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# 魔法解析官リリィの論理(ロジック)捜査録 〜奇跡を謳う殺人現場に、科学の光を投げかける〜



## 第一章:呪いという名の逃げ口上


 その死体は、あまりにも「美しく」飾られていた。

 王立魔法学園の最上階、地上三十メートルの位置にある「開かずの塔」。その密室の中で、高名な魔法学者であるエルンスト教授は、心臓を一本の氷の棘で貫かれて息絶えていた。

 壁一面には禍々しい真紅の魔法陣が描かれ、部屋には冒涜的な闇の魔力が濃密に立ち込めている。

 扉には内側から幾重もの物理的なかんぬきが掛けられ、窓には高度な封印魔法が施されていた。まさに、魔法以外では出入り不可能な完全なる密室。


「……間違いない。これは古の禁忌魔法『九獄の招喚』による呪殺だ」


 現場に駆けつけた聖騎士団の団長、セドリックが忌々しげに十字を切った。周囲の騎士たちも顔を青くし、怯えた瞳で死体を見つめている。

 この世界では、理解不能な怪死事件が起きれば、それはすべて「呪い」か「悪魔の仕業」として処理される。魔法という万能の力が存在するがゆえに、人々は「なぜ」と考えることを放棄していたのだ。


「いいえ。これは呪いなどではありません。極めて稚拙で、物理的な『殺人』です」


 騎士たちの間に、冷ややかな、しかし凛とした声が響いた。

 声の主は、リリィ・フォン・アデレイド。

 名門アデレイド侯爵家の令嬢でありながら、魔法を使わずに妙な薬液と虫眼鏡を振り回す「変人令嬢」として有名な少女だ。

 彼女には、秘密があった。

 前世。そこは魔法こそなかったが、高度な科学捜査が発達した世界。彼女はそこで、数多の凶悪事件を物証によって解決してきた「伝説の鑑識官」だったのだ。


「アデレイド令嬢か。……魔法の痕跡も見えないのか? この禍々しい魔法陣と、この時期にはありえない氷の棘。これを呪いと言わずして何と言う」


 セドリックが不快そうに眉をひそめる。だが、リリィはそれを無視して、白い手袋をはめた手で床に這いつくばった。


「セドリック団長。魔法陣はただの『目くらまし』です。インクの匂いを嗅いでごらんなさい。これ、学園の購買で売っている安物の魔力インクですよ。本物の禁忌魔法なら、触れただけで精神が汚染されるはずですが、私は今こうして触っています。……ほら、ただのベタつきです」


「なっ……貴様、何という罰当たりなことを!」


「それよりも、見てください。この『氷の棘』を」


 リリィは死体の胸に突き刺さった氷を指し示した。


「この部屋は暖炉が焚かれ、気温は二十五度を超えています。ですが、この氷は三時間が経過しても一向に溶ける気配がない。……なぜだと思います?」


「そ、それは呪いの氷だからだろう!」


「いいえ。これは魔法で作られた氷ではなく、ただの氷に『不凍の術式』を刻んだ魔導具を凍らせたものです。魔法で作った氷なら、術者の魔力が切れた瞬間に霧散します。ですが、これは現物として残っている。つまり、犯人は『魔法そのもの』ではなく、『魔法的な道具』を物理的に突き刺したんです」


 リリィの瞳が、鋭い光を帯びる。

 彼女にとって、魔法は神秘ではない。一定の法則に従って発動する、物理現象の一種に過ぎない。


「セドリック団長、捜査を続行します。私の指示に従ってください。この密室の『壁』をすべて壊す前に、犯人の指紋あしあとを見つけ出しますから」


## 第二章:見えない証拠ルミノールの囁き


 リリィは自室から持ち込んだ、特製の「魔法解析キット」を広げた。

 中には、現代の科学捜査の知識をこの世界の素材で再現した、独自の試薬が並んでいる。


「まずは、犯人の動線を特定しましょうか。……バート、あれを出して」


 従者の少年バートが、粉末状の魔石を差し出す。

 リリィはそれを特殊な溶媒で溶かし、霧吹きのような魔導具に詰め込んだ。


「アデレイド令嬢、それは何だ?」


「『マナ・ルミノール反応液』と呼んでいます。魔力を持った人間がどこかに触れると、そこには微量の『魔力残渣まなざんさ』が残ります。この液は、その残渣と反応して発光するんです」


