56話 理想のデート(3)
所持スキル
パッシブスキル 『無限転生』『視力向上』『聴力向上』『運向上』
『容姿向上』『短剣特効(速)』『水中歩行』『暗闇無効』
『投擲(必中)』『レア世界』『頭脳向上』『視界向上』
アクションスキル 『空中跳躍』『物体透過』
ほろ酔いで電車を降りた俺は歩くことが億劫になっていた。映画館までの距離はわからないが、目は休めそうな喫茶店を探す。残念なことに駅構内にはコンビニと書店しかなかった。
仕方なく改札を抜けると路肩に高級感を漂わせる車が停まっていた。メタリックな外観でとにかく長い。俺と女神が近づくと運転手が素早く降りて頭を下げた。
「岩倉様、お待ちしておりました。どうぞ、お乗りください」
「えっと、これは」
女神に目をやるとにこやかに言った。
「望君の送迎用の車だよ。早く乗ろうよ」
「ああ、そうなんだ」
車内に入ると部屋だった。それくらい広い。目を丸くしていると女神が微笑む。
「座席を倒すとベッドにもなるんだよ。だからってエッチなことをする時間はないんだけどぉ」
「そ、そんなことしないよ。できるとしたら、これくらいかな」
ふっくらとした胸を笑顔で揉んだ。何も言われないので両手で感触を楽しむ。
無抵抗で女神は笑っていた。一言もなく、ただ、笑っていた。
「……ごめん。悪酔いしたかも」
「そうなんだね。電車は楽しいからね。わかるよー」
明るい声に恐怖が募る。内心でびくびくしながら愛想笑いで切り抜けた。
感覚で十分くらいだろうか。目的地に到着した。今時では珍しい独立した映画館に思わず外観を眺める。
「予約してあるから、すぐに入れるよ」
腕を引っ張るようにして女神が館内に連れ込んだ。
普通の映画館のようにチケットを購入できる端末がずらりと置かれていた。フードコートのような作りも好ましい。小さな男の子が母親にポップコーンをねだる。
それらを素通りしてカウンターのようなところに座っていた女性に話し掛ける。
「こちらは特別室の予約をされた岩倉様です」
「畏まりました。支配人にお取次ぎいたします」
内線の電話を使って女性は緊張した声で用件を伝える。
それよりも特別室が気になる。単なる特等席ではないニュアンスを秘めているように感じた。
仕立ての良さそうなスーツを着た中年男性の案内で特別室へ連れて行かれた。
入った瞬間、どこが? と心の中でツッコミを入れた。
座席は五列。一列で二十人が座れる。スクリーンは壁の大きさに匹敵する巨大な薄型テレビに見えた。
壁や天井は複雑な形をしていた。説明によれば反響を利用して臨場感たっぷりの音が楽しめるらしい。
このスペースは映画館の三階にあり、一階を模倣した部屋となっていた。観客は俺と女神だけ。一階のスクリーンと連動しているのでちゃんと映画も観られるという。
横目をやるとドリンクサーバーや冷蔵庫、電子レンジまで用意されていた。もちろんそれらに料金は発生しない。前払いで五十五万円も払っていた。俺には覚えがないので、そういう設定なのだろう。
支配人の長々とした説明ですっかり酔いが醒めた。
嬉々とした女神はドリンクを片手に三列目の中心に座った。手招きされた俺も隣に落ち着く。
しばらくすると部屋が自動で暗くなり、画面にコマーシャルが流れ始めた。漫然と眺めているとようやく本編が始まった。
内容はマニアが好きそうなB級ホラーだった。墓場から蘇った死人が人々を襲い、噛み付くことで仲間を増やす。
主人公は美男美女のカップルでキャンプ中に巻き込まれた。道具として持ち込んだチェーンソーで戦う。死人の切断された腕や首がボトボト落ちて、血がドバドバ出る。作り物が丸わかりで低予算の悲しさが画面いっぱいに滲み出していた。
女神は始まって十分も経たないうちに眠りに就いた。耳を寄せると熟睡とわかる。微かにイビキを掻いていた。
俺はすることがない。支配人の長い説明のせいで眠気が飛んだ。薄目になって観ていたが眠ることはなかった。
