地球の裏側から、君に贈る物語(続編)
## 第10章:罠と裏切り
アフリカの大地溝帯、オルドバイ峡谷。人類の発祥の地とも言われるこの場所に、ユーリ、サラ、そして新たな仲間たちは集まっていた。朝日が地平線から昇り、古代の地層を黄金色に照らしていた。
「ここが『すべての始まりの地』」マルコは周囲を見回した。「調和の石の最終的な聖域だ」
彼らは前日、マルコたちから調和の力の一部を分け与えられていた。それはユーリとサラの中の他の六つの力と共鳴し、新たな感覚をもたらした。世界のエネルギーの流れを感じ、時に導くことができる能力。
「ここで何をすればいいの?」サラは尋ねた。
「最初の儀式の場所を見つける必要がある」マリアは答えた。「七つの石が最初に分割された場所。そこで、力を再び統合できる」
彼らは峡谷を探索し始めた。調和の力を使い、古代のエネルギーの痕跡を追った。数時間後、彼らは小さな洞窟の入り口を発見した。外からは気づきにくい場所だったが、彼らの強化された感覚で容易に見つけることができた。
「ここだ」ジョナサンは洞窟の入り口に立ち、空気の流れを感じた。「古いエネルギーを感じる」
彼らは洞窟に入った。内部は予想以上に広く、壁には古代の壁画が描かれていた。それは七つの異なる文明の人々が集まり、大きな石を囲んでいる様子を描いていた。
「最初の分離の儀式だ」マルコは壁画を指さした。「七つの文明の代表者たちが集まり、原初の石を七つに分けた」
洞窟の中央には円形の祭壇があり、七つの窪みがあった。それは明らかに七つの石を置くためのものだった。
「でも、石はもうない」ユーリは言った。「私たちの中にあるだけだ」
「だからこそ、私たちが必要なんだ」マルコは説明した。「七人で円を形成し、力を一点に集中させる」
「七人?」サラは数えた。「私たちは六人しかいないわ」
「もう一人来るはずだ」マリアは言った。「最後の守護者が」
彼らが洞窟内で待機していると、外から足音が聞こえてきた。皆が警戒して振り返ると、そこにはロイ・ブラックウェルが立っていた。
「遅れてすまない」ロイは言った。「準備に時間がかかった」
「あなたが七人目?」ユーリは驚いた。
ロイは頷いた。「私もまた、石の守護者の血筋を引いている。『視界の石』の守護者だ」
「『視界の石』?」サラは混乱した。「それは七つの石には含まれていないわ」
「それは秘密の第八の石だ」ロイは説明した。「他の七つを見守り、導くための」
ユーリとサラは不審な表情を交換した。彼らはこれまでの旅で、八つ目の石についての言及を見たことがなかった。
「なぜ今まで言わなかったんだ?」ユーリは尋ねた。
「時が来るまで明かすことはできなかった」ロイは答えた。「それが守護者としての掟だ」
彼らはまだ完全には納得していなかったが、儀式を始める準備を進めた。七人は祭壇を囲んで円を形成し、手を繋いだ。
「各自の力を中心に向けて」マルコは指示した。「すべての力が一つになるように」
彼らは目を閉じ、集中し始めた。ユーリとサラからは記憶、時間、生命、エネルギー、物質、精神の力が、マルコ、マリア、ジョナサンからは調和の力が、そしてロイからは視界の力が放たれた。
洞窟内が様々な色の光で満たされ始めた。それぞれの力が目に見える形で現れ、中央へと集まっていった。
「うまくいっている」マリアは興奮した声で言った。
しかし、何かがおかしかった。ロイから放たれる光は他とは異なり、暗い紫色をしていた。そして、それは他の光を吸収するように見えた。
「何かがおかしい」サラは警戒した。
突然、ロイの表情が変わった。彼の顔に冷たい笑みが浮かび、目が暗い紫色に輝き始めた。
「ありがとう、選ばれし者たちよ」彼の声は変わり、より深く響くようになった。「お前たちの力は今、私のものだ」
「ロイ!何をしている?」ユーリは叫んだ。
「ロイ・ブラックウェルはもういない」男は言った。「私はアレクサンドル・コスタ、アウローラの真の指導者だ」
ユーリとサラは衝撃を受けた。彼らの前に立っていたのは、外見はロイだったが、中身はコスタだった。
「どうやって?」サラは恐怖に震えた。
「『視界の石』の真の力は意識の転移だ」コスタは説明した。「私はロイの体を乗っ取り、彼の記憶と知識を利用してきた。そして今、お前たちを最終的な罠に導いた」
彼らは手を離そうとしたが、不思議な力が彼らを繋ぎ止めていた。すでに儀式は始まっており、中断することはできなかった。
「私はお前たちの旅のすべてを監視してきた」コスタは続けた。「お前たちが石の力を集めるのを待っていた。そして今、それをすべて吸収する」
中央に集まっていた光が渦を巻き始め、コスタの方へと引き寄せられていった。彼の体は光を吸収し、より強力になっていくようだった。
「力を奪われている!」マルコが叫んだ。
ユーリとサラは必死に抵抗しようとしたが、力の流れを止めることはできなかった。彼らの能力は徐々に弱まり、コスタはますます強くなっていった。
「私の計画は完璧だった」コスタは勝ち誇った笑みを浮かべた。「ミハイルとイザベラが石を隠したとき、私はすでに長期的な計画を立てていた。お前たちを利用して石の力を集め、最後にすべてを奪うと」
「父と母を裏切ったのね」サラは怒りをあらわにした。
「彼らは愚かだった」コスタは冷たく言った。「石の力で世界を救うと言っていたが、その力は支配するためにこそ使うべきものだ」
力の奪取は続いていた。ユーリとサラの体から青い光が失われ、コスタの体が暗い紫の光で輝いていた。
「もう少しで完了だ」コスタは笑った。「そして、私は新たな神となる」
絶望的な状況の中、ユーリとサラは最後の抵抗を試みた。彼らは残された僅かな力を集中させ、互いの心に語りかけた。
「サラ、聞こえる?」ユーリはテレパシーで伝えた。
「聞こえるわ、兄さん」
「私たちの繋がり…それが鍵かもしれない」
彼らは双子としての絆に集中した。生まれる前から存在していた、血と魂の繋がり。それは石の力とは異なる、純粋な人間の絆だった。
その時、奇妙なことが起きた。彼らの体から放たれる光の色が変わり始めた。青から金色へと変化し、コスタの暗い紫色の力に抵抗し始めた。
「何だ?これは?」コスタは混乱した。
「私たちの本当の力よ」サラは言った。「石から来たものではなく、私たち自身から来るもの」
金色の光が広がり、マルコ、マリア、ジョナサンにも伝わっていった。彼らも同様に、内なる力を呼び覚ましていた。
「馬鹿な!」コスタは怒りを露わにした。「石の力は絶対だ!」
「違う」ユーリは静かに言った。「真の力は繋がりにある。人と人との、そして世界との繋がりに」
金色の光は渦を形成し、コスタが吸収した力と対抗し始めた。洞窟内では、二つの力の激しい戦いが繰り広げられていた。
「降参しろ、コスタ」マルコが叫んだ。「お前の力はもう役に立たない」
「絶対に負けない!」コスタは叫び、さらに力を振り絞った。
彼の体から暗い波動が放たれ、洞窟の壁が揺れ始めた。石がひび割れ、天井から岩が落ち始めた。
「洞窟が崩れる!」ジョナサンが警告した。
しかし、彼らは円を崩さなかった。彼らは最後まで戦い抜くつもりだった。
金色の光はさらに強まり、コスタの暗い力を押し返し始めた。彼の表情には恐怖が浮かび、体からは煙のように力が漏れ出していた。
「これは終わりじゃない!」コスタは叫んだ。「私はまた戻ってくる!」
最後の抵抗として、彼は残された力をすべて一点に集中させた。それは爆発的なエネルギーとなり、洞窟全体を揺るがした。
「伏せて!」ユーリが叫んだ。
彼らは円を崩し、地面に伏せた。コスタの体から放たれた力の波が洞窟を駆け巡り、天井が完全に崩れ始めた。
「外に出るんだ!」マルコが叫び、彼らは急いで出口に向かった。
彼らが洞窟から飛び出した直後、入り口が崩れ落ちた。轟音と共に、洞窟は完全に封鎖された。
「コスタは?」サラは息を切らしながら尋ねた。
「洞窟の中だ」マリアは答えた。「彼が生き延びたとしても、出てくるには時間がかかるだろう」
彼らは安全な距離まで後退し、崩れた洞窟を見つめた。戦いは終わったように見えたが、彼らの心には不安が残っていた。
「私たちの力は?」ユーリは自分の手を見た。
「まだある」サラは答えた。「でも、弱まっている」
彼らはそれぞれの能力をテストした。石の力の大部分はコスタに吸収されたか、爆発で失われていたが、彼らの中には何かが残っていた。それは純粋な力ではなく、経験と知恵に近いものだった。
「完全には失われていないわ」サラは感じた。「変化したのよ」
「私たちの中に統合された」マルコは理解した。「もはや外部の力ではなく、私たち自身の一部になった」
彼らは峡谷の縁に座り、次の行動について話し合った。
「コスタは本当に倒されたのか?」ジョナサンは疑問を投げかけた。
「わからない」ユーリは正直に答えた。「彼の力は恐ろしいものだった。そして、『視界の石』の能力は未知の部分が多い」
「ロイは?」サラは悲しげに尋ねた。「彼は…?」
「彼の意識はコスタによって抑え込まれていた」マリアは言った。「体はコスタのものになっていた。洞窟の崩壊で…」
彼女は言葉を続けられなかった。皆は黙祷した。ロイはユーリとサラにとって重要な人物だった。彼が裏切り者だったと知るのは辛かったが、それは彼の意志ではなかった。
「これからどうする?」マルコはやがて尋ねた。
「まず、確認する必要がある」ユーリは立ち上がった。「コスタが本当に封印されたのかを」
彼らは慎重に洞窟の崩壊現場に近づいた。巨大な岩が入り口を完全に塞いでいた。サラは残された能力で岩の向こうを感知しようとした。
「何も感じない」彼女は言った。「生命の気配がない」
「でも油断はできないわ」マリアは警告した。「コスタは狡猾だ」
彼らは周囲を調査し、洞窟への別の入り口がないか確認した。しかし、他の入り口は見つからなかった。
「当面は安全なようだ」マルコは結論づけた。「しかし、警戒は続ける必要がある」
彼らはキャンプ地に戻り、次の計画を立てた。彼らの能力は弱まっていたが、完全には失われていなかった。そして、彼らが経験したことは、彼らを強くしていた。
「石の力が失われても、私たちの使命は変わらない」ユーリは言った。「世界の均衡を守ること」
「そのためには、アウローラの残党を追跡する必要がある」マルコは提案した。「コスタはリーダーだったが、組織はまだ存在している」
「そして、彼らはまだ危険だ」サラは付け加えた。「特に、他の石の場所を知っている可能性がある」
彼らは世界中のアウローラの拠点を調査し、残された研究データを破壊する計画を立てた。それは長期的な作戦になるだろうが、彼らは準備ができていた。
夜が更け、彼らは焚き火を囲んで座っていた。星空の下、彼らは今日の出来事を振り返っていた。
「私たちの力は変わった」サラは静かに言った。「でも、それは悪いことではないかもしれない」
「どういう意味?」ユーリは尋ねた。
「以前の力は…外部から来たものだった」彼女は説明した。「今の力は、私たち自身のもの。より自然で、より私たちの一部」
「同意する」マルコは頷いた。「石の力は驚異的だったが、時に制御が難しかった。今の力は限定的だが、より安定している」
