62話 勇者パーティーの奮闘(6)
所持スキル
パッシブスキル 『無限転生』『視力向上』『聴力向上』『運向上』
『容姿向上』『短剣特効(速)』『水中歩行』『暗闇無効』
『投擲(必中)』『レア世界』『頭脳向上』『視界向上』
アクションスキル 『空中跳躍』『物体透過』
走っている最中、怒りが悲しみを上回る。俺は握っていた宝玉を大地に叩き付けた。転がるそれを逆手持ちの短剣で何度も突き刺す。
「こんなもんのせいで!」
突然の刺突に宝玉は慌てふためく。怒りの全てを注いで息が上がるまで続けた。
最後は体内の余熱を静かに吐き出し、再び手の中に収めた。回すようにして表面を指の腹で摩る。とても滑らかで髪の毛、一本ほどの傷も付いていなかった。
無駄な時間を過ごした。宝玉を握り直すと王都の方向へ走り出す。
身体を燃やすような怒りは消失した。代わりに冷ややかな眼差しを得た。
あんな奴等を助ける意味があるのか。
人間は身勝手で横暴。劣勢になると保身に走り、どこまでも卑屈になれる。
俺も同じ人間だ。勇者の役割を放棄して身を隠してもいい。自害してこの世界から逃げ出してもいい。
頭に過っても足は止めなかった。勇者達は理不尽な死を受け入れた。人類を救う為に俺へ宝玉を託した。その熱い想いを行動で語った。
俺は人類を救うんじゃない。無念の中で散った勇者達の希望を叶えたいだけだ。
その一心で俺は走った。
絶望を目にした。異形の者達が進路を塞ぐように横一列に並んでいた。その背後に王都はなかった。山はクレーターとなって膨大な量の白煙を上げていた。
俺は足を止めた。宝玉を持ち帰る場所はすでに失われていた。
獅子の顔をした偉丈夫が大きな一歩を踏み出す。
「お前は以前、見た記憶がある。他の勇者はどうした?」
「……人間に殺された」
それとわかる陰湿な嗤い声が小波のように広がる。
俺は黙って獅子顔を睨み付けた。
「我等から奪い取った宝玉を返すのだ」
「……持っていないと言ったら、どうする?」
後方にいた老婆のような人物が手を叩いて笑った。
「お前さん、宝玉の魔力に全身を包まれておるぞ。綺麗な火柱のようじゃ。それに気付かんとは……どれどれ」
人差し指と親指で輪を作り、俺の方に向けて片目で覗き込む。
瞬間、奇声を上げた。
「ヒャァー、魔力なしじゃ。無能勇者が、ここにおるぞ。ひゃー、ひゃひゃ」
「見苦しい。黙れ」
獅子顔は瞬時に腰を捻った。突風が起こると老婆の頭部が消し飛んだ。
右の拳を打ち出した? 物理的な攻撃なのか。
はっきりとは見えなかった。老婆の左右にいた者も僅かに遅れて反応した。
「邪魔が入った。宝玉を速やかに返還しろ」
「俺に勝てば返す」
「ムダじゃ。なンの、足掻キか、知らんが無ダなのじゃ」
老婆の頭部が驚異的な早さで再生する。喋り終わると髪まで生えて元の姿に戻った。勇者から話を聞いた通り、不死のようだ。
「余興の一環で、お前を試してやろう」
「アッシがやってやりますよ。誰かさんの魔法で消し炭ってのは味気ないでしょ」
背中が曲がった小柄な人物は滑るように近づく。両手は鋭利な鎌で、よく見ると足が地面から僅かに浮いていた。
獅子顔は横目で同胞に言った。
「勝負の方法はどうするつもりだ」
「アッシの一閃を躱せたら、ソイツの勝ちってのはどうでしょう」
「この条件でどうだ?」
獅子顔は俺に目を戻す。
「俺にとってはかなり有利な条件だが、それでいいのなら受けてやる」
後方にいた全員が口々に言った。
「始まった瞬間、真っ二つだ」
「一瞬で首が飛ぶね」
「死んだことに気付かないかもな」
「そりゃ、そうだろ。魔王軍、屈指の速さだ」
