8話 力が支配する世界(1)
所持スキル
パッシブスキル 『無限転生』『視力向上』『聴力向上』『運向上』
アクションスキル なし
意識が戻った瞬間、俺は発狂したように叫んで首筋に両手を当てる。繋がっている上に一切の痛みはなかった。
「……よかった」
「どこがだ?」
丸椅子に座る女神が煙草の煙を口から吐きながら言った。
明らかに機嫌が悪い。糸目は刃物の鋭さを秘めていた。態度で示すように右膝を引き上げ、一気に踏み下ろす。その音の大きさに驚いて急いで立ち上がった。
「お前のがんばるは嘘か」
「そ、そんなつもりは毛頭ありません! いきなりの魔王戦で、そのぉ、ほとんどなにもできませんでしたが」
「ほとんどだと? 今更、取り繕っても意味はないぞ」
咥えた煙草の先端が赤々と燃えた。根元まで灰になると溜めていた煙を前方に吐き出した。
浴びせられた煙を俺は甘んじて受けた。軽く咳き込むと言葉を続けた。
「新たに得た『運向上』のスキルで魔王の一撃を避けました。二撃目は無理でしたが」
「数秒の延命など、誤差の範疇だ。なんの意味がある?」
「……言葉も、ありません」
握り締めた拳と同じように語尾が震える。
女神の指摘は間違っていない。この怒りはたぶん、不甲斐ない自分に向けられたものだと思い込むことにした。
「ガチャを回します」
勧められる前に自らガチャを回した。出てきた紫色のカプセルを割り、中身の紙片に目を落とす。
「……お願いします」
女神に全てを委ねると僅かに眉が上がった。心なしか表情が和らいだように見える。
「このスキルは当たりだ」
「そうですか? 戦闘では期待できそうにない『容姿向上』ですよ?」
「好かれる要素が多くて困ることはない」
女神は紙片を握って光球に変えると親指で弾いた。俺は身体に取り込んで覚悟の深呼吸を始める。
「今回は落下系ではない」
「本当ですか!?」
「見ればわかる」
少し離れたところに巨大な穴が開いた。小走りで向かって際に立つと眩暈のような感覚に襲われた。
どれだけ目を凝らしても底が見えない。薄っすらと光る螺旋階段を下りて行けばわかるのだろうか。
「女神様、ありがとうございます。今度こそ、成果を挙げて帰ってきます」
「お前には大いに期待している。私の女神ポイントの為にがんばるのだぞ」
「わかりました。全力で取り組みます。それでは、いってきます」
足を踏み外さないように慎重に歩を進める。特に滑る要素はないので快調に下りていった。
その足が遅くなる。立ち止まって上を見ると出だしがはっきりしない。かなり下まできたという自負があっても未だに底が見えない。
自分なりのストレッチで気分転換を図る。疲労でふやけた意識は頬を挟んだ平手打ちで引き締めた。
わざと腕を大きく振って階段を下りていく。その過程で膝が笑い始めた。異世界に着く前に行き倒れになりそうだ。
「もう、無理……」
跳ぶ力も残っていない。傾ぐ身体に任せて穴を眺める。やはり底は見えなかった。
――女神ポイントってなんだ?
そんなことをぼんやり思いながら頭から落ちていった。
女性達の熱狂的な大歓声で叩き起こされた。軽く頭を振って瞬きを繰り返す。
俺は黒々とした檻の中にいた。木の板を利用した手枷と足枷がされていて待遇は最悪と言える。
視線を下げた先には円形の砂地があり、二人の人物が向き合っていた。遠目で見ても脚や腕の太さがわかる。胸板は厚くて首まで太い。威嚇するような横顔はどちらも獰猛で少しの愛嬌を含んでいた。
――二人とも女性!?
内心の驚きを余所に後ろから怒号のような声が飛んできた。
「決勝戦だ! 力の出し惜しみをせず、力で相手を捻じ伏せろ! 始めえええい!」
身を竦めて振り返ると大柄な女性が大股で座っていた。剥き出しの腕は筋肉でうねり、歴戦の傷痕が気性の荒さを物語る。
視線が合うと、美味そうだ、とそれらしい反応で舌なめずりをした。性的な意味と信じたいのだが、ちらりと覗いた犬歯は鋭い牙にしか見えない。
周囲の歓声で聞こえない風を装って前へ向き直る。全てを忘れるように二人の戦いに集中した。
注目の二人は掌を合わせた状態で掴み、額を合わせていた。小学生の頃にテレビで観たプロレスを思い出す。拮抗した力勝負の展開を予想したが呆気なく崩れた。
赤髪の女性が踏み込んだ。上から圧倒する有利な体勢となった。押し返そうとしても抗えず、相手は苦悶の表情で沈んでゆく。
瞬間、赤髪の腹部に足を伸ばし、浮かせて後方へ投げた。観客はどよめき、同時に足を激しく鳴らす。
「甘いんだよ!」
叫んだ赤髪は両脚で着地。その勢いを乗せて倍の速さで投げ返す。手を握られて受け身が取れない相手は腹這いの姿で叩き付けられた。
一瞬で大量の砂が舞い上がって二人を覆い隠す。興奮した観客が、ぶっ殺せ、と物騒な声援を次々と送った。
数秒で砂の効果が薄まった。赤髪は立った状態で相手の首に太い腕を回していた。暴れる両手を物ともせずに締め上げると両脚が浮いた。
抵抗の余地はなく両手足がだらりと垂れ下がった。赤髪は瞬時に力を弱めると相手は砂地に突っ伏した。勝ち名乗りを上げるように右拳を固め、勢いよく真上に突き上げた。
「勝者はナザクだ! お前ら、讃えろ!」
後方の大声で観客は一斉に沸いた。
「アンタは凄いぜ!」
「連覇、おめでとう!」
「賞品と一夜を愉しめ!」
最後の一言は痛烈で頭の芯まで響いた。ノックアウト寸前の状態でノロノロと目をやる。横手の袋から金貨が零れていた。同じような物がそこかしこで見られる。
――その中にいる俺も賞品?
改めて赤髪に目をやる。両拳を突き上げて伸し歩く。
「お前ら、わかったか! これが力だ!」
大きな口で叫ぶ。見える白い歯、全てが鋭い牙に見えた。