彼らは自分たちの新しい能力について話し合った。テレパシーや瞬間移動のような派手な能力は弱まっていたが、洞察力や直感、治癒能力などは残っていた。そして、彼らの間の絆は以前よりも強くなっていた。
「私たちは変わった」ユーリは星空を見上げた。「石の力がなくても、私たちはもう同じではない」
「その通りよ」サラは兄の手を握った。「私たちは成長した」
その夜、彼らは交代で見張りを立て、残りは休息を取った。ユーリは最初の見張り番を引き受け、峡谷を見下ろす小さな丘に座った。
彼は自分の中の変化を感じていた。石の力の大部分は失われたが、それらの経験は彼の一部となっていた。彼はもはや単なるモスクワの翻訳者ではなく、世界の秘密を知る者となっていた。
そして何より、彼はもう一人ではなかった。サラという妹、そして新たな仲間たちがいた。彼らと共に、彼は新たな道を歩むことになる。
月明かりの下、ユーリは静かに微笑んだ。これは終わりではなく、新たな始まりだった。
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数日後、彼らはタンザニアの小さな町に移動していた。そこから世界各地のアウローラの拠点への対策を立てるためだった。
彼らはホテルの一室を即席の作戦本部に変え、世界地図を壁に貼り、アウローラの既知の拠点に印をつけていた。
「主要な研究施設は六カ所」マルコは地図を指さした。「ブラジル、アメリカ、ロシア、中国、インド、そしてここアフリカに」
「最も危険なのはどこ?」ユーリは尋ねた。
「おそらくロシアの施設だ」ジョナサンが答えた。「そこには石の研究に関する最も古いデータが保存されている」
「それなら、まずそこから始めるべきね」サラは言った。
「ロシア…」ユーリは思慮深げに言った。「父の故郷に戻ることになるとは」
彼らは移動の準備を始めた。彼らの瞬間移動能力は大幅に弱まっていたため、通常の交通手段を使う必要があった。
「これからは目立たないように行動しなければならない」マルコは言った。「アウローラはまだ私たちを追っているかもしれない」
彼らはタンザニアを出発する前日、最後の晩餐を共にしていた。地元のレストランで、彼らは明日からの作戦について話し合っていた。
「分かれて行動する必要があるかもしれない」マルコは提案した。「六つの施設を同時に攻撃できれば理想的だ」
「危険すぎる」サラは反対した。「私たちの力は弱まっている。少なくとも二人一組で行動すべきよ」
彼らは議論を続けていたが、ユーリは突然違和感を覚えた。彼は窓の外を見て、通りの向こうに立つ男に気づいた。その男はじっと彼らを見つめていた。
「誰かが見ている」ユーリは小声で言った。
全員が警戒し、さりげなく外を見た。
「アウローラの工作員?」マリアは疑った。
「わからない」ユーリは答えた。「でも、普通の通行人ではない」
彼らは食事を急いで終え、別々のルートでホテルに戻ることにした。ユーリとサラは裏通りを通り、時折後ろを振り返りながら歩いた。
「追跡されているわ」サラは感じた。「二人…いや、三人に」
彼らは歩調を速め、人混みの中に紛れ込もうとした。しかし、夜遅くの小さな町では、それは難しかった。
「あそこ」ユーリは暗い路地を指さした。「ショートカットできる」
彼らが路地に入ると、突然前方から二人の男が現れた。彼らは黒いスーツを着て、冷たい表情をしていた。
「ユーリ・イワノフとサラ・モンテス」一人が言った。「ご協力いただきたい」
ユーリとサラは後退したが、後ろからも足音が聞こえた。彼らは完全に包囲されていた。
「アウローラの者か?」ユーリは問いただした。
「私たちは単なる使者だ」男は答えた。「ある方があなたたちに会いたがっている」
「誰だ?」
「それは直接会って確かめることだ」
ユーリとサラには選択肢がなかった。彼らはかつてのような力を持っていなければ、簡単に逃げられただろう。しかし今、彼らは通常の人間に近い状態だった。
「逃げるわよ」サラはテレパシーで伝えようとしたが、その能力も弱まっていた。
彼らは同時に動き、隙間を突いて逃げようとした。しかし、男たちの動きは予想以上に速く、彼らを簡単に取り押さえた。
「抵抗は無駄だ」男は言った。「私たちはあなたたちを傷つけるつもりはない。ただ会話だけだ」
彼らは静かに連行され、近くに停まっていた黒い車に乗せられた。車内では、高級スーツを着た老人が待っていた。
「ようこそ、イワノフ兄妹」老人は微笑んだ。「私はセルゲイ・ヴォルコフ。ミハイル・イワノフの古い友人だ」
ユーリとサラは驚いて顔を見合わせた。
「父の友人?」ユーリは疑いの目で老人を見た。
「そう」ヴォルコフは頷いた。「かつてミハイルと共に働いていた。ソビエト時代の話だ」
「何の用だ?」サラは警戒心を解かなかった。
「警戒するのは当然だ」ヴォルコフは理解を示した。「特に最近の経験の後ではね。しかし、私はコスタとは違う。私はあなたたちを助けたいのだ」
「どうやって私たちを見つけた?」ユーリは尋ねた。
「私には独自の情報網がある」ヴォルコフは曖昧に答えた。「そして、石の力に関わる者たちの動きは常に監視している」
「あなたも石の力を狙っているの?」サラは直接的に尋ねた。
「いいや」ヴォルコフは首を振った。「私は保護者だ。ミハイルと同様に、石の力が悪用されることを防ぎたいのだ」
彼は内ポケットから古い写真を取り出した。そこには若いミハイルと、おそらく若き日のヴォルコフが並んで立っている姿が写っていた。
「これは1979年、シベリアでの遠征中の写真だ」ヴォルコフは説明した。「私たちはまだ石の存在を知らなかったが、異常なエネルギー源を探していた」
ユーリは写真を見て、父の若い姿に驚いた。彼はヴォルコフの言葉を信じるべきか迷っていた。
「証明してください」サラは要求した。「あなたが本当に父の味方だったという証拠を」
「公正な要求だ」ヴォルコフは頷き、もう一つの写真を取り出した。それは古い研究所での集合写真で、その中にはミハイル、ヴォルコフ、そして驚くべきことに、若いコスタの姿もあった。
「私たちは三人で研究チームを組んでいた」ヴォルコフは説明した。「しかし、コスタは次第に権力に魅了されていった。彼が危険な道を歩み始めたとき、ミハイルと私は彼から離れた」
「それでも信用できない」ユーリは言った。「あなたが父の友人だったとしても、今は何の保証もない」
「理解できる」ヴォルコフは穏やかに言った。「では、これはどうだ?」
彼は小さな箱を取り出した。それはユーリが父から受け継いだ箱によく似ていた。
「ミハイルは二つの箱を作った」ヴォルコフは説明した。「一つはお前に、もう一つは私に。彼は私たちが最終的に出会うことを予測していた」
ユーリはその箱を見て、思わず息を呑んだ。それは確かに父の作風だった。
「何が言いたい?」サラは尋ねた。
「私はあなたたちを助けたい」ヴォルコフは真剣に言った。「アウローラを止めるために。彼らは石の研究を続けており、コスタがいなくても危険だ」
「どうやって?」
「私には資源がある。情報、装備、そして安全な場所」ヴォルコフは提案した。「あなたたちの計画を聞かせてほしい。そして、協力できることがあれば」
ユーリとサラは目を合わせた。彼らはヴォルコフを完全には信用できなかったが、彼の提案は検討する価値があった。特に、彼らの力が弱まっている今、同盟者は貴重だった。
「マルコたちと相談する必要がある」ユーリは言った。
「もちろん」ヴォルコフは頷いた。「私はホテルアフリカンサンに滞在している。明日の正午に会おう。あなたたちの友人も連れてきてくれ」
車は彼らをホテルの近くで降ろした。ユーリとサラは急いでホテルに戻り、他のメンバーに状況を説明した。
「罠かもしれない」マルコは警戒した。
「でも、もし本当なら貴重な同盟者になる」マリアは考えた。
彼らは長時間議論し、最終的にヴォルコフに会うことを決めた。しかし、用心のため、二人だけが会い、他のメンバーは近くで待機することにした。
翌日正午、ユーリとマルコはホテルアフリカンサンのロビーに入った。サラ、マリア、ジョナサンは外で待機していた。
ヴォルコフは約束通り彼らを待っていた。彼は二人を自分のスイートに案内した。
部屋に入ると、テーブルの上には地図や書類、そして複数のコンピューターが置かれていた。壁には世界中のアウローラの施設の写真が貼られていた。
「私の作戦室へようこそ」ヴォルコフは言った。「これが私がこれまで集めた情報だ」
彼はアウローラの組織構造、研究施設、そして主要メンバーについての詳細な情報を示した。それは彼らが持っていた情報よりもはるかに包括的だった。
「なぜこれほどの情報を持っているんだ?」マルコは疑問を投げかけた。
「私は長年アウローラを監視してきた」ヴォルコフは説明した。「そして、彼らの組織内にも情報提供者がいる」
「なぜ自分で行動しなかった?」ユーリは尋ねた。
「私一人では限界がある」ヴォルコフは正直に答えた。「そして…」彼は少し躊躇った。「私はもう老いた。この戦いは若い世代に委ねる時が来たのだ」
彼の言葉には誠実さが感じられた。ユーリとマルコは顔を見合わせ、彼を信じることにした。少なくとも、条件付きで。
「協力しよう」ユーリは手を差し出した。「しかし、完全な信頼を得るには時間がかかる」
「理解している」ヴォルコフは彼の手を握った。「信頼は時間をかけて築くものだ」
彼らは作戦を立て始めた。ヴォルコフの情報によれば、ロシアの施設は最も警戒が厳しく、直接的な攻撃は困難だった。代わりに、彼は別のアプローチを提案した。
「内部からの破壊だ」ヴォルコフは言った。「私の情報提供者の一人が、システムにアクセスできる。彼を通じて、研究データを破壊することができる」
「それは可能か?」マルコは疑問を持った。
「リスクはあるが、直接侵入するよりは安全だ」ヴォルコフは答えた。
彼らは数時間かけて計画を練った。その後、サラたちも呼び入れ、全体で戦略を確認した。
ヴォルコフの協力により、彼らの計画はより具体的で実行可能なものになった。彼は資金、偽造パスポート、そして安全な移動手段を提供した。
「私たちはロシアから始める」ユーリは最終的な計画を説明した。「そこでの成功後、他の施設に移動する」
「二人一組で行動し、常に連絡を取り合う」サラが付け加えた。
夜が更けるにつれ、彼らは明日の出発に向けて準備を始めた。ヴォルコフは彼らに特別な通信装置を渡し、いつでも連絡が取れるようにした。
「気をつけて」ヴォルコフは彼らを見送りながら言った。「アウローラは依然として危険だ。特に、コスタの死が確認されていない今は」
「コスタは死んだと思う?」ユーリは尋ねた。
「希望はそうだが…」ヴォルコフは遠くを見つめた。「あの男は常に予測を裏切ってきた。油断はできない」
彼らはホテルに戻り、最後の準備をした。翌日の朝一番のフライトでモスクワに向かう予定だった。
「本当にヴォルコフを信じていいのかしら」サラはまだ不安を感じていた。
「完全には信じていない」ユーリは正直に答えた。「でも、彼の情報は価値がある。そして、今の私たちには同盟者が必要だ」
彼らは夜遅くまで話し合い、やがて眠りについた。しかし、ユーリの心には不安が残っていた。彼らは新たな罠に向かっているのではないか?それとも、本当の同盟者を見つけたのか?
