エルフ探偵事務所
エルフ×探偵×魔法ミステリです。
日常と事件が交差する、連作短編風の物語になります。
気軽に読んでいただけたら嬉しいです。
「あなたが犯人よ!」
「このエルフ探偵レイリアの目はごまかせないわぁっ~……むにゃぁ~」
バシッ。
「先生。仕事中に寝ないでください」
私は手元の書類を丸めて、軽く彼女の頭を叩いた。
「痛いわね~……せっかく良いところだったのに」
机に突っ伏していたレイリアが、半目のまま顔を上げる。金色の長い髪がさらりと流れ、陽光を受けてきらめいた。尖った耳、翡翠色の瞳、細身ながら女性らしい柔らかな体つき。千年を生きるエルフにしては、あまりにもだらしない姿だ。
彼女はこのエルフ探偵事務所の所長であり、そして私の雇い主でもある。
私はエフィ。ハーフエルフだ。半年前から、彼女の助手として働いている。
眼鏡の奥から事務所を見渡すと、相変わらず書類が散乱している。私が整理してもすぐこの有様だ。
「夢の中でまで推理してるんですか……」
「当然でしょ。名探偵は寝ている間も頭が働くの」
そう言って胸を張るレイリアだが、机の上には未整理の書類と冷めたお茶が並んでいる。インクの染みがついた依頼書の束は、すべて“解決済み”のものだ。新しい依頼が来ていない証拠である。
「仕方ないじゃない。最近、王都は平和すぎるのよ」
気だるげに椅子を揺らしながら、レイリアは窓の外を眺める。
確かに彼女は敏腕だ。――やる気さえ出せば、の話だが。
この探偵事務所は二百年前に設立されたという。人間の寿命からすれば信じられない長さだ。私のようなハーフエルフでも、せいぜい二百年ほどしか生きられない。千年を生きるエルフの時間感覚は、きっと私たちとは違うのだろう。
だが、レイリア先生の推理力は本物だ。
魔術や錬金術にも精通しており、魔法がらみの事件でも難なく解決してみせる。この三ヶ月で解決した事件は十二件。貴族の盗難事件から、行方不明者の捜索など。どれも見事に解決してみせた。
私がこの事務所に入ったのは、憧れからだ。
子供の頃、ある事件に巻き込まれて、助けてくれたのがレイリア先生だった。
金色の髪をなびかせ、犯人たちを追い詰める姿。今でも鮮明に覚えている。
「いつか、先生と一緒に働きたい」
そう思って事務所の門を叩いた。レイリア先生は「あら、あの時の子ね」とあっさり受け入れてくれた。
それから半年。私はまだまだ未熟だが、少しずつ先生の役に立てるようになってきた――と思いたい。
「それなら、仕事を探してきてくださいよ」
私が呆れたように言うと、レイリアは急に目を輝かせた。
「ふふん、いいわ。じゃあ探しに行きましょ!」
勢いよく立ち上がり、外套を羽織る。その動きは実に軽やかで、さすがエルフだと思わせる。
「ほらエフィ、行くわよ」
「ちょっと、先生!」
深くため息をつきながら、私は眼鏡を直して鞄を掴み、彼女の後を追った。事務所の鍵を閉めるのも忘れずに。
◇ ◇ ◇
王都アルディナの通りは今日も人で溢れていた。
石畳の道に、色とりどりの屋台が並ぶ。商人の呼び声、馬車の車輪が石を踏む音、異種族たちの笑い声。人間、ドワーフ、獣人――エルフやハーフエルフは少数派だが、珍しくはない。この王都は、様々な種族が共存する自由都市として知られている。
「エフィ! 見て! 新しいカフェよ!」
レイリアが目を輝かせて指差す。
ああ、またか。
レイリア先生は食べ物に目がない。特に甘いものに至っては、新作が出るたびに食べに行っている。それなのに、あの細身の体型を保っているのが不思議でたまらない。エルフの体質だろうか。それとも、あの推理で頭を使うときのカロリー消費がすさまじいのだろうか。
「あそこの看板、見た? 『エルフの森の蜂蜜を使ったパンケーキ』ですって! これは行くしかないわ!」
「休憩じゃなくて仕事ですからね」
そう言いかけた、その時だった。
――きゃあああっ!
通りの向こうから、空気を切り裂くような悲鳴が響いた。
女性の声だ。恐怖に満ちた、切羽詰まった叫び。
周囲のざわめきが、一瞬で凍りつく。人々が顔を見合わせ、声のした方向を見る。
レイリアの表情が、すっと変わった。
先ほどまでの気だるげな雰囲気が消え、翡翠色の瞳に鋭い光が宿る。
「……来たわね」
低く、だが確信に満ちた声。
彼女は外套の裾を翻し、悲鳴の方向へと駆け出した。私も慌ててその後を追う。眼鏡がずれそうになるのを押さえながら、必死で走る。
人混みをすり抜けながら走ると、一軒の家の前に人だかりができているのが見えた。
「どいて! 探偵よ!」
レイリアが声を上げると、人々が道を開けた。
家の前には震えながら立ち尽くしている若い女性。その足元には倒れている男性がいた。
中年の男のようだ。豪華な服を着ているが、胸元に赤い染みが広がっている。
血――のように見える。
男は倒れているが、息をしているのかどうかは分からない。
目は閉じられておらず、意識があるのかも判然としない。
震える女性の手には、刃先の汚れたナイフが握られていた。
「わ、私じゃない……私は……」
女性は青ざめた顔で、ナイフを見つめている。
レイリアは現場を一瞥し、静かに近づいた。その動きには一切の迷いがない。普段の軽い口調は影を潜め、探偵としての冷静さだけが残っている。
「エフィ、治安院の現場担当を呼んできて。それと、誰も現場に触れさせないで」
治安院――この王都の警察組織だ。重大事件は彼らの管轄になる。
「はい」
私は走り出そうとして、ふと気づいた。
レイリアは、男の胸元ではなく、
その足元――床に広がる赤い染みをじっと見つめていた。
血だまりにしては、妙に薄い色だ。
「……妙ね」
レイリア先生は、男の足元から視線を離さずに呟いた。
「治安院だけで済む話じゃ、なさそうね」
「……先生?」
「大丈夫。早く行って」
私は頷き、近くの治安詰所へと走った。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第1話は導入編として、
エルフ探偵事務所とレイリア、エフィの日常を描きました。
次回から、本格的に事件の謎に踏み込んでいきます。
次回更新は2月2日なります。
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