 リリィは部屋の明かりを消させ、闇の中で霧吹きを噴射した。

 瞬間。

 誰もいないはずの床、壁、そして「窓の鍵」の周囲が、ぼんやりとした青白い光を放ち始めた。


「……っ! 足跡が浮き上がってきたぞ!」


 騎士たちが驚愕の声を上げる。

 光る足跡は、死体の前から始まり、部屋の隅にある「壁に掛かった大きな肖像画」の前で止まっていた。


「肖像画……? ですが、その壁には隠し通路などありません。我々も確認済みです」


「ええ、物理的な通路はないでしょうね。ですが、『空間転送の門』ならどうでしょうか?」


 リリィは肖像画の額縁に触れた。そこには、他よりも一層強い光の反応があった。


「この世界の空間転送魔法は、特定の座標同士を結ぶ高度な術式です。ですが、転送の瞬間には膨大な熱と『オゾン臭』が発生する。……セドリック団長、昨夜この付近で雷のような音がしなかったか、守衛に確認を」


「あ、ああ、確かに夜半に一度、鋭い音が響いたという報告があったが……雷だと思っていた」


「それが転送の音です。犯人は外部からこの部屋に直接現れ、教授を殺害。そして再び転送で逃げ去った。……ですが、不完全な転送だったようですね。見てください、この肖像画の隅に、犯人の『忘れ物』があります」


 リリィがピンセットで摘み上げたのは、細い、しかし鮮やかな「琥珀色の糸」だった。


「これは……学園の最高級教官用ガウンに使われる、魔導繊維マナ・シルクですね。しかも、特定の個人が好む香油の匂いが染み付いている。――ジャスミンと、少しの苦い薬草の匂い。……バート、この匂いに心当たりは?」


「はい、お嬢様。この学園でその香油を愛用しているのは、教授の弟子であるカイル講師、ただ一人です」


## 第三章:論理ロジックの審判


 学園の大講堂に、関係者全員が集められた。

 壇上に立つリリィの横には、顔を真っ青にしたカイル講師が座らされている。


「リリィ・フォン・アデレイド! こんな茶番に何の意味がある! カイルは事件当時、自分の研究室で瞑想中だったと証言している。アリバイはあるのだ!」


 カイルの同僚たちが野次を飛ばす。カイル自身も、震える声で反論した。


「そ、そうだ……。私は研究室にいた。第一、あの部屋は封印魔法で守られていたんだぞ! 空間転送なんて、学園長クラスの魔導師でなければ不可能だ。一講師の私にできるはずがない!」


「ええ、その通りです。通常の空間転送ならね」


 リリィは、カイルの前に一つの「水晶体」を置いた。

 それは事件現場の肖像画の裏から見つかった、使い捨ての魔導触媒だった。


「カイル講師。あなたは教授の助手として、部屋の封印魔法のメンテナンスを任されていましたね? その際に、あらかじめ肖像画の裏に『転送の受信陣』を刻んでおいた。これがあれば、魔力の低いあなたでも、魔石の力を使って一時的に空間を繋げることができる」


「な……証拠があるのか!」


「ありますよ。あなたのガウンの袖、琥珀色の糸が一本解ほつれていますね。現場に残された糸と、魔力の波長が完全に一致しました。……そして何より、決定的なのはこれです」


 リリィはカイルの「右手の指先」を指差した。


「あなたの指先には、微細な『凍傷』の跡がある。……おかしな話です。この季節に、なぜ指先だけが凍える必要があるのでしょうか?」


「それは……実験で……」


「いいえ。殺害に使われた『不凍の術式を刻んだ氷の棘』。あれを素手で掴んで、教授の胸に突き刺したからでしょう。不凍の術式は、周囲の熱を奪い続ける特性がある。長時間持っていれば、魔法耐性のない人間の皮膚はすぐに壊死し始める」