未来は不確かだったが、一つだけ確かなことがあった。彼らの戦いはまだ終わっていなかった。そして、次の章は彼らをロシア、ユーリの故郷へと導くことになる。
## 第11章:絶望の淵
モスクワの冬は厳しかった。雪が街を覆い、氷点下の気温が骨身に染みた。しかし、ユーリにとっては懐かしい風景だった。彼が去ってから半年以上経っていたが、この街は彼の記憶の中と変わらなかった。
「ここが僕の故郷だよ」ユーリはサラに言った。彼らはホテルの窓から、雪に覆われた赤の広場を眺めていた。
「美しい街ね」サラは息を呑んだ。「でも、とても寒い」
「南米育ちには厳しいだろうね」ユーリは微笑んだ。
彼らは二日前にモスクワに到着していた。マルコとマリアは別のホテルに滞在し、ジョナサンはヴォルコフと共に行動していた。彼らは目立たないよう、小グループに分かれて行動していた。
ヴォルコフの情報によれば、アウローラのロシア施設はモスクワ郊外のノヴォシビルスク科学都市にあった。それは表向きは国立研究所だったが、内部には秘密の研究施設が隠されていた。
「今日の会議の準備はできてる?」サラが尋ねた。
「ええ」ユーリは頷いた。「夕方6時、グム百貨店の近くのカフェで会う」
彼らは時間までホテルに留まり、アウローラの施設について調べた資料を再確認した。夕方が近づくと、彼らは防寒具を身につけ、約束の場所に向かった。
カフェは混雑していたが、奥のテーブルではヴォルコフとジョナサンが待っていた。彼らはわずかに頷き、ユーリとサラが着席するのを待った。
「良いニュースだ」ヴォルコフは小声で言った。「内部の情報提供者が明日、施設のシステムにアクセスできる。我々はその機会を利用する」
「どうやって?」ユーリは尋ねた。
「彼は研究データベースに特殊なプログラムを埋め込む」ヴォルコフは説明した。「それにより、すべての石の研究データが破壊され、復元不可能になる」
「それだけで十分?」サラは疑問を持った。「バックアップはないの?」
「バックアップも標的にする」ヴォルコフは保証した。「このプログラムはネットワーク全体に広がり、すべての関連データを破壊する」
「リスクは?」ユーリは心配した。
「情報提供者にとっては大きい」ヴォルコフは認めた。「しかし、彼は長年の準備をしてきた。彼自身、ミハイルの同盟者だった」
彼らは計画の詳細を話し合った。マルコとマリアは施設の外で待機し、何か問題が起きた場合の援護をする。ユーリとサラはヴォルコフと共に遠隔操作センターにいて、進行状況を監視する。
「全員、これを持って」ヴォルコフは小さな通信機を渡した。「緊急時には即座に連絡を」
彼らは最終的な確認をし、明日の作戦に備えて別れた。
帰り道、ユーリとサラは赤の広場を横切った。雪が静かに降り、聖ワシリイ大聖堂のカラフルなドームが夜空に映えていた。
「本当にヴォルコフの計画がうまくいくと思う?」サラは不安を隠せなかった。
「それが最良の選択肢だと思う」ユーリは答えた。「直接攻撃するには、私たちはもう十分な力を持っていない」
彼らは黙って歩き続けた。以前の強大な能力を失った今、彼らは普通の人間のように慎重に行動しなければならなかった。しかし、彼らの中にはまだ何かが残っていた。直感や洞察力、そして互いを感じる能力。それらは弱まってはいたが、完全には消えていなかった。
ホテルに戻る途中、ユーリは突然足を止めた。
「どうしたの?」サラは尋ねた。
「見られている気がする」ユーリは周囲を見回した。
サラも周りを観察した。通りにはいくつかの人影があったが、特に彼らを見ているようには見えなかった。
「気のせいかもしれないわ」
「たぶんね」ユーリは不安げに言った。「でも、警戒を怠らないようにしよう」
彼らはホテルに戻り、明日に備えて早めに休んだ。しかし、ユーリは眠れなかった。彼は窓辺に立ち、雪が降る夜景を見つめていた。
「何かがおかしい」彼は小さく呟いた。「何か見落としているものがある」
彼はヴォルコフの計画を頭の中で再確認した。それは確かに論理的で、実行可能に思えた。しかし、何かが彼の直感を刺激していた。
翌朝、彼らは予定通り行動を開始した。ヴォルコフの用意した車で、彼らはモスクワ郊外の小さなアパートに向かった。そこが今日の作戦の拠点だった。
アパートは質素だったが、ハイテク機器が設置されていた。複数のコンピューター画面、通信装置、そして監視カメラの映像が表示されていた。
「ここからすべてを監視する」ヴォルコフは説明した。「マルコとマリアは既に施設近くに配置されている」
彼らはそれぞれの位置につき、時間通りに進行する作戦を見守った。午前10時、内部の情報提供者から最初の信号が届いた。
「彼はシステムにアクセスした」ヴォルコフは画面を見て言った。「プログラムのアップロードを開始している」
ユーリとサラは緊張して画面を見つめた。そこには複雑なコードが流れ、システムへの侵入過程が表示されていた。
「順調ね」サラはつぶやいた。
しかし、その直後、警告アラートが画面に表示された。
「何が起きている?」ユーリは尋ねた。
ヴォルコフの表情が硬くなった。「セキュリティシステムが反応している。彼らは侵入を検知した」
「情報提供者は?」
「まだ接続している」ヴォルコフは答えた。「彼はプログラムのアップロードを続けている」
緊張が高まる中、彼らは事態の進展を見守った。約10分後、新たな信号が届いた。
「完了した」ヴォルコフは安堵のため息をついた。「プログラムはシステムに埋め込まれた」
「彼は無事?」サラは心配した。
「退避中だ」ヴォルコフは答えた。「施設を出るまでは…」
突然、通信が途切れた。画面は静電気のノイズに覆われ、信号は完全に失われた。
「何が起きた?」ユーリは立ち上がった。
「わからない」ヴォルコフは焦りを見せた。「通信が遮断された」
彼らは再接続を試みたが、無駄だった。情報提供者との通信は完全に途絶えていた。
「彼は捕まったのか?」サラは恐れた。
「可能性がある」ヴォルコフは重い口調で言った。「だが、プログラムは既にシステムに埋め込まれている。時間の問題だ」
彼らは待った。プログラムが作動し、データが破壊される瞬間を。しかし、何も起こらなかった。
「おかしい」ヴォルコフは眉をひそめた。「プログラムは既に作動しているはずだ」
その時、マルコからの緊急通信が入った。
「施設に動きがある」彼の声は緊張していた。「大量の警備員が配置され、周辺が封鎖されている」
「彼らは何かを知っている」ユーリは悟った。「これは罠かもしれない」
ヴォルコフの表情が変わった。彼は突然立ち上がり、窓の外を見た。
「ここも危険だ」彼は言った。「すぐに移動しなければ」
彼らが荷物をまとめ始めたとき、建物の周囲から車のエンジン音が聞こえてきた。
「囲まれている」サラは窓から外を見た。
少なくとも五台の黒い車が建物を取り囲み、武装した男たちが降りてきた。彼らはアウローラのユニフォームを着ていた。
「裏口から逃げるぞ」ヴォルコフは指示した。
彼らは急いで部屋を出たが、階段を降りると、既に男たちが待ち構えていた。
「動くな!」彼らは銃を構えた。
ユーリとサラは立ち止まり、手を上げた。ヴォルコフも同様だった。彼らには抵抗する力がなかった。
「申し訳ない」ヴォルコフは小声で言った。「罠だとは思わなかった」
武装した男たちに囲まれ、彼らは建物の外に連れ出された。そこでは、高級車が待機していた。車のドアが開き、一人の男が降りてきた。
ユーリとサラは息を呑んだ。それはコスタだった。彼は洞窟の崩落から生き延びていたのだ。
「ようこそ、イワノフ兄妹」コスタは冷たく笑った。「そして、ヴォルコフ教授。全員揃って嬉しいよ」
「コスタ…」ユーリは怒りを露わにした。「お前は死んだはずだ」
「死にかけたよ」コスタは認めた。「洞窟の崩落で重傷を負った。だが、『視界の石』の力のおかげで生き延びることができた」
彼は近づき、ユーリの顔をじっと見つめた。
「お前たちの能力は弱まったようだな。もはや私の脅威ではない」
「何が望みだ?」サラは勇敢に尋ねた。
「まだわからないのか?」コスタは笑った。「私はまだ石の力を求めている。そして今、私はその源泉に近づいている」
彼は三人を車に乗せるよう命じた。彼らは抵抗できず、従うしかなかった。
「マルコたちは?」ユーリはヴォルコフに小声で尋ねた。
「彼らも捕まった」ヴォルコフは落胆した様子で答えた。「全員がコスタの罠に嵌った」
車は市内を通り抜け、郊外へと向かった。約1時間後、彼らはノヴォシビルスク科学都市の入り口に到着した。
巨大な研究施設の前で車は止まり、彼らは建物内に連行された。厳重な警備の中、彼らは地下の研究所へと案内された。
そこで彼らは、マルコ、マリア、ジョナサンが既に拘束されているのを見た。彼らは特殊な装置に繋がれ、力を抑制されていた。
「友達が揃ったね」コスタは満足げに言った。「これで計画を進められる」
「何をするつもりだ?」ユーリは怒りをあらわにした。
「お前たちから残りの力を抽出する」コスタは冷たく言った。「そして、新たな石を創造するんだ」
「新たな石?」サラは混乱した。
「そう」コスタは説明した。「古代の石は破壊された。しかし、その力はお前たちの中に残っている。それを集め、人工的な石を作り出す」
彼は大きな装置を指さした。それは中央に透明な容器があり、複数のケーブルや配管が接続されていた。
「この装置で、お前たちから力を抽出し、結晶化させる。そして、私だけが制御できる新たな石が生まれる」
「それは不可能だ」ヴォルコフは反論した。「石の力はそのような方法では扱えない」
「古い考えだ、教授」コスタは嘲笑した。「科学は進歩している。私たちは石の本質を理解し、再現する方法を見つけた」
彼らは特殊な椅子に座らされ、様々な装置が体に取り付けられた。科学者たちが機器を調整し、抽出の準備を始めた。
「始めろ」コスタは命じた。
機械が動き始め、ユーリは体から何かが引き出されるような痛みを感じた。サラも同様に苦しみ始めた。マルコ、マリア、ジョナサンも同じ痛みに耐えていた。
「やめろ!」ユーリは叫んだ。「彼らを解放しろ!」
「無駄だ」コスタは冷淡に言った。「プロセスは始まった。お前たちの力は私のものになる」
痛みは増し、彼らは絶望的な状況に陥った。彼らの体から青い光が抽出され、中央の容器に集められ始めた。
「見ろ」コスタは容器を指さした。「新たな石の誕生だ」
容器内では、抽出されたエネルギーが結晶化し始めていた。それは小さな青い結晶で、徐々に大きくなっていった。
ユーリは意識が遠のく中、サラに語りかけようとした。しかし、彼らのテレパシー能力はほとんど機能していなかった。
「もう…終わりなのか」彼は絶望的に思った。
その時、予期せぬ出来事が起こった。施設全体が突然揺れ、警報が鳴り響いた。
「何が起きている?」コスタは怒鳴った。
「不明です」科学者の一人が答えた。「施設の別セクションで爆発が…」
再び施設が揺れ、今度はより強く。天井から粉塵が落ち、ライトがちらついた。
「警備を強化しろ!」コスタは命じた。「抽出プロセスを続行せよ!」
しかし、混乱は増すばかりだった。さらに爆発音が聞こえ、施設内の警報がけたたましく鳴り続けた。
突然、研究室のドアが爆発し、煙の中から複数の人影が現れた。彼らは黒い戦闘服を着て、高度な武器を装備していた。
「動くな!」彼らは命じた。
コスタの警備員たちは反撃しようとしたが、侵入者たちの方が素早かった。彼らは正確な射撃で警備員たちを無力化した。
「イワノフ兄妹を解放しろ」侵入者のリーダーが命じた。
その声に、ユーリは目を見開いた。それはロイ・ブラックウェルの声だった。
「ロイ?」彼は信じられない思いで見つめた。
ロイらしき男は彼に近づき、拘束を解いた。
「説明する時間はない」彼は言った。「すぐに逃げるぞ」
「だが、お前はコスタに…」
