閑話:温泉宿
エルフ×探偵×魔法ミステリです。
日常と事件が交差する、連作短編風の物語になります。
気軽に読んでいただけたら嬉しいです。
「なんとか間に合ったわね」
「ほんと、良かったですっ……!」
本来なら学会の前にゆっくり宿へ入る予定だった。
だが、あの事件のせいで到着は夕食開始ぎりぎりだ。
「ご飯のあと、すぐ温泉に入る気になれないのよね。寝ないようにしないと」
温泉宿の夕食は量が多い。
満腹になって動けなくなり、そのまま布団へ――というのはよくある話だ。
先に入るか、後に入るか。
それは毎回の悩みどころだった。
部屋で一息ついていると、仲居が次々と料理を運んでくる。
「おお~!」
思わず先生と声が重なった。
山間部らしく、山菜や肉料理が中心だ。
だが食用花が添えられ、器も華やかで、目にも楽しい。
「見て、名物のイノブタよ」
猪と豚の交配種。
噂には聞いていたが、食べるのは初めてだ。
「脂の甘みと、赤身の旨みがちょうどいいですね~」
先生とはよく「何の肉が一番好きか」という話をするが、これは有力候補かもしれない。
「エルフって肉を食べないイメージがあるんですけど、先生は何でも食べますよね」
前から気になっていた疑問を口にする。
「森から出ずに暮らすエルフならそういうのもあるわ。でも、街に出る好奇心旺盛なエルフは大体何でも挑戦するわよ」
なるほど、と頷く。
そういえば、エルフの森にはまだ行ったことがない。
いつか連れて行ってもらえるだろうか。
隣ではマムちゃんが、器に盛られた果物を夢中で頬張っている。
動物用の特別メニューもあったが、どうやら甘い果実の方が好みらしい。
「ぷはぁ~。ジュースも美味しいわね」
私たちはお酒が飲めない。
普段はお茶を選ぶことが多いが、今日は特別だ。 果実を搾った甘いジュースが、旅の疲れを溶かしていく。
「はぁ~満腹~」
先生がどてっと横になる。
「先生。すぐ横になると太りますよ」
「太らない体質だから気にしない~」
羨ましい。
同じエルフの血を引いているはずなのに、私は油断するとすぐに体型に出る。 太ったエルフ……想像はしにくいが、きっと個人差なのだろう。
「さて、そろそろ温泉に行きましょうか。貸切風呂で、マムちゃん用の湯船もあるらしいわよ」
「良かったね、マムちゃん」
「マムマム~」
動物と一緒に温泉に入るのは初めてだ。
そもそもマムちゃんは普通の動物とも違う。
大丈夫だろうかと少し心配になる。
湯屋へ向かい、まずは備え付けの動物用シャンプーでマムちゃんを洗う。
ふわふわになったところで、小さな専用の湯船へ。
「いいわね~露天風呂」
夜風が心地よい。
湯に足を入れた瞬間、とろりとした感触が肌を包む。
「私、このぬるっとした泉質、大好きです」
「わかるわ。入ってるって感じがするし、肌もすべすべになるもの」
隣を見ると、マムちゃんが湯船の縁に足を広げ、完全にくつろいでいる。
その緩みきった顔に、思わず笑みがこぼれた。
昼間は命のやり取りをしていたというのに、今はこうして湯に浸かっている。
先生と、マムちゃんと。
「ねえ、エフィ」
「はい?」「来て良かったわね」
先生が静かに言った。
いつものからかうような口調ではなく、本当に穏やかな声で。
「……はい。来て良かったです」
湯気の向こうで星が瞬く。
明日からはまた忙しくなる。
それでも今だけは、何も考えず、ただ温もりに身を委ねた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
温泉宿でゆったりしたい気持ちを書いてしまいました。
週2更新にしようと思っていますが、執筆の進行次第でまた来週4話更新にするかもしれません。
一旦、次回更新は2月24日(火) 20:00更新とさせてください。
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