小さな違和感
エルフ×探偵×魔法ミステリです。
日常と事件が交差する、連作短編風の物語になります。
気軽に読んでいただけたら嬉しいです。
「先生、治安院を呼びました。もうすぐ来ると思います」
そう報告した直後だった。
廊下の向こうから、複数の靴音が近づいてくる。
(……早い)
扉が開き、治安院の人間たちが雪崩れ込んできた。
先頭に立っていたのは、小太りの男――現場担当の管理者、ボルツ。
事件が起きれば、必ず顔を出す人物だ。
そして、先生のことを快く思っていない人物でもある。
「ふん……またお前たちか」
部屋に入るなり、ボルツは先生――レイリアを一瞥し、露骨に顔をしかめた。
「まったく。いつもいつも、厄介な現場に顔を出しおって」
その言い草に、私は奥歯を噛みしめる。
事件を起こしているわけでもないのに。
けれど先生は、反論しなかった。
肩をすくめることすらせず、ただ静かに相手を見返している。
「既に話は聞いている」
ボルツはそう言うと、部屋の隅へと顎をしゃくった。
そこには、床に座り込み、膝を抱えたまま震えている女性がいる。
「その女が犯人だな。連れて行け」
短絡的な判断だった。
捜査員の一人が、女性の腕を掴む。
「ひっ……!」
短い悲鳴。
私の心臓が跳ね、思わず一歩踏み出しかけた、その瞬間。
「待って」
先生の声が、低く室内に響いた。
捜査員の動きが止まり、視線が一斉に先生へ向く。
「この男の死体には、不審な点がいくつかあるわ」
先生は落ち着いた口調で言う。
「それに、その女性に話を聞くのが先よ。連れて行く理由にはならない」
ボルツの顔が歪み、ぎょろりとした目が先生を射抜いた。
「何を言っている」
声には、隠しきれない苛立ちが滲んでいる。
「そいつがナイフを持っていた。男は血を流して倒れていた。
どう見ても現行犯だろう」
一歩、ボルツが前に出る。
その圧に、私は息を詰めた。
「それとも何だ? またいつものように、事件を無駄に複雑化したいのか?」
捜査員たちの視線が先生に集まる。
私は無意識に、その背中を見つめていた。
――でも。
先生は、ほんのわずかに口元を緩めた。
普段の軽い笑みではない。
仕事のときにだけ見せる、冷え切った表情。
「“どう見ても”ほど、危険な言葉はないわ」
そう言って、先生は死体へ視線を向ける。
「その広がっている血。血にしては色が薄い」
「それに、血だまりにしては輪郭が曖昧すぎるし、広がり方も不規則よ」
空気が、ざわりと揺れた。
「ふん、花瓶が倒れて水がかかった、それだけのことだ」
ボルツは鼻を鳴らし、面白くなさそうに吐き捨てた。
「胸元付近の魔力鑑定をお願い」
先生は淡々と続ける。
「その間に、この女性と、家の中にいた三人の男性に話を聞きましょう」
――主導権を握られるのが気に入らないのだろう。
ボルツは露骨に不機嫌そうな顔で、女性の前に立った。
「お前が刺したんだろ」
低く、圧をかける声。
「何か言い訳はあるか?」
尋問というより、脅迫に近い。
「わ……私は、さっき帰ってきて……」
女性は震えながら言葉を探す。
「鍵を開けて中に入ったら、暗くて……足元に何か落ちていて……
拾ったら、ナイフで……そのあと、旦那様が倒れているのに気づいて……」
声はか細いが、先ほどよりは落ち着いているように見えた。
「嘘をつくな!」
怒鳴り声に、女性は完全に萎縮し、口を閉ざしてしまう。
「あなたは使用人ね」
先生が静かに割って入る。
「鍵はかかっていたようだけど……他の三人は、どんな関係?」
女性は一瞬、階段の方へ視線を向けた。
「旦那様の……息子様が、お二人と……」
「それから、この家に長く仕えている使用人の方です……」
先生は小さく頷き、階段の方へ視線を移す。
「では、ここにきてもらえる?」
しばらくして、階段の前に三人の男が姿を現した。
背の高い、よく似た顔立ちの若い男性が二人。
その後ろに、少し腰の曲がった老齢の男が控えている。
「俺が長男です」
先に口を開いたのは、背筋を伸ばした方だった。
「こっちが弟で……こちらが、この家の使用人です」
淡々とした口調。
説明に慣れているようにも聞こえた。
「……親父が死んだっていうのに、随分冷静だな」
次男が、ふっと鼻で笑った。
「ここで取り乱しても意味はない」
長男は即座に言い返す。
「状況を整理する方が先だ」
「相変わらずだな」
次男は肩をすくめる。
「家のことと、金のことしか頭にない」
「今はそういう話をする場じゃない」
「へえ?」
次男は一歩前に出た。
「じゃあ聞くけどさ。遺言、書き換えるって話――知ってたのは誰だ?」
空気が、一瞬で張りつめる。
「……黙れ」
長男の声が低くなる。
「そんな話、まだ決まってなかった」
「決まってなかった、ね」
次男は苦笑した。
「だから焦ったんじゃないのか?」