「後で説明する」ロイは急かした。「今は全員を安全に」
コスタは混乱の中、脱出しようとしていた。しかし、ロイの部下の一人が彼を捕らえた。
「今度は逃がさない」ロイはコスタに言った。
彼らは急いで全員の拘束を解き、施設からの脱出を始めた。建物内は混乱状態で、爆発や警報の音が続いていた。
「何が起きているんだ?」サラは弱々しく尋ねた。
「我々の仲間が施設全体を攻撃している」ロイは説明した。「気を散らすための作戦だ」
彼らは裏通路を通って施設から脱出し、待機していた車両に乗り込んだ。コスタは別の車に厳重に監視された状態で乗せられた。
車が施設から離れると、彼らは大きな爆発音を聞いた。振り返ると、施設の一部が炎に包まれていた。
「研究データは?」ユーリは心配した。
「心配するな」ロイは安心させた。「我々は既にシステムに侵入し、すべてのデータを破壊した」
彼らは市外に向かい、約1時間後、森の中の隠れ家に到着した。そこは国際安全保障機関の秘密基地だった。
全員が安全に到着すると、ロイは説明を始めた。
「まず、謝らなければならない」彼は真摯に言った。「私がコスタに乗っ取られていたのは事実だ。しかし、完全ではなかった」
「どういう意味だ?」ユーリは尋ねた。
「『視界の石』の力は複雑だ」ロイは説明した。「コスタは私の体を乗っ取ったが、私の意識の一部は残っていた。洞窟の崩落後、私は徐々に自分を取り戻し始めた」
「そして、アフリカでの出来事は?」サラは疑問を投げかけた。
「私はまだ完全には自分を取り戻していなかった」ロイは認めた。「コスタは私を通じて、お前たちを追跡していた。しかし、私の意識は強くなり、ついに彼の支配から逃れることができた」
「ヴォルコフは?」ユーリはロシア人の老科学者を見た。
「彼は罠の一部だった」ロイは残念そうに言った。「コスタに操られていたわけではないが、アウローラの一員だった」
ヴォルコフは頭を垂れた。「認めよう。私はアウローラのために働いていた。しかし、コスタの狂気が明らかになるにつれ、私は疑問を持ち始めた」
「彼は我々に接触してきた」ロイは続けた。「そして、コスタを止めるために協力することを申し出た」
「だが、彼はまだ我々を罠に導いた」マルコは怒りをあらわにした。
「それは私のミスだ」ヴォルコフは認めた。「コスタは私の計画を察知し、逆に利用した」
彼らはしばらく沈黙した。状況は複雑で、誰を完全に信頼していいのか判断するのは難しかった。
「コスタは?」サラはやがて尋ねた。
「安全に拘束されている」ロイは答えた。「そして今度は、彼から逃げる術はない」
彼らは抽出プロセスの影響から回復するのに数日を要した。彼らの力は更に弱まり、今ではほとんど通常の人間と変わらなかった。
「石の力はほぼ失われた」サラは自分の手を見つめながら言った。「私たちは普通の人間に戻った」
「完全にではない」ロイは微笑んだ。「お前たちの中には、まだ何かが残っている。それは石の力ではなく、お前たち自身の本質だ」
回復期間中、彼らはアウローラの状況について詳しく知らされた。コスタの捕獲とロシア施設の破壊により、組織は大きな打撃を受けていた。しかし、まだ完全に崩壊したわけではなかった。
「残りの施設も対処する必要がある」ロイは言った。「しかし、今回は我々が主導する。お前たちはもう十分に危険な目に遭った」
「でも、手伝いたい」ユーリは言った。
「もちろん」ロイは頷いた。「しかし、前線ではなく、戦略的な役割で」
彼らは次の数週間、国際安全保障機関と協力して、残りのアウローラ施設に対する作戦を計画した。彼らの経験と知識は、たとえ超能力がなくても、貴重だった。
ある夜、ユーリとサラは基地の屋上で星を見ていた。モスクワの厳しい冬の夜、しかし空は澄んでいた。
「考えてみれば、私たちは長い旅をしてきたね」ユーリは言った。
「ええ」サラは同意した。「モスクワからジャングル、そしてまたモスクワへ。一周したわね」
「そして、私たちは変わった」ユーリは続けた。「外見は同じかもしれないが、内側は全く違う」
「力を失ったけど、得たものも多いわ」サラは微笑んだ。「特に、お互いを」
彼らは静かに星空を見上げた。未来は不確かだったが、彼らはもう一人ではなかった。彼らには家族がいた。そして、それが最も重要なことだった。
「これからどうする?」サラは尋ねた。「アウローラが完全に倒された後は」
「わからない」ユーリは正直に答えた。「モスクワに戻るかもしれない。あるいは、南米に行くかも。あるいは…全く新しい場所へ」
「どこであれ、一緒よね?」
「もちろん」ユーリは妹の手を握った。「もう二度と離れ離れにはならない」
星空の下、彼らは新たな旅の始まりを感じていた。それは超能力や古代の石の力なしの旅だったが、それでも彼らの物語は続いていた。
そして、それは恐らく最も重要な章の始まりだった。
## 第12章:救いの手
国際安全保障機関の秘密基地は、モスクワ郊外の森の中に隠されていた。外見は古い狩猟ロッジだったが、内部には最先端の技術が詰め込まれていた。
ユーリとサラはそこで約二週間を過ごしていた。彼らの体は抽出プロセスからほぼ回復したが、精神的な傷はまだ癒えていなかった。彼らは何度も裏切られ、力を奪われ、絶望の淵に立たされた。信頼することが難しくなっていた。
「どう感じる?」ロイはユーリに尋ねた。彼らは基地の医務室で検査を受けていた。
「体は大丈夫」ユーリは答えた。「でも…何か空っぽな感じがする」
ロイは理解を示すように頷いた。「力を失うのは難しいことだ。特に、それがあなたのアイデンティティの一部になっていた場合は」
「僕たちの中に何も残っていないのか?」
「科学的には」ロイは慎重に言葉を選んだ。「石のエネルギーはほぼ完全に抽出された。しかし、科学では測定できないものもある」
彼はユーリの肩に手を置いた。
「あなたの経験、記憶、そして成長。それらは誰にも奪えない」
ユーリは黙って頷いた。彼は理解していたが、それでも喪失感は大きかった。
一方、サラはマルコ、マリア、ジョナサンと共に、アウローラの残存拠点について分析していた。彼らの能力は失われたが、知識と経験は残っていた。
「残りの主要施設は四カ所」サラは地図を指さした。「アメリカ、中国、インド、そして南アフリカに」
「国際安全保障機関のチームが既に偵察を始めている」マルコは報告した。「アメリカとインドの施設は比較的小規模で、簡単に対処できるだろう」
「心配なのは中国だわ」マリアが言った。「彼らの施設は最も警戒が厳しい」
彼らは各施設への攻撃計画を練っていた。もはや超能力に頼ることはできなかったが、彼らは戦略的思考と詳細な知識で貢献していた。
夕方、ユーリは基地の外で一人、森の中を歩いていた。冬の空気は冷たかったが、彼にとっては心地よかった。
彼は木々の間に立ち、夕焼けを見つめた。かつて彼は自分の能力で空を飛び、思考で物体を動かし、瞬間移動することができた。今、彼は普通の人間だった。しかし、普通の人間であることの平和さも感じていた。
「考え事?」
振り返ると、サラが彼の後ろに立っていた。
「ちょっとね」ユーリは微笑んだ。「変化について考えていたんだ」
サラは兄の隣に立ち、同じく夕焼けを見つめた。
「私も同じことを考えていたわ」彼女は言った。「私たちはずいぶん変わった」
「後悔してる?」ユーリは尋ねた。「全てを経験したことを」
サラは少し考えてから答えた。「いいえ、後悔していないわ。大変だったけど、それが私たちを今の自分にした。そして…」彼女はユーリの方を見た。「あなたに会えた」
ユーリは微笑み、妹の肩に腕を回した。「それだけでも、すべての苦難の価値があったよ」
彼らは静かに立ち、日が沈むのを見つめていた。その瞬間、彼らは力を持たなくても、特別な絆を共有していることを感じた。
翌朝、彼らは全員が集まる作戦会議に参加した。ロイは新たな情報を持ってきていた。
「コスタの尋問から重要な情報が得られた」ロイは報告した。「彼はアウローラの真の目的を明かした」
全員が注目する中、ロイは続けた。
「彼らの目標は石の力を武器化するだけではなかった。彼らは『次元の門』を開こうとしていたんだ」
「次元の門?」ユーリは混乱した。
「コスタの理論によれば」ロイは説明した。「石のエネルギーは十分に集中させれば、現実の壁を穿ち、他の次元への門を開くことができる。彼はそこから未知の力を取り込もうとしていた」
「それは危険すぎる」マルコは顔をしかめた。「我々の現実の法則が崩壊する可能性がある」
「そのとおりだ」ロイは同意した。「だからこそ、残りの施設を迅速に無力化する必要がある。彼らはまだその研究を続けている」
会議は次の段階の計画に移った。四つの施設への同時攻撃が決定された。国際安全保障機関の精鋭部隊が主力となり、ユーリたちはそれぞれのチームに分かれて情報提供と戦略指導を担当することになった。
「出発は明日だ」ロイは言った。「全員、準備を整えてくれ」
会議が終わると、ユーリはロイに近づいた。
「私たちも現場に行くべきだ」彼は言った。「後方支援だけでなく」
ロイは心配そうな表情を見せた。「危険すぎる。あなたたちはもう特別な能力を持っていない」
「だからこそ行くべきなんだ」ユーリは主張した。「これは私たちの戦いだ。最後まで見届ける必要がある」
ロイはしばらく考え、最終的に同意した。
「わかった。だが、安全は保証できない」
「理解している」ユーリは頷いた。「リスクは承知の上だ」
その日の残りの時間、彼らは各自の任務の準備をした。ユーリとサラはロシアチームに加わり、中国施設を担当することになった。マルコとマリアはアメリカ施設へ、ジョナサンはインド施設への派遣が決まった。
夜、ユーリは自分の部屋でバックパックを準備していた。彼は必要最低限の物だけを詰め、軽装で動けるようにしていた。
ドアがノックされ、ヴォルコフが入ってきた。老科学者は疲れた表情をしていたが、目には決意が見えた。
「話しても良いかね?」彼は尋ねた。
「どうぞ」ユーリは冷たくはなかったが、まだ完全には信頼していなかった。
「謝りたい」ヴォルコフは真摯に言った。「私はミハイルを裏切った。そして、あなたたちも」
「なぜだ?」ユーリは単刀直入に尋ねた。「なぜアウローラに協力した?」
ヴォルコフは深く息を吐いた。
「最初は科学的好奇心だった。石の力は人類にとって革命的な発見だと思った。しかし、時間が経つにつれ、コスタの真の目的が明らかになった。彼は権力に飢えていた」
「それでも続けた」
「臆病だったからだ」ヴォルコフは認めた。「そして、自分の研究を失うことを恐れていた。しかし、あなたたちに会い、ミハイルの子どもたちを見て、私は決断した」
彼はポケットから小さな装置を取り出した。
「これは私が開発した装置だ。石のエネルギーを増幅するものだ。もしあなたたちの中に少しでもエネルギーが残っていれば、これが助けになるかもしれない」
ユーリは疑いの目で装置を見た。
「これも罠ではないと、どうして信じられる?」
「もう隠すものはない」ヴォルコフは悲しげに言った。「私の人生はほとんど終わりに近い。最後に何か良いことをしたいだけだ」
ユーリは装置を手に取り、注意深く調べた。それは小さな銀色の円盤で、中心に青い結晶が埋め込まれていた。
「使い方は?」
「近くに置くだけでいい」ヴォルコフは説明した。「残りのエネルギーがあれば、それを増幅する」
ユーリはまだ完全には信じていなかったが、装置をバックパックに入れた。
「考えておく」彼は言った。
ヴォルコフは頷き、部屋を出ていった。彼の肩は重荷から解放されたかのように、少し軽くなったように見えた。
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翌日、彼らは早朝に出発した。四つのチームが別々の航空機で目的地に向かった。ユーリとサラのチームは、ロシアの特殊部隊10人と共に中国に向かった。