苦行のような時間が終わった。部屋は自動で明るくなる。
女神は目を覚ました。隣にいる俺を見て、面白かったね、と堂々と口にした。
「……そうだね。まさか死人が鼻の穴にニンジンを突っ込むとは思わなかったよ」
「あったね。噴き出しそうになったよ」
この女神の反応も設定通りなのだろう。そのようなギャグは映画に挟まれていなかった。俺が思い付いたデタラメだ。
高額な利用料金ではあるが、することもないので足早に部屋を出た。専用のエレベーターを経由して早々に映画館を後にした。
驚いたことに送迎用の車が待機していた。再び女神と乗り込んで移動する。
着いた先は遊園地。広々とした駐車場には一台の車もない。
寒々しい光景を見ながら女神と一緒にゲートを通過した。
女神は嬉しそうな顔で周囲を眺め、どれに乗る? と訊いてきた。
それよりも先に俺は疑問に思ったことを口にした。
「客が一人もいないんだけど」
「貸し切りだからね」
「……もしかして俺が払った?」
「そうだよ。望君にしたらポケットマネーだよね」
明るく返された。金額は訊かない。恐ろしい桁に後悔しそうだ。
「だから、アトラクションも選び放題だよ。なんか不満でもある?」
「普段は賑やかな遊園地なのに。静か過ぎると寂しい気持ちになるよね」
「わかった。ここで少し待っていて」
女神は小さく手を振ると一方に走っていった。短いスカートが少し捲れた。レースをあしらった黒いショーツは眼福であった。
人のざわめきが周辺から聞こえる。親子連れやカップルがちらほらと目に付き、時間と共に増えてアトラクションの行列まで見られるようになった。
そこに女神が駆け足で戻ってきた。
「望君、最初はどれで遊ぶ?」
「貸し切りなんだよね。この人達はなんなの?」
「キャストの人達をお客に仕立ててみましたー」
両腕を広げた女神が白い歯を見せて笑う。
「それって追加料金が発生しない?」
「そんな心配はいらないよ。望君が払ったのは億の単位だし、それくらいの無理は聞いて貰わないとね」
途方もない金額に眩暈がする。気分もあまり良いとは言えない。全ては親の財力によるもので俺の力はどこにも含まれていなかった。
「……帰る」
「遊園地は失敗だったかな。うちも一緒に帰るよ」
女神の上機嫌は変わらない。俺と腕を組み、ゲートを抜けた。
車に乗り込むと俺は行き先を告げた。
小さな一軒家に戻ってきた。扉を開けて中に入ると奥の自室に引き籠る。
女神はベッドの縁に黙って座る。俺は背中を向けた姿で溜息を吐いた。言いたくもない愚痴が口から零れた。
「なんだよ、これ。どこが理想のデートなんだよ。俺は操り人形で、やらされてるだけじゃないか」
「そんなこと、ないよ。だってこれは望君の願望なんだよ」
「……コンビニバイトじゃ、こんな生活はできないよ。大金持ちを夢見たことはある。でも、これじゃない。もっと、愛されたいんだ。人間味のある、デートがしたかったんだよ」
女神の動く音がした。俺の正面に回り込んで横になった。
「なにを、するつもり」
口は柔らかい胸で塞がれた。女神は俺の頭を抱えた姿で優しく語り掛ける。
「気付かなくてごめんね」
その声には感情が籠もっていた。俺は胸の谷間を利用して喋る。
「俺が悪いんだよ。はっきりしないから。だけどさ、今が一番、デートをしている気分になれる」
「そう、それなら良かった」
それにしても柔らかい。温かみを感じる。
もしかしてブラジャーを着けていない!?
確かめたいが直接、手で確かめることはできない。言葉でお願いすると拳が飛んできそうだ。
そこで俺は自然な流れに便乗して顔を押し付けた。顔面に感覚を集中させて頻りに頭を振った。
「急になぁに? 甘えたくなっちゃった、締め殺し、のかな。ホント、甘えん坊さんだなぁ」
女神の力が強まる。鼻と口が胸に塞がれて息ができない。
おまけに頭が軋む。鈍痛が起こり、首が嫌な音を立てた。
死の抱擁で意識が薄れ、何かが潰れたような音を聞いた。




