6話 初めて尽くし(3)
所持スキル
パッシブスキル 『無限転生』『視力向上』
アクションスキル なし
ふわふわのベッド兼ソファに座った俺は木製の器を左手に持ち、木のスプーンで掬って食べる。すぐ横には膝立ちで見守る浅黒い肌の女性がいた。目鼻立ちが整った凛々しい顔付きで心なしか口元を緩めていた。
「食べ終わりました」
「よく頑張った」
「ただ、食べてるだけなので」
「とても大事なことだ」
力強い視線を受けて、はい、と小さな声を返した。
正直に言えば物足りない。薄味もあるが量が全く足りていなかった。
食べると喜ばれるようだ。料理の要望を聞き届けてくれるかもしれない。
「……図々しいお願いとは思うのですが、できればお肉を食べたいのですが」
「それは本心か!? 食べる条件なんだな! どんな肉が好みだ!」
女性は目を剥き、俺の両肩を掴んで前後に揺さぶる。食い込む指で少し腕が痺れた。
「あ、あの、落ち着いて」
「痛かったか? すまない」
パッと手を離した女性は項垂れた姿になった。
「だ、大丈夫ですから。えっと、お肉ですが、煮るよりも焼いた物が好きです。焼き加減としては中が少し赤くて肉汁が染み出す感じで」
「わかった。それでいいんだな。すぐ用意するから待っていろ。味付けはどうする」
「お塩とあとは……胡椒ってあります?」
無知を晒さないように言葉を選び、相手に不快感を与えないように最高の笑顔を作る。
「塩はある。コショウはピリピリする黒い粉か?」
「たぶん、それです。それらでお肉に味を付けてください」
「わかった、任せろ」
空の器を片手に持った女性は勢いよく立ち上がる。布に隠された胸が上下に激しく揺れた。
すたすたと歩き、切れ込みの入った丸太の壁を片手で押し込む。素早く出ると即座に元へ戻した。
足音が完全に消え去るのを待って寝床を離れた。唯一の出入口と向き合う。
丸太の壁に右の掌を当てた。上体を斜めにして押しても全く動かない。両手で試したが足が滑るだけでなんの成果も挙げられなかった。
大人しく寝床に戻って俯せになった。全身に柔らかさを感じ、そのまま瞼を閉じた。
香ばしい匂いで目が覚めた。
「これが肉だ! 腹いっぱい食うがいい」
威勢のいい声に引っ張られて上体を起こす。胡坐を掻くと目の前にどんと置かれた。
女性は笑顔でこちらを見る。
「あ、ありがとうございます」
「希望を全て叶えた」
「そう、ですね。いただきます」
平たい皿は木製でトレイくらいの大きさがあった。その中央に焦げ目が付いた肉が載っていた。端には用途のわからない鍵爪が置かれ、それとなくカトラリーを匂わせる。
女性は膝立ちの姿勢で目を輝かせた。とてもではないが拒める状況ではない。
まずは鍵爪を握る。ちらりと横目をやると女性が前のめりになった。最初の選択は間違っていなかったようだ。笑顔で急かしてくるので肉に意識を集中させた。
形状は巨大な爬虫類の足に見える。指の部分にはあまり肉が付いていないようだった。
上から切断面を見ると骨の周りにたっぷりと肉が付いていた。持っていた鍵爪の尖端を骨の外側に当てる。女性の様子を見ると笑顔のままだった。
思い切って下へ動かす。滑らかに切れた。少し間隔を空けて同じように切り下ろす。最後は爪の尖端を肉の上部に引っ掛けて引き剥がした。
切り身は横倒しにして中程に鍵爪を刺し、持ち上げて一方を齧る。
一噛みで肉汁が口の中に溢れた。程よい塩加減のおかげで甘味を感じる。適度な歯応えが好ましく、食感まで味わった。
咀嚼が止まらない。飲み下して息を吐くと香ばしい匂いに包まれた。舌に刺激が薄く残り、濃厚な味を和らげた。尽きない食欲を引っ張り出して再び齧り付く。
女性は側で満足そうに笑っている。俺の食べ方で味の感想は不要になった。
その日を境にして俺は肉を貪り食った。美味さは全ての困難を乗り越える力を与えてくれた。
以前は嫌っていた三日月の器が大活躍した。食べては出すを繰り返す。処理する者は忙しない足音で往復を強いられた。
身体にも影響を与えた。二の腕が太くなった。水平に上げると下の肉が垂れた。掌を当てて上下に動かすと温かい水風船で遊んでいるような気分になった。
一番の変化は腹だろう。恐竜の卵を内部に宿したような太鼓腹となった。その上にささやかな胸があって鏡餅を想像させる。
足もムチムチで胡坐ができない。蟹股の状態で座って、食べ終わるとそのまま後ろに倒れて眠った。
今日も食べ終えると早々に惰眠を貪る。
何時からなのか。背中に硬い物が当たって微かな痛みを感じる。そこに暗さも加わった。瞼を閉じていてもわかる。
目を開けると石の槍が視界を埋め尽くす。中学校の修学旅行の時に訪れた鍾乳洞とよく似ていた。
仰向けからゴロリと横になって四つん這いの姿となった。顔を上げると水面が見えた。左右を見ても変わり映えがしない。
俺は鍾乳洞の中にできた地底湖の浮島みたいなところにいた。その理由がわからない。よろよろと立ち上がって、その場で回ると木製のカヌーのような物を見つけた。
近くには見慣れた女性がいた。背後には大型のトカゲ、リザードマンのような者達が控えていた。
女性は両腕を広げた。誇らしく胸を張るような格好で大きく息を吸い込む音が聞こえた。
「大主に丸々と太った供物を捧げます! 今後も我らの土地を洪水からお守りください!」
その訴えで俺は全てを理解した。
転生前の、おそらく少女は飲食を拒絶していた。太れば生贄に捧げられることを知っていたのだろう。
人間の容姿に思えるので、どこかの村から攫われた子供なのかもしれない。
わかったところで絶望しかない。少しは良い思いができたが肉のお代が命とは思わなかった。
――いや、まだだ。
俺は粗末な服を脱ぎ捨てた。全裸となって水際に立つ。もちろん脚を左右に開き、視力向上のスキルを最大限に活かす。
水面は鏡となってアソコを生々しく映し出す。
「なんでだよおおお!」
太鼓腹が邪魔をして全く見えなかった。
その悲痛な叫びが死期を早めたのか。飛び出してきた巨大な大鯰のようなものに一口で呑み込まれた。