「計画を復習しよう」機内で、チームリーダーのアレクセイが説明した。「我々は北京郊外の施設に侵入する。目標は研究データの破壊と、可能な限りの人員の確保だ」
彼は施設の設計図を示した。
「三つの主要セクションがある。研究室、データセンター、そして実験施設だ。我々は三つのグループに分かれて同時に攻撃する」
ユーリとサラはデータセンターチームに配属された。彼らの役割は、研究データを特定し、確実に破壊することだった。
「質問は?」アレクセイは尋ねた。
「施設内の人員は?」サラが尋ねた。
「情報によれば、約50人の研究者と30人の警備員だ」アレクセイは答えた。「我々の目標は無血の作戦だが、抵抗があれば応じる」
彼らは詳細な侵入計画を確認し、各自の役割を明確にした。ユーリとサラは戦闘訓練を受けていなかったが、施設内のシステムについての知識は貴重だった。
北京に到着後、彼らは安全家屋に移動し、最終準備を行った。夜になり、彼らは施設に向かった。
施設は表向きは農業研究所だったが、高い塀と厳重な警備が本当の目的を物語っていた。彼らは予定通り、三つのグループに分かれ、それぞれの侵入ポイントに向かった。
ユーリとサラのグループは、地下のメンテナンストンネルから侵入することになっていた。彼らは暗視ゴーグルを装着し、静かにトンネルを進んだ。
「ここまでは計画通りだ」アレクセイは小声で言った。
彼らはトンネルの終点に到達し、施設内部への扉を見つけた。電子ロックがかかっていたが、チームの技術者がすぐに解除した。
扉を開け、彼らは施設の下層階に入った。廊下は薄暗く、警備員の姿はなかった。
「データセンターはこの先だ」ユーリは案内した。
彼らは注意深く前進し、時折監視カメラを避けながら進んだ。すべては計画通りに進んでいた。
データセンターの入り口に到着すると、彼らは驚くべき光景に出会った。ドアは既に開いており、中から赤い警告灯が点滅していた。
「何かがおかしい」サラは警戒した。
アレクセイは部下に合図し、慎重にドアを開けた。中は大混乱だった。コンピューター端末は活発に動作し、画面には複雑なコードが流れていた。
「彼らは既に何かを始めている」ユーリは端末に近づいた。
画面を見て、彼は顔色を変えた。
「これは次元の門のプログラムだ」彼は声を震わせた。「彼らは門を開こうとしている」
「止められるか?」アレクセイは尋ねた。
「試してみる」
ユーリはコンピューターに向かい、アクセスを試みた。しかし、システムはロックされていた。
「直接アクセスできない」彼は焦りを見せた。「メインサーバーを物理的に停止する必要がある」
「どこにある?」
「おそらく奥の部屋だ」
彼らはデータセンターの奥に進み、大きなサーバールームのドアを見つけた。それも既に開いていた。
中に入ると、彼らは信じられない光景を目にした。部屋の中央には大きな円形の装置があり、青白い光を放っていた。それは明らかに実験装置で、複数のコンピューターや機械に接続されていた。
そして、装置の前には一人の男が立っていた。
「コスタ…」ユーリは息を呑んだ。
しかし、よく見ると、それはコスタではなかった。コスタに似ていたが、より若く、表情が異なっていた。
「誰だ?」アレクセイは銃を構えた。
男は振り返り、彼らを見た。彼の目は不自然な紫色に輝いていた。
「ようこそ、イワノフ兄妹」彼は冷たく笑った。「私はヴィクトル・コスタ。アレクサンドルの息子だ」
「コスタの息子?」サラは驚いた。
「そう」ヴィクトルは頷いた。「父から任務を引き継いだ。彼が捕まっても、我々の計画は続く」
彼は装置を指さした。
「これが次元の門だ。あと数分で起動する」
「止めろ」アレクセイは命じた。「さもないと発砲する」
「撃てばいい」ヴィクトルは挑発した。「だが、それでプロセスは止まらない。既に自動シーケンスが始まっている」
ユーリはサーバーラックを見回した。どれかを破壊すれば、プロセスを止められるかもしれない。
「彼を拘束しろ」ユーリはアレクセイに言った。「私たちがシステムを止める」
特殊部隊の隊員たちがヴィクトルに近づき、彼を拘束した。彼は抵抗せず、むしろ余裕の表情を見せていた。
ユーリとサラはサーバーを調べ始めた。
「主電源を切れば?」サラは提案した。
「非常用電源がある」ユーリは言った。「プロセスを正しく停止する必要がある」
彼らはコントロールパネルを見つけ、システムへのアクセスを試みた。しかし、すべてロックされていた。
「時間がない」サラは焦った。
装置の光はますます強くなり、空気中にエネルギーが充満しているのを感じた。
「どうすれば…」
その時、ユーリはヴォルコフの装置を思い出した。彼はバックパックから銀色の円盤を取り出した。
「これを試してみよう」
「ヴォルコフの装置?」サラは懐疑的だった。「本当に信じるの?」
「他に選択肢がない」ユーリは答えた。
彼は装置を手に取り、コントロールパネルの近くに置いた。最初は何も起こらなかったが、数秒後、円盤が青く光り始めた。
同時に、ユーリとサラは体の中に微かな温かさを感じた。彼らの中に残っていたわずかなエネルギーが、装置によって増幅されていた。
「何か感じる?」ユーリは尋ねた。
「ええ」サラは頷いた。「力が戻ってきたみたい。わずかだけど」
彼らは互いを見つめ、黙って理解し合った。彼らは手を繋ぎ、残された力をすべて集中させた。
彼らの手から微かな青い光が放たれ、パネルに流れ込んだ。画面がちらつき、ロックが解除された。
「急いで」ユーリは言った。
彼らはシステムにアクセスし、次元の門のプロセスを停止しようとした。しかし、プログラムは複雑で、簡単には止められなかった。
「通常の方法では無理だ」ユーリは焦った。「システムを完全に崩壊させる必要がある」
「どうやって?」
ユーリは考え、突然思いついた。
「ウイルスだ」彼は言った。「システムにウイルスを送り込む」
彼らは急いでコードを入力し始めた。彼らの知識と、わずかに増幅された能力を使って、彼らは強力なウイルスプログラムを作成した。
「準備ができた」ユーリは言った。「だが、これを起動すれば、爆発的な反応が起きるかもしれない。全員避難する必要がある」
アレクセイに状況を説明し、彼は部隊に避難を命じた。ヴィクトルは拘束されたまま連れ出された。
「行くぞ」アレクセイはユーリとサラを促した。
「先に行って」ユーリは言った。「私たちはプログラムを起動する必要がある」
「危険すぎる」
「他に方法はない」サラは断固として言った。「心配しないで、すぐに後を追うから」
アレクセイは躊躇したが、最終的に同意し、残りの隊員と共に避難した。
部屋に二人だけが残り、彼らはウイルスプログラムの最終調整を行った。
「準備はいい?」ユーリは尋ねた。
「ええ」サラは緊張した表情で頷いた。
彼らは同時にプログラムを起動した。すぐに、システム全体が不安定になり始めた。画面はエラーメッセージで埋め尽くされ、サーバーからは異常な音が聞こえた。
「成功した!」サラは喜んだ。
しかし、その喜びも束の間、装置が異常な挙動を示し始めた。青白い光は赤く変わり、エネルギーの放出が制御不能になっていた。
「逃げるぞ!」ユーリは妹の手を取った。
彼らは急いで部屋を出ようとしたが、突然のエネルギー波が彼らを襲った。二人は床に倒れ、意識を失いかけた。
「サラ!大丈夫か?」ユーリは必死に妹に呼びかけた。
「大丈夫…」彼女は弱々しく答えた。
彼らは互いを支え合いながら、再び立ち上がろうとした。しかし、部屋は既に炎に包まれ始めていた。
「出口が見えない」サラは煙の中を見つめた。
絶望的な状況の中、ユーリはヴォルコフの装置をもう一度取り出した。それはまだ青く光っていた。
「最後の力を使おう」彼は提案した。
彼らは再び手を繋ぎ、装置を通して残りの力を集中させた。かつての瞬間移動能力の名残りを呼び覚まそうとした。
最初は何も起こらなかったが、やがて彼らの周りに薄い青い光の層が形成され始めた。
「集中して」ユーリは言った。「安全な場所を思い浮かべて」
彼らは外の集合場所をイメージした。光は強くなり、彼らを包み込んだ。
一瞬の閃光と共に、彼らの姿は消えた。そして次の瞬間、彼らは施設の外、特殊部隊が待機していた場所に現れた。
「成功した!」サラは驚きの表情で言った。
彼らの出現に、アレクセイと部隊員たちは驚愕した。
「どうやって…?」アレクセイは言葉を失った。
説明する暇はなかった。施設からは大きな爆発音が聞こえ、建物の一部が崩壊し始めた。
「全員、安全な距離まで下がれ!」アレクセイは命じた。
彼らは急いで後退し、施設が次々と爆発するのを見守った。彼らの任務は成功した。次元の門は破壊され、研究データも失われた。
安全な距離から、彼らは燃え盛る施設を見つめていた。
「他のチームは?」サラは心配した。
「全員無事だ」アレクセイは通信機を確認して答えた。「他の施設でも同様の作戦が成功している」
ユーリとサラは安堵のため息をついた。彼らの長い戦いは、ついに終わりに近づいていた。
「どうやって瞬間移動したんだ?」アレクセイは尋ねた。「あなたたちの能力は失われたはずでは?」
ユーリは手の中のヴォルコフの装置を見た。それはもう光っておらず、ひびが入っていた。一回限りの使用だったようだ。
「最後の力だよ」彼は静かに言った。「そして、ある人の償い」
彼らは黙って燃える施設を見つめた。これが本当の終わりなのか、それとも新たな始まりなのか、彼らにはまだわからなかった。しかし、少なくとも今、彼らは生き延び、勝利したのだ。
## 第13章:遺産の真相
北京での作戦から一週間後、ユーリとサラはジュネーブの国際安全保障機関本部に招かれていた。世界各地のアウローラ施設への同時攻撃は成功し、組織は事実上崩壊していた。コスタと彼の息子ヴィクトルは拘束され、残りの幹部も各国当局に引き渡されていた。
本部は湖畔に建つ現代的な建物で、外観は普通のオフィスビルのようだったが、内部は最先端の施設だった。ユーリとサラは会議室に案内され、そこにはロイとマルコ、マリア、ジョナサンが既に待っていた。
「よく来た」ロイは二人を迎えた。「全員が無事で良かった」
「他のチームも成功したと聞いた」ユーリは言った。
「ええ」ロイは頷いた。「四つの施設すべてが無力化された。アウローラの脅威は去った」
彼らは着席し、各チームの詳細な報告を交換した。どの施設でも激しい抵抗があったが、最終的にはすべての研究データが破壊され、重要人物が確保された。
「これで終わりなのか?」サラは尋ねた。
「アウローラに関しては、ほぼ終結だ」ロイは答えた。「しかし、まだ解決すべき問題がある」
彼は大きなスクリーンを起動し、様々な画像を表示した。それは世界各地の遺跡や、異常エネルギーが報告された場所の写真だった。
「石の力は私たちが知っているよりも広範囲に存在していた可能性がある」ロイは説明した。「そして、他の組織がそれを探している証拠がある」
「アウローラだけではなかったのか」マルコは顔をしかめた。
「残念ながら」ロイは続けた。「石の力への関心は広がっている。私たちはアウローラを止めたが、新たな脅威が現れる可能性がある」
「でも、私たちはもう力を持っていない」ジョナサンは指摘した。「どうやって対処すればいい?」
「それが今日、あなたたちを呼んだ理由だ」ロイは言った。「選択肢を提案したい」
彼はポケットから小さな装置を取り出した。それはヴォルコフの装置に似ていたが、より洗練されていた。
「これは増幅器の改良版だ」ロイは説明した。「ヴォルコフの設計を元に、我々の科学者が開発した。あなたたちの中に残っているわずかなエネルギーを増幅し、一部の能力を回復させることができる」
「本当に?」サラは興奮した。
