
場所が違えば、まったく別物にもなる。面白いでしょう?」
「はい。楽しみが増えました」
「いいことよ」
レイリアは満足そうに微笑む。
「長く生きるなら、新しいものに興味を持たないと。
じゃないと、退屈で死んじゃうわ」
……千年生きてる人の言葉は重い。
「さて、食べ終わったら次のお店に行くわよ!」
「先生。そろそろ事務所に戻りましょう。
仕事もありますし」
「え~……」
抗議する先生の腕を引き、私は事務所の方向へと歩き出した。
(この人が探偵として優秀なのは、
“好奇心が尽きないから”なのかもしれない)
新しいものへの興味。
謎を解きたいという欲求。
そして――
(……先生が探偵を始めた理由も、そこにあるのかな)
それは、まだ聞いたことがない。
いつか、聞ける日が来るだろうか。
「エフィー、早く歩いてー!」
先生の声に、私は考えるのをやめた。
――そう、少しだけ思いながら。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は事件のない、少しだけ日常のお話でした。
レイリアにとっては、甘いものも好奇心も、
探偵として生きるための大切な“燃料”なのかもしれません。
次回は、また別の事件へ。
エルフ探偵事務所の日常と非日常を、
引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。
次回更新予定は2月8日(日)予定です。




