忘れ形見
エルフ×探偵×魔法ミステリです。
日常と事件が交差する、連作短編風の物語になります。
気軽に読んでいただけたら嬉しいです。
屋敷の門をくぐると、古びたドアがある。
子供たちが開けたのだろうか、周辺の荒れ具合に比べると、不気味ではあるものの長年閉まったままという感じはしない。
ちらりと先生の方を見ると、及び腰で俯いたまま私の手に引かれている。
左手にランプを持っていたので、先生の腕をいったん離し、ドアに手をかけた。
「ね……ねぇエフィ。急に腕を離さないで!」
怒ったような声で抗議してくる。こんな先生は初めて見るし、少し可愛いとも思いながら、構わずドアを開けた。
ギギギィィ。
「先生、入りますよ。先生が調べるんだから、前に行ってください」
「分かったから。せめて横並びで行かせて!」
先生は私の左腕を抱え込むようにして、横にぴったりとくっついてくる。
二人ともスリムな体型なので、なんとか並んでドアをくぐった。
足元をランプで照らすと、噂にあった人形は落ちていない。ほっと一息つく。
「何も落ちていませんね。奥の方へ行ってみましょう」
一歩踏み出すたびに、ぎぃ、ぎぃ、と古い床が鳴く。その音が、かえってこの場所の不気味さを際立てていた。
奥へ一歩一歩進んでいくと、コツン、と足に何かが当たった。
ランプを向けると、木でできた小さな人形が転がっている。背筋がぞわりとした瞬間、先生が叫び声をあげながら抱きついてきた。
「きゃぁぁぁぁぁぁ〜!無理無理無理ぃぃぃ〜!もう帰りましょう!」
「ダメですよ。まだ何も調べていません」
先生の叫び声のおかげか、私は逆に冷静になれた。
辺りを見回すと、奥にもう一枚扉が見える。話によると、奥に大きめの部屋があるということだったので、あそこだろう。
震えている先生に「大丈夫ですから」と声をかけながら、その扉へ向かう。
開けると、部屋の中心に椅子のようなものが見え、その周りにいくつかの人形がうっすらと浮かび上がった。
「先生。おそらくこの部屋にあると思います。調べてもらえますか?」
先生は小さな声で「……分かった」と言い、渋々ながら椅子へと近づいていく。
そろりそろりと歩み寄ると、椅子の周りに人形がもたれかかるようにして置かれていたが、特におかしな様子は見られなかった。
「これが魔道具なら、魔力を通せば何か起こるわね」
そう言いながら先生が手を伸ばした、その瞬間。
ぽたん。ぽたん。
頭と背中に、天井から何かが落ちてきた。
「ひぃぃぃぃぃ!」
先生が悲鳴をあげて踵を返そうとするのを引き留め、何が落ちてきたのかランプを掲げて天井を見上げると——
「先生!天井に……おそらく魔獣です!」
魔獣と聞いた瞬間、先生の様子が変わった。
「……マウスバット。後ろに下がって。それほど強くはないけど、飛び回られると厄介よ」
言いながら先生が魔法を放つ。建物を壊さないよう、威力は抑えてあるようだった。
「先生、どうしましょう」
「一網打尽にするには、凍らせるしかないわね。エフィ、人形を避けて床や天井に水を撒いてちょうだい」
カバンから水の容器を取り出す。
薄暗い部屋の中、足元の人形を踏まないよう気をつけながら、なるべく広く水を撒いていく。
人形を蹴りそうになりながら、それでも慎重に、丁寧に。
「準備できました!」
「ありがとう! フロストハウンド!」
先生が魔法を唱えた瞬間、水を撒いた床と天井から霜が走り、みるみるうちに氷の塊が形を作った。まるで猟犬のようなその氷が、マウスバットを追いかけていく。
マウスバットたちは必死に飛び回るが、氷から伸びた棘に触れるたびに一瞬で凍り付き、一匹、また一匹と動かなくなっていく。
最後の一匹が凍り付くと、仕事を終えたとでも言うように、猟犬の形が静かに崩れた。
「終わったわね……じゃあ、人形に魔力を流してみましょうか」
先生が椅子の周りの人形に手をかざし、魔力を送り込む。
すると、いくつかの人形がゆっくりと立ち上がり、楽しそうな笑い声をあげながら椅子の周りを踊り始めた。
「これが、カルラさんの言っていた人形ですね」
「……そうね。推測だけど、家族みんなで一緒にいられるように、という祈りを込めたのかもしれないわね」
先ほどまでの不気味さや恐怖が、すうっと消えていくような気がした。人形たちはただ、楽しそうに踊り続けている。
「でも、魔力を流していないのに、なぜ動いていたんでしょう」
「おそらくマウスバットね。夜に群れで集まって眠る習性があって、いつの頃からかこの部屋を寝床にしていたんでしょう。魔獣は魔力を持っているから、それが一定量集まって人形に流れ込んだ……そういうことじゃないかしら」
念のため屋敷内を見て回ったが、魔道具だったのは椅子の周りにあった人形だけだった。それはまるで、ずっとここで見つけてもらうのを待っていたかのようだった。
* * *
後日、カルラに屋敷での出来事を説明し、人形を渡した。
ただ、先生はその中の小さな一体を、報酬の一つとして受け取っていった。
魔道具として非常に精巧で、見たことのない造りだったらしい。
「さて、エフィ。覚えてるわよね?王国ホテルのアフタヌーンティー。奢ってくれるんでしょ?」
嬉しそうに先生が念を押してくる。
嫌がる先生を強引に引っ張っていってしまった手前、今回ばかりは罪滅ぼしのつもりで頷いた。
「じゃあ、今度の休みに行きましょうか」
「お、いつもなら断るのに。珍しいわね〜、いいの?」
「今回は……大変な仕事が終わった打ち上げ、ということで」
雑誌でしか見たことのない王国ホテルのレストラン。どんなものが出てくるのだろうと思いながら、私は次の仕事へと向かうのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次回更新は3月19日(木) 20:00更新を予定しています。
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