魔力捜査の結末
エルフ×探偵×魔法ミステリです。
日常と事件が交差する、連作短編風の物語になります。
気軽に読んでいただけたら嬉しいです。
「俺たちは使えない」
「私も使えません」
長男と使用人が、ほぼ同時に答えた。
次男も、無言で首を縦に振る。
「……そう」
レイリアは人差し指を立て、淡々と言った。
「魔法の使用はどの国でも登録制。
独学で学ぶのも、教えるのも禁止されているわ」
その場にいた三人――
長男、次男、そして使用人の男は、同時に首を縦に振る。
レイリアは、にこりと微笑んだ。
だが、その笑みはどこか冷たい。
「でももし、誰かが魔法を使っていたとしたら――
虚偽申告と無登録使用。罪状が増えるだけよ?」
空気が、ぴしりと凍りついた。
「もちろん」
レイリアは続ける。
「魔法を使えるかどうかを、直接調べる手段はないわ」
「でも――使った痕跡は、必ず残る」
その言葉に、使用人の老人の顔が、わずかに強張ったように見えた。
「不審点は、他にもあるわ」
レイリアは、倒れた花瓶と床に残る痕跡へ視線を向ける。
「花瓶が倒れて水がかかった……
それにしては、魔力反応の範囲が広すぎるの」
「広すぎる、とは?」
次男が眉をひそめる。
「ええ。特に――ドア付近まで魔力反応があるのはおかしいわね」
私も床を見て、内心でうなずく。
確かに、水が自然に飛び散ったにしては、不自然な広がり方だ。
「つまり」
レイリアは続ける。
「犯人は、水魔法――もしくは魔道具を使って、
ナイフを射出し、胸に突き刺した可能性が高い」
「そんな馬鹿な!」
反論したのは、軍に詳しいボルツだった。
「その威力の魔道具は軍用だ!
一般人が使えるはずがないし、製造時点で国に登録される。
使用すれば、すぐに発覚する!」
「ええ、その通りね」
レイリアはあっさり肯定した。
「だから――軍用魔道具や水魔法を使う必要はないのよ」
「……は?」
「風魔法よ」
レイリアはさらりと言った。
「ウィンドバースト。
爆発的に風を起こし、水を“射出”すればいい」
「そんなこと……」
「エフィ、お願い」
「はい、先生」
私は治安院の人間から大盾を借りると、窓の外に出た。
重い。これで本当に受け止められるだろうか。
レイリア先生は、床に転がっていた筒状の魔道具を手に取った。
「これね……普通の水やり用魔道具だけど」
先生は治安院から借りた短刀を、筒の先端に差し込む。
「使い方を変えれば――」
「先生、準備できました!」
私は窓の外から叫んだ。
盾を構え、全身に力を込める。
「では」
先生は筒をこちらに向け、静かに唱えた。
「ウィンドバースト」
次の瞬間――
ドンッ!
筒の中で風が炸裂した。
水が霧のように飛び散り、その中を短刀が――矢のように飛んでくる!
ガキィン!
盾に激突した衝撃が、腕を通して全身に響いた。
思わず数歩、後ずさる。
「……こんな、威力……」
息を呑む。
これが、人の胸に刺さったのだ。
先生は静かに筒を下ろし、部屋の中を見渡した。
「ね? 水魔法を使わずとも、同じ結果は得られる」
レイリアは指を鳴らす。
「つまり犯人は、
魔法が使えて、なおかつそれなりに知識がある人物」
ここで、空気が一気に荒れた。
「おい……お前、
最近、魔法の本を調べていたそうじゃないか」
「なっ……!
