64話 戻ってきた
所持スキル
パッシブスキル 『無限転生』『視力向上』『聴力向上』『運向上』
『容姿向上』『短剣特効(速)』『水中歩行』『暗闇無効』
『投擲(必中)』『レア世界』『頭脳向上』『視界向上』『掏摸向上』
アクションスキル 『空中跳躍』『物体透過』『技能破壊』『技能詳細』
頬に当たる感触は湿っぽくて柔らかい。どこか懐かしい気分にさせた。
目を開けると薄暗い。暗闇無効のスキルが機能していないようだ。
ゆっくりと上体を起こして胡坐を掻いた。狭い部屋には物が溢れていた。脱ぎ捨てた服やコンビニ弁当の空箱が目に付く。表紙がひしゃげた雑誌には見覚えがあった。
「ウソだろ?」
思わず声が漏れた。そこは生前、俺が住んでいたアパートの一室だった。
立ち上がって閉め切った厚手のカーテンを開け放つ。窓を塞ぐようにブロック塀が聳える。狭い庭には名も知らない雑草だけが生えていた。
庇から僅かに覗く空はほんのりと明るい。夜明け前の状態に思えた。
俺は転倒して死んだよな? もしかして今まで長い夢を見ていた!?
パーカーのまま俺は部屋を飛び出した。敷地内の青空駐車場には他の住人の車が停めてあった。バイト帰りに目にした過去と重なる。
早い時間帯もあって周辺に人の姿は見当たらない。情報を得たい時に限って誰もいないという歯がゆさに身悶える。
そこで思い出した。左隣の住人は朝が早い。俺がスマホの目覚ましで起きる頃には扉を開けて出ていくのが常態化していた。
それとなく扉に近付き、耳を澄ます。何の音も聞こえない。辛抱強く粘っても状況は変わらなかった。
引っ越した可能性が頭を過り、表札を目にした。
『城森カレン』
あり得ない名前が書かれていた。時間的に非常識と思いつつチャイムを押した。
たったの一回で足音が聞こえる。扉の前で止まると、留守でーす、とあからさまな嘘を吐いた。
「女神様、冗談はやめてください」
「そんな名前の人は知りませーん」
「……おっぱいブルンブルン女神のカレンちゃん」
「うちは痴女ちゃうわ!」
勢いよく扉が開いた。白いロングTシャツはギリギリで股間を隠し、素足を堂々と晒していた。
「まあ、こんな乗りもたまにはいいよね。あがって」
「えっと、お邪魔します?」
「どうぞ、どうぞ」
明るい笑顔と手振りで奥を促す。作りは俺の部屋と同じようなのでスニーカーを脱ぐと真っすぐに向かった。
部屋に入ると中央に丸いガラス製の座卓があった。平皿のオムレツにはケチャップで『たっせいガチャ、おめでとう』と書かれていた。寄り添うように置かれたティーカップの中身はコンソメスープだろうか。焦がしたベーコンがクルトンの役割を果たしているようだった。
「よく頑張ったね。このオムレツはうちの手作りだよ」
「ありがとうございます。それとこの世界は?」
「びっくりしたでしょ。うちもだよ。女神ガチャが二回よ、いっぺんで二回! その結果が『世界創造』と『滞在延長』なんだよね」
にこにこ顔の女神は手でVサインを作る。
一応、納得はした。言葉のままなので理解が早い。そこでもう一方について訊いてみた。
「あのぉ、滞在延長の意味を教えてくれませんか?」
「これ、望君には必要ないと思って話してなかったんだけど、実はこの世界にいられる時間には制限があったんだよ。前は一時間ね。今回のガチャで期間が延びて、一週間になりましたー」
「この世界に一週間……」
「そうだよ。だから、これからは少し感じが変わるかもね。現実世界で生活しながら旅行気分で異世界転生みたいな」
女神はやたらと明るい。俺の成功を喜び、手料理まで用意してくれた。言い過ぎかもしれないが彼女のような親しさを覚える。
それだけに避けているようにも思えた。ひとまず座ると俺は神妙な顔で話を切り出した。
「今回、達成ガチャで得た『技能破壊』をどう思いますか」
「えっと、それは凄いと思うよ。スキルを破壊できる訳だし。それよりも食べて感想を聞かせてよ」
女神は俺の横に座ると、はい、と言ってスプーンを手渡した。その笑顔が少し不自然で口元辺りが強張って見えた。
「……いただきます」
「美味しく召し上がれ」
笑顔を崩さない。俺はスプーンで先の部分を掬い、口に入れた。バターの風味が利いたケチャップライスに微かなバジルの味を感じる。具はタマネギとグリンピース、それともちもちした食感の鶏肉が入っていた。
「味のバランスが良くて、とても美味しいです。べちゃっとした感じもなくて私の好きな味です」
「……なんか、嬉しいかも。口直しにスープも飲んでね」
「わかりました」
それ以降、俺は何も考えず、食べることに集中した。女神は終始、にこやかな顔でこちらを見ていた。
食が進み、オムライスは残り一口となった。
その時、頭に考えが過る。
異世界で無限転生のスキルを技能破壊で壊せば、俺は二度とここに戻って来れなくなる。
最後の一口と一緒に俺はその考えを呑み込んだ。