「ただし、制限がある」ロイは警告した。「完全な力の回復はできない。そして、使用には一定のリスクが伴う」
「どんなリスク?」ユーリは慎重に尋ねた。
「身体的な負担だ」ロイは真剣に答えた。「増幅されたエネルギーは体に負担をかける。長期的な影響はまだ不明だ」
彼らは静かにその情報を消化した。
「もう一つの選択肢は?」マルコが尋ねた。
「普通の人生に戻ることだ」ロイは静かに言った。「あなたたちは既に十分に戦った。誰もが休息を求める権利がある」
ユーリとサラは顔を見合わせた。彼らは長い旅をしてきた。モスクワの翻訳者と南米のジャングルの女性から、世界を救う戦士へ。そして今、彼らは再び選択を迫られていた。
「考える時間をください」ユーリは言った。
「もちろん」ロイは理解を示した。「急ぐ必要はない。明日までに答えを聞かせてくれればいい」
会議の後、ユーリとサラはジュネーブの湖畔を散歩していた。夕暮れの光が湖面に反射し、美しい景色を作り出していた。
「どう思う?」ユーリは尋ねた。
「正直、迷っているわ」サラは答えた。「力を取り戻すことは魅力的だけど、同時に怖いとも感じる」
「僕も同じだよ」ユーリは同意した。「力があれば、もっと多くの人を助けられる。でも、それは終わりのない戦いになるかもしれない」
彼らは静かに歩き続けた。
「普通の人生に戻るとしたら、何をする?」サラは尋ねた。
ユーリは少し考えてから答えた。「わからない。モスクワに戻って翻訳の仕事を再開するかもしれない。あるいは、全く新しいことを始めるかも」
「私も同じよ」サラは微笑んだ。「村に戻るか、あるいは…」
「あるいは?」
「あなたと一緒に新しい場所に行くとか」彼女は提案した。「私たちはまだ互いのことを知り始めたばかりだもの」
ユーリは妹の肩に腕を回した。「どこに行くにしても、一緒だよ」
彼らは湖畔のベンチに座り、夕日を見つめた。これまでの旅で、彼らは多くのことを学び、多くの苦難を乗り越えてきた。そして最も重要なのは、彼らが互いを見つけたことだった。
翌朝、彼らは答えを持ってロイのオフィスを訪れた。
「決心がついたようだね」ロイは彼らを見て言った。
「はい」ユーリは頷いた。「私たちは普通の人生に戻ることを選びました」
「そうか」ロイは少し驚いたように見えた。「理由を聞いてもいいかな?」
「私たちは十分に戦ってきた」サラが答えた。「そして、私たちがなくても、あなたたちは世界を守れる」
「それに」ユーリが続けた。「私たちは失った力よりも、得たものの方が多いと気づいたんです。家族、友人、そして新しい視点」
ロイは理解を示すように頷いた。「立派な決断だ。あなたたちは休息に値する」
「他のみんなは?」サラは尋ねた。
「マルコとマリアも同じ選択をした」ロイは答えた。「ジョナサンだけが増幅器を使うことを選んだ。彼は我々の組織で働くことになる」
「彼に会ってお別れを言いたい」ユーリは言った。
「もちろん」ロイは立ち上がった。「そして、あなたたちの将来について話し合いたいことがある」
彼らはロイに続いて別の部屋に移動した。そこにはマルコ、マリア、そしてジョナサンが待っていた。
「最後の集まりだね」マルコは微笑んだ。
彼らはしばらく言葉を交わし、互いの決断を尊重した。ジョナサンは既に増幅器を使用しており、彼の目には以前とは異なる光があった。
「別れではない」ジョナサンは言った。「また会えるさ」
「必ず」サラは約束した。
感傷的な別れの後、ロイは彼らを別室に案内した。そこには大きなテーブルがあり、様々な書類が広げられていた。
「あなたたちの将来のための提案がある」ロイは言った。「ミハイルとイザベラの遺産についてだ」
「遺産?」ユーリは驚いた。
「あなたたちの親は科学者としてだけでなく、慎重な計画者でもあった」ロイは説明した。「彼らは子どもたちのために財産を確保していた」
彼は書類を示した。それは世界各地の銀行口座、不動産、そして知的財産権に関する資料だった。
「これら全てが…私たちのもの?」サラは信じられない様子で尋ねた。
「そうだ」ロイは頷いた。「彼らはあなたたちが再会した時のために、これらを用意していた」
ユーリは書類を調べた。それは驚くほどの資産だった。彼らは経済的な心配をすることなく、好きな場所で好きな生活を選ぶことができた。
「そして、これも」ロイは古い封筒を取り出した。「ミハイルとイザベラからの最後の手紙だ」
彼は封筒を二人に手渡した。それは少し黄ばんでいたが、丁寧に保管されていた。
ユーリが封を開け、中の手紙を取り出した。それはロシア語とポルトガル語で書かれていた。彼とサラは一緒に読み始めた。
「愛する子どもたち、ユーリとサラへ
もしこの手紙を読んでいるなら、あなたたちは再会し、そして私たちが恐れていた危機を乗り越えたということです。
私たちが別々の場所であなたたちを育てたのは、あなたたちを守るためでした。それが正しい決断だったかどうか、今でも確信はありません。しかし、あなたたちが互いを見つけ、共に成長してくれたことを願っています。
私たちの研究は危険なものでした。石の力は素晴らしい可能性を秘めていましたが、同時に大きな脅威にもなり得るものでした。私たちはその力を保護し、同時に研究することを選びました。
あなたたちへの遺産は単なる物質的なものではありません。それは知識であり、責任であり、そして選択する自由です。あなたたちがどのような道を選ぼうとも、それはあなたたち自身のものです。
私たちがあなたたちに伝えたかったのは、真の力は石やエネルギーではなく、愛と繋がりの中にあるということです。あなたたちが互いを見つけ、支え合うことができれば、それが最大の成功です。
どこにいても、何をしていても、私たちの愛はあなたたちと共にあります。
永遠の愛を込めて、
ミハイルとイザベラより」
手紙を読み終えると、二人の目には涙が浮かんでいた。これは彼らの親からの最後のメッセージ、そして彼らの旅の最終的な意味だった。
「彼らは私たちのためにすべてを計画していたのね」サラは感動して言った。
「最後まで私たちを導いていた」ユーリは頷いた。
ロイは彼らにプライバシーを与えるために部屋を出た。二人は静かに手紙を何度も読み返し、その言葉を心に刻んだ。
その日の午後、彼らはジュネーブの湖畔で再び話し合った。
「これからどうする?」ユーリは尋ねた。
「世界中どこへでも行ける」サラは微笑んだ。「選択肢は無限大ね」
「僕には一つアイデアがある」ユーリは言った。「父と母の研究を継続するのはどうだろう?」
「石の力の研究?」
「いや、彼らの公式な研究」ユーリは説明した。「父は物理学者で、母は人類学者だった。彼らは文化と科学の架け橋を築こうとしていた」
「それは素晴らしいアイデアね」サラは興奮した。「私たちも同じことができる」
「新しい研究所を設立するんだ」ユーリは提案した。「国境を越えた協力を促進する場所を」
「イワノフ・モンテス研究所」サラは名前を口にした。「父と母の名前を冠して」
彼らはアイデアを膨らませ、ビジョンを共有した。それは新たな目的、新たな使命だった。彼らは超能力を持つ戦士ではなくなったが、世界に貢献する新しい方法を見つけたのだ。
数週間後、彼らはスイスの小さな町に最初の拠点を設立した。山々に囲まれた美しい場所で、彼らは新しい人生を始めた。研究所は小さく始まったが、世界中の科学者や学者が彼らのビジョンに共鳴し、徐々に成長していった。
ユーリとサラは定期的にマルコとマリアと連絡を取り、時にはジョナサンからも知らせを受けた。彼らの絆は、超自然的な力なしでも強く残っていた。
ある夕方、研究所のテラスでコーヒーを飲みながら、ユーリはサラに尋ねた。
「後悔はない?力を手放したことを」
サラは山々を見つめ、ゆっくりと答えた。
「いいえ、後悔はないわ。私たちは特別な旅をした。そして今、新しい旅が始まっている」
「父と母の遺産を継ぐ旅ね」ユーリは微笑んだ。
「そう」サラは頷いた。「彼らが私たちに残したのは、石の力ではなく、知識と愛だったの」
彼らは静かに夕日を見つめた。彼らの前には未知の未来が広がっていたが、今や彼らは恐れることなく、それを受け入れる準備ができていた。
地球の裏側から始まった旅は、彼らを予想外の場所へと導いた。しかし最も重要なのは、それが彼らを互いのもとへと導いたことだった。それこそが、ミハイルとイザベラが最も望んでいたことだったのだろう。
## 第14章:決戦
スイスの山間にあるイワノフ・モンテス研究所は、設立から3年が経ち、国際的な評価を得るようになっていた。文化交流と科学研究の拠点として、世界中から研究者や学生が集まっていた。
ユーリとサラはこの新しい使命に充実感を覚えていた。彼らは石の力や超能力なしでも、世界に貢献する方法を見つけたのだ。
ある冬の朝、ユーリはオフィスで書類作業をしていた。窓の外では雪が静かに降り、アルプスの山々が白銀の装いに包まれていた。
電話が鳴り、彼は受話器を取った。
「ユーリ・イワノフです」
「ユーリ、久しぶりだな」
その声を聞いて、ユーリは椅子から飛び上がった。
「ロイ?」
「ああ」ロイ・ブラックウェルの声がした。「話があるんだ。今日、そちらに行ってもいいか?」
「もちろん」ユーリは答えた。「何かあったのか?」
「直接話した方がいい」ロイの声は緊張していた。「午後には到着する」
電話を切ると、ユーリはすぐにサラのオフィスに向かった。彼女は若い研究者たちとミーティングをしていた。
「少し話があるんだ」ユーリはドアから合図した。
サラは会議を中断し、廊下に出てきた。
「どうしたの?」
「ロイからの連絡だ」ユーリは小声で言った。「今日、ここに来るという」
「ロイが?」サラは驚いた。「何があったのかしら」
「詳しくは言わなかったが、緊急事態のようだ」
彼らは研究所の準備を始め、ロイの到着を待った。午後3時頃、黒い車が研究所の前に停まり、ロイが降りてきた。彼は以前よりも年老いて見えたが、目には同じ鋭さがあった。
「ようこそ」ユーリは彼を迎えた。
「素晴らしい場所だ」ロイは研究所を見回した。「あなたたちは大きな成功を収めているようだね」
彼らはユーリのオフィスに移動し、コーヒーを飲みながら近況を交換した。しかし、ロイの表情には緊張感が残っていた。
「何があったんだ?」ユーリは率直に尋ねた。
ロイは深く息を吐き、重大なニュースを告げた。
「コスタが脱走した」
部屋に沈黙が降りた。
「いつ?」サラが尋ねた。
「一週間前」ロイは答えた。「彼は高度に警備された施設から逃げ出した。そして、彼の息子ヴィクトルも助け出した」
「どうやって?」ユーリは信じられない思いで尋ねた。
「内部協力者がいたようだ」ロイは説明した。「アウローラの残党が、彼らを解放するために何年も計画していたんだ」
「彼らは今どこに?」
「それが問題だ」ロイは眉をひそめた。「私たちは彼らの行方を追っているが、彼らは巧みに姿を隠している。しかし、一つ確かなことがある」
「何だ?」
「彼らはあなたたちを狙っている」ロイは真剣な表情で言った。「私たちの情報筋によれば、彼らはあなたたちに復讐するつもりだ」
ユーリとサラは顔を見合わせた。彼らの平和な日常が、再び脅かされようとしていた。
「私たちには能力がない」サラは言った。「私たちは普通の人間だ」
「それでも彼らはあなたたちを危険だと見なしている」ロイは説明した。「あなたたちは彼らの計画を何度も阻止した。そして、彼らの組織を崩壊させた」
「どうすればいい?」ユーリは尋ねた。
「私たちはあなたたちを保護する用意がある」ロイは言った。「安全な場所に移動するか、あるいは…」
「あるいは?」
ロイはポケットから小さな装置を取り出した。それは以前提案した増幅器の改良版だった。
「これを使うか」
ユーリとサラは黙って装置を見つめた。3年前、彼らは普通の人生を選んだ。しかし今、その選択を再考する必要があるのだろうか?