兄貴こそ怪しいだろう!」
口論が始まり、部屋は騒然とする。
だが――
「静かに」
レイリアの一言で、すべてが止まった。
「犯人は、そこらの本に載っている程度の知識しか持っていないわ」
嘲るような笑み。
「直接、風魔法でナイフを飛ばせば、
ナイフや肉体に魔力反応が残る」
「そして、筒の中は魔道具自体の魔力と風魔法の魔力が混ざり、
誰のか分からなくなる」
「それを知っていたから、魔道具と水を介した」
「さらに」
「魔力鑑定は、最も反応の強い“胸元”で行われる。
そこまで計算していたようね」
「でもね」
レイリアは、ゆっくりと続ける。
「魔力水は、触れると内部に染み込むの。
水で洗っても、拭いても――そう簡単には消えない」
「つまり」
「ナイフを抜いたときについた魔力。
踏んでしまった魔力水。
それらは――まだ残っている」
にっこり。
「調べれば、すぐ分かるけど。
どうする?」
沈黙の後。
使用人の男が、力なく膝をついた。
「……俺だ」
吐き捨てるような声。
使用人の老人は、震える手で顔を覆った。
「俺には……家族がいた。
妻と、娘が二人」
「小さな商売をしていた。
貧しかったが、幸せだった」
「だが、この男が現れた」
声に、深い憎しみが滲む。
「資本と権力で、俺たちの商売を潰した」
「取引先を奪い、借金を背負わせ――」
「妻は病気になり、娘たちは……」
老人の声が途切れる。
「娘たちは、売られた」
部屋が、静まり返った。
「それでも俺は生き延びた。復讐のために」
「この家に使用人として潜り込み、数年待った」
「そして今日――ついに、機会が来た」
「親父は、真っ当な商売をしている!」
長男が声を荒げる。
「そんな昔のことを……!」
だが、レイリアは一切動じない。
「資本主義の世の中とはいえ、同情する余地はあるわ」
冷たい瞳。
「でもね――」
「だからといって、自分の復讐のために、
無関係の使用人女性を犯人に仕立て上げ、
挙句に殺人に及ぶ理由にはならない」
私は思う。
――ああ、この人は、こういう犯人には本当に容赦しない。
「では、契約通り」
レイリアは淡々と言った。
「犯人の魔力サンプルとして、
髪の毛を数本いただくわ」
レイリアは小瓶を取り出し、使用人の髪を数本切り取った。
それを小瓶に入れ、蓋を閉めると――
小瓶全体が、ほのかに光る。
魔力を保存するための小瓶だ。
「ふん、勝手にしろ」
ボルツが不満そうに呟く。
私は思い出す。
先生は、王国といくつかの契約を結んでいる。
その一つが、魔法犯罪の解決に協力した場合、
現場の魔力サンプルを採取できるというものだ。
何のために――
それは、まだ教えてもらえていない。
治安院の人間たちが、使用人を連行していく。
女性の使用人は、涙を流しながら何度も頭を下げていた。
彼女は助かったのだ。
私は、レイリア先生の横顔を見る。
いつも通りの、気だるげな表情に戻っている。
――この人は、やっぱりすごい。
トリックを見破り、犯人を追い詰め、無実の人を救った。
それなのに、本人はまるで当然のことをしたかのように振る舞っている。
「さて!」
先生が一転、明るい声を上げた。
「パンケーキ、食べに行きましょ!」
私は時計を見た。
もう夕方近い。
「……たぶん、もう売り切れてますよ」
「えー!」
先生が大げさに肩を落とす。
「じゃあ、別の店探しましょ!
甘いもの食べないと、頭が働かないのよ!」
「さっきあんなに働いてたじゃないですか……」
呆れながらも、私は先生の後を追った。
相変わらずの、いつもの日常。
それが、少しだけ嬉しかった。
――でも。
先生が懐に入れた小瓶のことが、頭から離れなかった。
あれは、一体何のために――。
「エフィー! 早くー!」
先生の声に、私は考えるのをやめた。
それは、いつか聞く日が来るだろう。
今は、先生の甘いもの探しに付き合う方が先だ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第一の事件は、これで一応の解決となります。
けれど、レイリアにとって事件は「解決したかどうか」よりも、
そこに残された“魔力の痕跡”の方が重要でした。
集められた小さな魔力は、まだ点に過ぎません。
ですが、いずれ線になり――過去へと繋がっていきます。
次回は軽いエピソード。2月4日に更新予定です。
エルフ探偵事務所の日常と、その裏で続く長い追跡を、
よろしければ、もう少しだけお付き合いください。