獅子顔よりも速ければ攻撃は全く見えないだろう。そこで俺から最後の提案をした。
適当に見つけた石を左手で拾う。
「この石を上に投げて落ちた時に始めたい」
「アッシはそれでいいんで」
「その方法を認める。両者、向き合って構えろ。我が石を投げる」
獅子顔は受け取った石を手首の力だけで上へ投げた。視力向上のスキルがなければ見失っていただろう。
老婆は先程と同じように指で輪を作ってこちらを窺う。何を見られても構わない。
俺は落ちてくる石に意識を集中させる。そして先に仕掛けた。
二秒後、石が大地に落ちた。
目の前にいた小柄な人物が消えた。
「アッシの、不可避の一閃が……」
右側から声が聞こえた。見ると小柄ながらも膨らみ、こめかみに浮き出したミミズが脈動している。明確な殺意を垂れ流し、またしても一瞬で消えた。
物体透過のスキルは連続では使えない。試してわかったのだが、有効時間と同じで五秒くらいのタイムラグが発生する。
俺は自分の命を諦めた。その危機を救ったのは獅子顔だった。
「約束を反故にする行為は見逃せない」
「ま、待ってくれ。アッシにはこの結果が」
俺の首筋、数センチで鎌は止まっていた。獅子顔は刃の部分を握っている。力む素振りを見せずに壊し、怯む相手に見えない拳を打ち込んだ。
半身が吹き飛ばされて宙を舞う。ボロ雑巾のような状態で大地に叩き付けられた。
「さすがは勇者。少し侮っていた。次は魔王筆頭の我が相手になろう」
「お、お待ちくだされ!」
老婆は列から抜け出した。足腰が弱いのか。よろよろした姿で獅子顔の元へ向かう。
「全員で取り押さえて宝玉を奪い取った方がええ。こ奴は得体が知れん。ワシの魔法でも見抜けぬ力を有しておる」
「否定はしない。この力は女神から授かったものだ」
「女神だと!?」
獅子顔の声が僅かに上ずる。魔王軍、全体がざわつき始めた。
「我等を追い詰めた、あの悪鬼のような女神の手先なのか」
「そうだ」
言いながら心の中で否定した。取り敢えず、話に乗っかった。
「この力は魔法ではない。神の加護だ。この右手の拳は全てを破壊する。もちろん不死の法も通用しない。当たれば俺の勝ちだ」
「魔王筆頭に殺し合いを望むと」
「その通りだ」
「よかろう。武人として受けて立つ!」
その覇気を見て止める者はいなかった。老婆は作り笑いで後ずさる。
魔王筆頭との戦いが始まる。他は巻き込まれることを恐れて距離を取った。
最初の思惑通り、一騎打ちに持ち込めた。大体の段取りも決まっていて頭の中でシミュレーションを繰り返す。
獅子顔は肉厚な胸を反らして俺を見下ろす。
「我に全てを見せてから果てるがいい」
「その前に右拳に当たるなよ?」
俺は左手の指の間に三本の短剣を挟む。意図して一方の口角を上げて左へ跳んだ。背後に回ろうとしたが目で追われた。
先手を打てない。走りながら俺は左手で数個の石を拾い上げ、標的とは別のところへ放った。
魔王軍から蔑む囁きが重なって聞こえた。獅子顔は表情を崩さず、俺を視界に収める。投げた石は宙で急激に角度を変えた。
死角から目を直撃。その目論見がはずれた。当たる直前で石は砂になった。突き上げるような拳を想像した。
限界が近い。仕掛けるしかないな。
飲まず食わずが影響して体力が底を突きそうだ。俺は最大限の速度で突っ込む。
もちろん物体透過のスキルを使った。五秒を頭の中で数える。
獅子顔は見えない拳を繰り出しているのだろう。全てが空振りに終わる。
その中、俺は跳んだ。空中跳躍で更に空へ舞い上がる。
落下に転じた直後、右拳を突き出す。獅子顔の咆哮に震え、右拳は見えない一撃で吹き飛ばされた。
時間にして十秒。右手に握っていた宝玉も跡形なく消し飛んだ。