「時間をください」サラは言った。
「もちろん」ロイは理解を示した。「だが、長くは待てない。コスタたちは既に動いている可能性がある」
彼らはロイに研究所の客室を用意し、二人だけで話し合うために屋上のテラスに向かった。
夕暮れの空が山々を赤く染め、研究所の周囲は静寂に包まれていた。
「どう思う?」ユーリは尋ねた。
「難しい選択ね」サラは答えた。「私たちはここで新しい人生を築いた。たくさんの人々が私たちに依存している」
「でも、コスタが来れば、彼らも危険にさらされる」ユーリは心配した。
彼らは長い間黙って考えていた。
「私たちには責任がある」サラはやがて言った。「この研究所を、そしてここにいる人々を守る責任が」
「増幅器を使うべきだろうか?」
「それが最良の選択かもしれない」サラは静かに答えた。「少なくとも、この危機が過ぎるまでは」
彼らは決断を下し、ロイのもとに戻った。
「私たちは増幅器を使うことにした」ユーリは告げた。
ロイは頷いた。「賢明な判断だ」
彼は二つの増幅器を彼らに渡した。それは小さな銀色の円盤で、中心に青い結晶が埋め込まれていた。
「使い方は?」サラは尋ねた。
「体に近づけるだけでいい」ロイは説明した。「胸ポケットや、首から下げるのが最適だ」
彼らは装置を受け取り、慎重に観察した。
「効果はすぐに現れるのか?」ユーリは尋ねた。
「数時間かかる」ロイは答えた。「あなたたちの体内に残っているわずかなエネルギーが、徐々に増幅される」
彼らは装置を身につけ、次の行動計画について話し合った。
「研究所を一時的に閉鎖すべきだ」ロイは提案した。「スタッフと学生たちを避難させる」
「同意する」ユーリは頷いた。「彼らを危険にさらすわけにはいかない」
彼らは緊急会議を招集し、研究所のスタッフに状況を説明した。彼らには完全な真実は明かさず、「安全上の懸念」という理由で、一週間の一時閉鎖を発表した。
スタッフと学生たちは混乱したが、ユーリとサラの判断を信頼していた。翌朝までに、研究所はほぼ空になった。残ったのはユーリ、サラ、ロイ、そして国際安全保障機関から派遣された少数の警備員だけだった。
その夜、ユーリは自分の体に変化を感じ始めた。温かさが体内を流れ、感覚が鋭くなっていくのを感じた。サラも同様の経験をしていた。
「戻ってきている」サラは自分の手を見つめながら言った。「力が」
彼らの能力は以前のような強大なものではなかったが、確かに増幅されていた。テレパシーでの意思疎通、物体の軽い移動、そして周囲のエネルギーを感じる能力。これらは彼らの防衛に役立つはずだった。
「準備は整った」ロイは言った。「あとは待つだけだ」
彼らは研究所の防衛体制を強化し、監視カメラを設置した。そして、コスタの到来を待った。
二日が過ぎ、何も起こらなかった。彼らは緊張の中で待ち続けた。増幅器の効果は安定し、彼らの能力は少しずつ強くなっていった。
三日目の夜、警報が鳴り響いた。
「侵入者だ」ロイは監視モニターを確認した。「南側の塀を越えてきた」
彼らは急いで状況室に集まった。モニターには複数の人影が研究所の敷地内を移動している様子が映っていた。
「少なくとも10人」ユーリは数えた。「重武装しているようだ」
「警備員に通知した」ロイは通信機を手に取った。「彼らは迎撃態勢に入る」
「私たちも行くべきだ」サラは言った。
「危険すぎる」ロイは反対した。
「私たちには能力がある」ユーリは決意を示した。「そして、これは私たちの研究所だ」
ロイは渋々同意し、彼らは防弾ベストと通信機を装備した。
「常に連絡を取り合うんだ」ロイは念を押した。
彼らは分かれて行動することにした。ロイは警備員と共に正面から対応し、ユーリとサラは裏側から侵入者を挟み撃ちにする計画だった。
研究所の廊下は暗く、緊急灯だけが薄暗い光を投げかけていた。ユーリとサラは増幅された感覚を使って、静かに移動した。
「左側に二人」サラはテレパシーで伝えた。「右の廊下にも一人」
彼らは慎重に進み、侵入者たちの位置を把握した。彼らはプロフェッショナルな動きをしており、明らかに訓練された兵士だった。
突然、銃声が響いた。正面での交戦が始まったようだった。
「ロイ、大丈夫か?」ユーリは通信機で呼びかけた。
「何とか持ちこたえている」ロイの声が返ってきた。「彼らは主要な研究室に向かっているようだ」
「わかった。そちらに向かう」
ユーリとサラは主要研究室への近道を取った。彼らは増幅された能力を使って、監視カメラの映像を直接マインドにイメージすることができた。
主要研究室に近づくと、彼らは三人の武装した男が扉を開けようとしているのを見た。
「止めるぞ」ユーリは妹に合図した。
彼らは集中し、共同でエネルギー波を放った。それは以前のような強力なものではなかったが、三人の男たちを不意打ちするには十分だった。男たちは倒れ、武器を取り落とした。
「成功した!」サラは驚いた。
彼らは急いで前進し、気絶した男たちを拘束した。研究室の扉は無傷だった。
「何を探していたんだろう?」ユーリは不思議に思った。
「私たちの研究データかもしれない」サラは推測した。
彼らが状況を確認している間に、別の場所から爆発音が聞こえた。
「何だ?」ユーリは驚いた。
「地下実験室だ!」サラは恐怖に駆られた。「彼らはそこを狙っている」
彼らは急いで地下へと向かった。階段を降りながら、彼らは新たな存在を感じ取った。それは普通の侵入者とは異なるエネルギーだった。
「コスタだ」ユーリは確信した。
地下実験室の前に到着すると、彼らは恐るべき光景に出会った。扉は爆破され、中からは異常な光が漏れ出していた。
慎重に中に入ると、彼らはコスタとヴィクトルが大きな装置の前に立っているのを見た。それは明らかに彼らが持ち込んだもので、複雑な機械が青白い光を放っていた。
「ようこそ、イワノフ兄妹」コスタは振り返った。「私たちの再会を祝うべきだな」
「何をしている?」ユーリは警戒した。
「見ればわかるだろう」コスタは装置を指さした。「次元の門だ。前回は失敗したが、今回は成功する」
「なぜここで?」サラは尋ねた。
「皮肉だと思わないか?」コスタは笑った。「あなたたちの研究所で、私の最大の成功を収めるのは」
彼はヴィクトルに合図し、装置の操作を続けるよう命じた。
「そして、あなたたちの存在が鍵になる」コスタは続けた。「あなたたちの中に残るエネルギーが、門を安定させるんだ」
ユーリとサラは装置を注意深く観察した。それは中国の施設で見たものよりも洗練されており、既に稼働していた。中央には渦巻くエネルギーの塊があり、それは徐々に大きくなっていた。
「止めろ、コスタ」ユーリは命じた。「お前は何を解き放とうとしているのかわかっていない」
「逆だ」コスタは反論した。「私こそが唯一理解している者だ。この門の向こうには、無限の可能性がある。新たなエネルギー源、新たな知識、そして…新たな力」
「そして、制御できなくなったらどうする?」サラは問いただした。
「すべては計算済みだ」コスタは自信満々に答えた。
彼らの会話中も、門は成長し続けていた。それは今や直径2メートルほどの渦となり、強い引力を生み出し始めていた。
「やめろ!」ユーリは叫び、能力を使ってコスタに向かってエネルギー波を放った。
コスタは簡単に手をかざし、エネルギー波を弾き返した。彼もまた何らかの増幅装置を使っているようだった。
「あなたたちの能力は弱まっている」コスタは嘲笑した。「私の方が強い」
戦いが始まった。ユーリとサラは共同で攻撃を仕掛け、コスタとヴィクトルはそれを防御した。部屋内のエネルギーは激しく乱れ、装置や機器が飛び散った。
「門を破壊しなければ」サラはユーリに伝えた。
彼らは戦術を変え、コスタではなく装置を狙い始めた。しかし、コスタはその意図を見抜き、装置の前に立ちはだかった。
「許さん!」彼は怒鳴った。
その時、上階からの銃声と叫び声が聞こえた。ロイと警備員たちが残りの侵入者と交戦しているようだった。
門はさらに大きくなり、部屋内のすべてのものを引き寄せ始めた。書類や小さな器具が渦に吸い込まれていった。
「制御不能になっている!」ヴィクトルは恐怖に駆られて叫んだ。「父さん、止めなければ!」
「黙れ!」コスタは息子を睨みつけた。「もう少しで完成する」
ユーリとサラは互いを見つめ、無言の了解を交わした。彼らは手を取り合い、残りの力をすべて一点に集中させた。
「今だ!」
彼らは同時に強力なエネルギー波を放った。それはコスタの防御を突き破り、装置に直撃した。爆発的な閃光と共に、装置の一部が破壊された。
しかし、門は既に形成されており、完全には消えなかった。それどころか、より不安定になり、吸引力が増した。
「何をした!」コスタは激怒した。「すべてを台無しにした!」
「門を閉じろ!」ユーリは叫んだ。「このままでは全員が吸い込まれる!」
コスタは門を見つめ、その危険性を理解した。しかし、彼はまだ諦めていなかった。
「これが最後のチャンスだ」彼はヴィクトルに言った。「私たちは門の向こうへ行く」
「父さん、危険すぎる!」ヴィクトルは反対した。
「選択肢はない!」コスタは息子の腕を掴んだ。「ここに残れば終わりだ」
彼らが門に近づくと、吸引力は彼らを容易に飲み込んだ。コスタとヴィクトルの姿は青白い光の中に消えていった。
「彼らは…」サラは言葉を失った。
しかし、問題はまだ解決していなかった。門は閉じる様子がなく、むしろ拡大し続けていた。
「どうすれば?」ユーリは焦った。
その時、ロイが実験室に駆け込んできた。
「何が起きている?」彼は門を見て叫んだ。
「次元の門だ」サラは説明した。「コスタは向こう側に行った。でも、門が閉じない!」
ロイは残った装置を調べた。
「エネルギー源を断てば閉じるはずだ」彼は言った。「だが、外部からは難しい」
「どういう意味だ?」ユーリは尋ねた。
「誰かが中に入り、内側からエネルギー流を逆転させる必要がある」ロイは重い口調で言った。
沈黙が降りた。それは自殺任務に等しかった。
「私が行く」ユーリは決意を固めた。
「いいえ!」サラは叫んだ。「私が行くわ」
「二人とも行くべきではない」ロイは言った。「しかし…他に方法がないなら、一人が行くしかない」
彼らは絶望的な状況に立たされていた。門は拡大を続け、建物全体が震え始めていた。
「一つだけ方法がある」ロイは言った。「あなたたち二人で同時に、外から門にエネルギーを送る。私が中に入り、内側からの作業を行う」
「危険すぎる」ユーリは反対した。
「私には経験がある」ロイは決意を示した。「そして…これは私の責任でもある」
彼らは時間がないことを理解していた。ロイの計画が唯一の希望だった。
「わかった」ユーリは重い心で同意した。「何をすればいい?」
ロイは手短に指示を与えた。ユーリとサラは門の両側に立ち、残りの力を集中させる。ロイが門に入り、内側からエネルギー流を逆転させる。タイミングが重要だった。
「準備はいいか?」ロイは二人を見た。
「ええ」サラは涙を浮かべながら頷いた。
「行くぞ」ロイは深呼吸した。「3…2…1…今だ!」
ユーリとサラは手を伸ばし、最後の力を振り絞った。青白いエネルギーが彼らの手から放たれ、門の周囲を包み込んだ。
同時に、ロイは門に飛び込んだ。彼の姿は瞬時に消え、青白い光の中に吸い込まれた。
数秒間、何も変化はなかった。しかし、やがて門のエネルギーパターンが変わり始めた。渦の回転方向が逆転し、吸引力が弱まり始めた。
「うまくいっている!」サラは叫んだ。
彼らは力を維持し、門を安定させ続けた。門は徐々に縮小し、エネルギーは減衰していった。
最後の閃光と共に、門は完全に消滅した。部屋には静寂が戻った。
「ロイ…」ユーリは茫然と言った。
彼らは彼が戻ってくることを期待して待ったが、何も起こらなかった。門は閉じ、ロイの姿はなかった。
「彼は…犠牲になったのね」サラは声を震わせた。
彼らは黙祷した。ロイは彼らの命を救うために、自らを犠牲にしたのだ。
実験室の残骸の中で、彼らは疲れ果てて床に座り込んだ。彼らの能力はほぼ使い果たされ、増幅器も限界に達していた。
「終わったのか…」ユーリは虚ろな目で周囲を見回した。
「コスタは?」サラは尋ねた。
「門の向こう側に行った」ユーリは答えた。「どこに行ったのかはわからない」
彼らはしばらく沈黙していたが、やがて上階から足音が聞こえてきた。国際安全保障機関の増援部隊が到着したようだった。
「生きている者はいるか?」声が響いた。
「ここだ!」ユーリは叫んだ。
部隊員たちが駆け下りてきて、彼らを発見した。
「大丈夫か?」隊長が尋ねた。
「ええ」サラは弱々しく答えた。「でも、ロイは…彼は私たちを救うために…」
隊長は理解を示し、黙って頭を下げた。