 カイルの顔から血の気が引いていく。

 

「さらに、もう一つ。教授の死体の喉には、紫色の斑点が出ていました。これは毒草『マンドラゴラ』の成分による麻痺の兆候です。……カイル講師、あなたは転送で部屋に現れる前に、通気口から微量の麻痺毒を流し込み、教授の動きを止めた。その後、無防備な胸に氷を突き刺した。……魔法による呪殺に見せかけるために、わざわざ安物のインクで魔法陣を描くという、余計な手間までかけて」


「……っ! 黙れ! 証拠もなしに……!」


「証拠なら、あなたの研究室のゴミ箱から見つかりましたよ。使い古されたマナ・インクの瓶と、マンドラゴラの煎じカスの残りがね。……科学捜査の基本ですよ。犯人は必ず、現場から何かを持ち去り、現場に何かを置いていく」


 カイルはガタガタと震えだし、ついにその場に崩れ落ちた。


「……あいつが、あいつが悪いのさ! 私の研究成果を自分のものだと発表し、私を破門にすると脅したんだ! 魔法なんて不確かなものに人生を捧げてきた私に、他にどうしろと言うんだ!」


 カイルの絶叫が講堂に響く。

 セドリック団長が、複雑な表情で彼を拘束した。

 騎士たちも、そして魔法を信奉する学生たちも、言葉を失っていた。

 彼らが「神聖な奇跡」だと思っていた魔法が、ただの「殺人ツール」として無残に解体され、論理によって暴かれたのだから。


## 第四章:真実の残りラスト・マナ


 事件解決後、夕暮れ時の「開かずの塔」。

 リリィは、片付けられた現場の窓から、夕日に染まる学園を眺めていた。


「お嬢様。今回もお見事でした」


 バートが温かい紅茶を差し出す。

 リリィはそれを一口啜り、小さく息を吐いた。


「バート。この世界の人は、魔法を過信しすぎているわ。魔法はあくまで、世界を構成するルールの一つに過ぎない。ルールがある以上、そこには必ず『矛盾』や『痕跡』が生まれる。……私はただ、それを見つけて、パズルのピースを合わせただけよ」


「ですが、お嬢様の『パズル』がなければ、今頃カイル講師は呪いの被害者として同情され、教授の死は悪魔のせいにされていたでしょうね」


 そこへ、足音高くセドリック団長が現れた。

 彼はリリィの前で立ち止まると、少し照れくさそうに、しかし深く頭を下げた。


「アデレイド令嬢。……いや、リリィ殿。先程の非礼を詫びたい。……あなたの『論理』とやらは、我々騎士の剣よりも鋭く、魔法よりも深く真実を貫いた」


「お褒めにあずかり光栄です、団長」


「それで……折り入って相談がある。王宮の騎士団の中に、新たに『魔法解析部門』を設立したいと考えている。ついては、あなたにその顧問……いや、初代室長に就任していただきたいのだ。魔法が万能ではないことを、我々も学ぶ必要がある」


 リリィは、少しだけ驚いたように目を見開いた。

 そして、前世の鑑識課で使い古した自分のバッジを思い出し、不敵に微笑んだ。


「いいですよ。ただし、私の捜査には誰も口出しさせないこと。それと、最新の顕微鏡……いえ、魔導倍率鏡を十台ほど、アデレイド家の経費で買い上げさせてください」


「あ、ああ。許可しよう。……君のような人間が味方で良かったよ」


 セドリックが去った後、リリィは再び夜空を見上げた。

 魔法という輝きに隠された、暗い真実。

 それを暴き出すのは、奇跡ではなく、一筋の理屈。


「さて、バート。解析室の準備をしましょう。……この世界には、まだまだ『魔法のせい』にされている未解決事件が山ほどあるはずだから」


 魔法世界に現れた、たった一人の解析官。

 リリィ・フォン・アデレイド。

 彼女の論理の刃が、魔法という名の幻想を切り裂く日々は、まだ始まったばかりだ。


(完)


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