「いい加減にしろ!」
二人の間に、険悪な沈黙が落ちる。
使用人の老齢の男は、そのやり取りを黙って見下ろしていた。
視線を伏せ、口を挟む様子はない。
「……なるほど」
先生の声が、その空気を静かに切った。
「関係性は分かったわ」
三人の顔を順に見渡し、最後に穏やかな口調で続ける。
「では改めて聞くわね」
「それぞれ、何をしていたのか教えてちょうだい」
一拍置いて、長男が答えた。
「俺は二階の自室です」
「書類の整理をしていました。集中していたので、音にはあまり気づきませんでした」
続いて次男が、面倒くさそうに肩をすくめる。
「俺は寝てました」
「昼寝です。起きたのは、みんなが騒ぎ出してからです」
最後に、老齢の使用人が一歩前に出た。
「私は一階の風呂場で掃除をしておりました」
「水を使って床を洗っていましたので、多少の物音には気づきませんでした」
その言葉に、先生の目がわずかに細められたが、
先生は頷きもせず、否定もせず、ただ静かに聞いていた。
そのときだった。
「管理官」
捜査員の一人が、ボルツに声をかける。
「魔力鑑定が終わりました」
空気が、ぴんと張りつめる。
「一致したのは――」
捜査員は一瞬だけ視線を走らせ、
「その女性です」
ボルツの口元が、わずかに歪んだ。
「……ほら見ろ」
彼は、勝ち誇ったように女性を指差す。
「やはりな。魔力が一致している以上、こいつが犯人だ」
「連れて行け」
女性は顔色を失い、必死に首を振った。
「ち、違います……!」
「私は、本当に……!」
「言い逃れはいい」
ボルツが声を荒げた、その瞬間。
「一つ、いいかしら」
先生の声が、静かに割って入った。
「あなた」
先生は女性に視線を向ける。
「水を出す魔道具を使ったことはある?」
女性は驚いたように目を瞬かせた。
「……え?」
「は、はい……花瓶に水をあげるときにそこにある筒状の魔道具を……」
「毎回、少しだけ魔力を込めて使っています」
その言葉を聞いた瞬間、私ははっとした。
――そうだ。
魔道具は、使った人の魔力ではなく、
“魔力を込めた人物の魔力”を伴って発動する。
それは、魔術の基礎知識だった。
「だから何だ」
ボルツが苛立たしげに言う。
「花瓶に魔道具で水を入れているなら、倒れたときにその水がかかっただけだろう」
「それで魔力が検出された。何もおかしくない」
「ええ」
先生はあっさりと頷いた。
「“表面”だけを見るなら、そうね」
そう言って、先生は死体の前に膝をついた。
「……少し、失礼するわ」
周囲が息を呑む中、先生は慎重に、男の胸元の傷口に指をかけた。
わずかに傷を広げ、そこに魔力を流し込む。
簡易鑑定。
一瞬の沈黙。
そして――
「やっぱりね」
先生は立ち上がり、淡々と言った。
「傷口の奥には、魔力が宿っていない」
「水がかかったのが、ナイフを抜いた“後”だったからよ」
先生は、床に落ちたナイフへと視線を向けた。
「仮に、刺して抜いて倒れた直後に花瓶が倒れて、傷口に水が入ったのだとしたら……」
そう前置きしてから、淡々と続ける。
「その場合、ナイフ自体に魔力反応は出ないはずよ」
「水は傷口に入るだけで、刃全体を濡らす理由がないもの」
先生は、刃の根元を指で示した。
「でも、このナイフの柄には水の魔力が残っていて、刃にも“わずかに”残っている」
私は息を呑んだ。
それはつまり――
「刺さった状態で水がかけられ、それから抜かれた」
先生が続ける。
「抜くときに、水が刃に染み込んだのよ」
一拍の沈黙。
「だとすれば」
先生の声は、冷静だった。
「倒れたあとに、花瓶が倒れ、しばらくしてからナイフを抜いて、床に投げ捨てたことになる」
先生は、女性の方を見た。
「でも……それを、あなたがやる意味はないわ」
空気が、重く沈む。
「つまり」
先生は視線を上げ、全員を見渡した。
「この事件は、衝動ではない」
「最初から、あなたを犯人に仕立て上げるつもりで行われている」
そこで、先生は言葉を切った。
「……そして、その人物は、まだここにいる」
静寂。
先生は、ゆっくりと三人の男たちを見渡した。
長男、次男、老齢の使用人。
「ところで」
先生の声が、静かに響く。
「この中で、魔法を使える人は?」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第二話では、魔法鑑定という“確かなはずの証拠”に潜む違和感を描きました。
事件は一旦、整理されたように見えますが――
レイリアにとっては、まだ終わりではありません。
次回、彼女が集めている“魔力の痕跡”が、
少しだけ別の顔を見せ始めます。
更新は2月3日を予定しています。
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