彼らは実験室から連れ出され、医療チームによる診察を受けた。物理的な怪我は軽いものだったが、精神的な疲労は大きかった。
数時間後、彼らは研究所の応接室で休息していた。外は夜明けが近づいており、東の空が明るくなり始めていた。
「これで本当に終わったのかな」サラは窓の外を見ながら言った。
「コスタがどこかにいる限り、完全には終わらないだろう」ユーリは正直に答えた。「しかし、彼が戻ってくる可能性は低い」
「そして、私たちの能力は?」
彼らは自分たちの体を観察した。増幅器は限界を超え、もはや機能していなかった。彼らの中のエネルギーも、ほぼ使い果たされていた。
「再び普通の人間に戻ったようだ」ユーリは微笑んだ。「それも悪くない」
「ええ」サラも同意した。「私たちにはまだやるべきことがあるわ」
彼らは研究所の再建と、失われた研究データの復元について話し合った。危機は去ったが、彼らの使命は続いていた。
「ロイの犠牲を無駄にはしない」ユーリは決意を述べた。
「彼は英雄だった」サラは悲しそうに言った。「そして、私たちの友人」
太陽が地平線から昇り、新しい一日の始まりを告げていた。彼らの前には困難な再建の道のりがあったが、彼らはそれに立ち向かう準備ができていた。
今回の戦いは終わった。コスタは去り、門は閉じられた。しかし、彼らはこれが最後の危機ではないことを知っていた。彼らは常に警戒し、準備を怠らないだろう。
それが彼らの責任であり、遺産だった。
## 第15章:新たな旅立ち
次元の門の事件から半年が経ち、イワノフ・モンテス研究所は徐々に元の姿を取り戻していた。建物の修復は完了し、研究活動も再開されていた。しかし、失われたものもあった。ロイの犠牲は、ユーリとサラの心に深い影を落としていた。
春の穏やかな日、彼らは研究所の庭に新しく設置された記念碑の前に立っていた。それはロイ・ブラックウェルを称える小さなモニュメントで、「友人、保護者、そして英雄に」という言葉が刻まれていた。
「彼がいなければ、今の私たちはなかったわ」サラは静かに言った。
「そして、この研究所も」ユーリは付け加えた。
彼らは黙祷を捧げ、その後、オフィスに戻った。テーブルの上には国際安全保障機関からの報告書が置かれていた。
「コスタについての新しい情報はない」ユーリは報告書を見ながら言った。「彼は本当に消えてしまったようだ」
「門の向こう側に行ったのよ」サラは言った。「どこであれ、彼はもうここにはいない」
彼らは安堵していたが、完全には安心できなかった。コスタの脅威は去ったかもしれないが、石の力の秘密を知る者はまだ存在していた。
「研究所の新たな方向性について話し合おう」ユーリは話題を変えた。
彼らは次のプロジェクトについて議論した。研究所は文化交流と科学研究の拠点として成功していたが、彼らはより大きな目的を感じていた。
「私たちの経験を活かすべきだわ」サラは提案した。「石の力について直接教えることはできないけど、文化と科学の融合、そして異なる知識体系の尊重について教えることはできる」
「そして、世界中の古代の知恵を保存するプロジェクトも」ユーリは興奮して言った。「消えゆく言語や伝統を記録し、次世代に伝える」
彼らは新しいビジョンに心を躍らせた。彼らの旅は石の力と超能力から始まったが、今や異なる形で世界に貢献しようとしていた。
数日後、マルコとマリアが研究所を訪れた。彼らは南米での生活に戻っていたが、定期的に連絡を取り合っていた。
「久しぶり」マルコはユーリを抱擁した。
「元気そうだね」ユーリは笑顔で言った。
彼らは研究所のテラスで昼食を共にし、近況を交換した。マルコとマリアは南米の先住民文化保存プロジェクトに取り組んでおり、その経験を共有した。
「ジョナサンからの連絡はある?」サラは尋ねた。
「時々ね」マリアは答えた。「彼は今でも国際安全保障機関で働いているわ。彼の能力は役に立っているみたい」
彼らは門の事件とロイの犠牲についても話し合った。マルコとマリアは悲しみを共有し、彼を称えた。
「彼は私たち全員を救った」マルコは静かに言った。「彼の犠牲を無駄にはしない」
昼食後、ユーリはマルコを研究所の新しい展示室に案内した。そこには世界各地の文化的遺産や古代の知恵に関する展示があった。
「これは素晴らしい」マルコは感嘆した。「あなたたちは本当に新しい道を見つけたんだね」
「石の力がなくても、私たちにはまだ貢献できることがある」ユーリは微笑んだ。
一方、サラはマリアと庭を散歩していた。
「あなたたちの能力は?」マリアは慎重に尋ねた。「完全に失われた?」
サラは少し考えてから答えた。「ほぼね。時々、微かな閃きのようなものを感じることがあるわ。特にユーリが近くにいるとき。でも、もはや『能力』と呼べるものではない」
「それでも、あなたたちは変わった」マリアは言った。「経験があなたたちを形作った」
「その通りよ」サラは同意した。「私たちはもう同じではない。そして、それでいいの」
夕方、彼らは研究所の屋上で集まり、アルプスの山々が夕日に染まる美しい景色を眺めていた。
「次のプロジェクトについて話したいことがあるんだ」ユーリは言った。
彼は世界中の消えゆく言語と伝統文化を記録するグローバルプロジェクトの計画を説明した。それは大規模で野心的なものだったが、彼らの経験と知識を活かせるものだった。
「素晴らしいアイデアね」マリアは目を輝かせた。
「南米のチームとしても協力したい」マルコは申し出た。
彼らは深夜まで計画について話し合い、新たな協力の基盤を築いた。かつて彼らは石の力によって結びつけられていたが、今は共通の目的と友情によって繋がっていた。
翌朝、ユーリは早く目覚め、研究所の庭を散歩していた。朝露が草に輝き、鳥のさえずりが静けさを破っていた。
彼は過去数年を振り返った。モスクワの翻訳者から始まり、超能力を持つ戦士となり、そして今は国際研究所の所長になっていた。旅は予想外の方向に進んだが、彼は今の人生に満足していた。
サラが彼に近づいてきた。彼女もまた早起きだった。
「考え事?」彼女は兄に尋ねた。
「ちょっとね」ユーリは微笑んだ。「私たちの旅について」
「長い道のりだったわね」サラは同意した。
「でも、まだ終わっていない」ユーリは言った。「私たちの前には新しい冒険が待っている」
彼らは朝日が山々を照らす様子を見つめながら、静かに立っていた。
「時々、あの力が恋しくなることはある?」サラは突然尋ねた。
ユーリは少し考えてから答えた。「時々はね。特に、瞬間移動できれば便利だなと思うとき」彼は笑った。「でも、それは私たちの人生の一章に過ぎなかった。今の章も同じく重要だ」
「同感よ」サラは頷いた。「そして、今の章には新しい種類の冒険がある」
彼らが庭を歩いていると、研究所のスタッフの一人が急いで近づいてきた。
「所長、お客様です」彼は言った。「会議室でお待ちです」
「誰だ?」ユーリは尋ねた。
「名前は言いませんでした。ただ、古い知り合いだと」
ユーリとサラは不思議に思いながら、会議室に向かった。ドアを開けると、そこには見知らぬ男性が立っていた。50代半ばで、威厳のある姿勢をしていた。
「ユーリ・イワノフとサラ・モンテスか?」男性は静かな声で尋ねた。
「はい」ユーリは警戒しながら答えた。「あなたは?」
「私の名前はニコライ・カザリン」男性は自己紹介した。「ロイ・ブラックウェルの後任だ」
彼らは驚いて顔を見合わせた。
「国際安全保障機関から?」サラは確認した。
「そうだ」カザリンは頷いた。「ロイの死後、私が彼の任務を引き継いだ」
彼らはカザリンを応接室に案内し、コーヒーを提供した。
「何の用件で?」ユーリは率直に尋ねた。
「二つの理由がある」カザリンは言った。「まず、ロイからのメッセージを届けに来た」
「ロイから?」サラは息を呑んだ。「でも、彼は…」
「彼は次元の門に入る前に、メッセージを残していた」カザリンは説明した。「彼は危険な任務だと知っていた。そして、もし彼が戻らなければ、私に届けるよう頼んでいた」
彼はポケットから封筒を取り出し、テーブルに置いた。
「もう一つの理由は?」ユーリは封筒を見つめながら尋ねた。
「警告だ」カザリンは真剣な表情になった。「我々の情報によれば、新たな組織が石の力に関心を持ち始めている」
「アウローラの残党?」
「いや、全く新しい組織だ」カザリンは説明した。「『アセンション』と呼ばれる集団で、科学者、実業家、そして一部の政治家で構成されている。彼らは『人類の進化の加速』を目指していると主張している」
「そして、石の力をその手段として?」サラは理解した。
「その通りだ」カザリンは頷いた。「彼らはまだ初期段階だが、資金力があり、情報網も広い。そして、あなたたちの存在も知っている」
「私たちにはもう力がない」ユーリは言った。「彼らに価値はないはずだ」
「彼らはあなたたちの知識に興味がある」カザリンは説明した。「そして、あなたたちが経験したことに」
彼らは新たな脅威について話し合った。カザリンは詳細な情報を提供し、警戒を怠らないよう忠告した。
「我々は状況を監視している」彼は保証した。「そして、必要ならば保護を提供する。ロイがあなたたちを大切に思っていたように、我々も同様だ」
会話が終わると、カザリンは立ち上がり、別れの挨拶をした。
「ロイのメッセージを読んでください」彼は最後に言った。「彼はあなたたちを誇りに思っていた」
カザリンが去った後、ユーリとサラはロイの封筒を開けた。中には手書きの手紙があった。
「親愛なるユーリとサラへ
もしこの手紙を読んでいるなら、私は次元の門の任務から戻らなかったということだ。悲しまないでほしい。私は自分の選択に後悔はない。
あなたたちとの出会いは、私の人生で最も価値あるものの一つだった。あなたたちの勇気、決意、そして何より成長する能力に、私は常に感銘を受けてきた。
石の力があろうとなかろうと、あなたたちは特別だ。それはあなたたちの内側から来るものであり、どんな超能力よりも貴重なものだ。
私の最後の願いは、あなたたちが自分たちの道を歩み続けることだ。研究所を通じて、あなたたちは世界に大きな影響を与えることができる。知識の架け橋となり、異なる視点を結びつけることで。
そして、警戒を怠らないでほしい。世界には常に、力を求め、それを悪用しようとする者がいる。あなたたちの経験は、そうした脅威に対抗する貴重な資源だ。
最後に、私はあなたたちを誇りに思っている。ミハイルとイザベラも、同じ気持ちだっただろう。
さようなら、そして幸運を。
常にあなたたちの友人として、
ロイ・ブラックウェル」
手紙を読み終えると、二人の目には涙が浮かんでいた。
「彼は最後まで私たちのことを考えていたのね」サラは感動して言った。
「そして、彼は正しい」ユーリは決意を新たにした。「私たちの仕事はまだ終わっていない」
彼らはロイの言葉を胸に刻み、新たな挑戦に向けて準備を始めた。アセンションという新しい脅威が現れていたが、彼らはもう一人ではなかった。彼らには知識、経験、そして何より、互いがいた。
数日後、マルコとマリアは南米に戻る準備をしていた。彼らは空港への道中、新たなプロジェクトについて話し合った。
「私たちは定期的に連絡を取り合おう」ユーリは言った。「そして、アセンションについての情報も共有しよう」
「もちろん」マルコは同意した。「私たちはチームだ。距離が離れていても」
空港での別れ際、サラはマリアを抱擁した。
「また会おうね」彼女は言った。
「必ず」マリアは微笑んだ。「そして次回は、もっと平和な状況で」
彼らが去った後、ユーリとサラは研究所に戻る途中、車の中で静かに話し合った。
「新しい章が始まるね」ユーリは言った。
「ええ」サラは窓の外の景色を見ながら答えた。「でも、私たちは準備ができている」
彼らの前には未知の挑戦が待っていた。アセンションという新たな脅威、世界中の消えゆく知恵を保存するプロジェクト、そして研究所の拡大。しかし、彼らはもはや恐れてはいなかった。
彼らの旅は、地球の裏側から始まった。モスクワの翻訳者とジャングルの研究者が出会い、石の力の謎を解き明かし、世界を救う戦いに身を投じた。そして今、彼らは新たな旅に踏み出そうとしていた。
研究所に戻ると、夕暮れの太陽が建物を黄金色に照らしていた。ユーリとサラは入り口の前で立ち止まり、建物の正面に掲げられた看板を見上げた。
「イワノフ・モンテス国際研究所」
それは彼らの遺産であり、彼らの未来だった。
「さあ、始めよう」ユーリは言った。
「新しい冒険を」サラは微笑んで答えた。
彼らは肩を並べて研究所に入っていった。彼らの物語は続いていた。それは超能力や古代の石についての物語ではなく、家族、絆、そして人類の知恵の探求についての物語だった。
それこそが、地球の裏側から届いた、最も価値のある贈り物だったのかもしれない。
【完】