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5話 初めて尽くし(2)

所持スキル


パッシブスキル  『無限転生』『視力向上』

アクションスキル なし

 横並びの丸太で作られた天井をぼんやり眺める。照明器具はなかった。取り敢えず、仰向けの姿で目を動かす。

 見える範囲に浅黒い肌の女性はいなかった。それどころか、部屋を彩る調度品の類いも見つからない。


 ――俺のいた世界と比べて文明レベルが低いのだろうか。


 自分を取り巻く環境が気になる程度には回復したようだ。スープを三回、口にした効果としてはかなりのものだ。薬膳料理のような特別な一品なのかもしれない。体力的にはどうだろう。

 試しに自力で上体を起こそうとした。力むと身体が震える。身を捩りながら手で支え、どうにか座ることに成功した。


 ――山小屋みたいだな。


 壁にも丸太が使われていた。よく見ると樹皮を力任せに剥いたような荒々しい傷が目立つ。手間を惜しむように(いびつ)な形のまま組まれ、至るところから光が零れる。時計がなくても昼夜の判断はできそうだ。

 床に当たる部分には干し草のような物が敷き詰められていた。素足に優しい素材は有難い。

 部屋は生前に住んでいたワンルームよりも広い。たぶん、物が無いのでそう思うのだろう。

 顔を一方に向ける。壁の丸太を()り貫いたような縦長の穴があった。横から見ているので、その先がわからない。味気ない部屋に残された唯一の謎なのでやたらと気になる。

 両脚を伸ばしたまま小刻みに回る。ふわふわした物の上にいるのでバランスを取るのが意外と難しい。横に傾いだ身体を手で支え、力任せに押し返すと反動で胸が揺れた。

「はぁ~ん」

 鼻から抜けるような甘い声が聞こえた。周囲に視線を飛ばし、やや遅れて自分の声と知った。

 胸元を見るとごわごわした布地に控え目な膨らみが見て取れた。一気に妄想は膨らむが股間は沈黙に徹した。


 ――性別が変わった?


 着ていた物も独特で左右が開いている。一目で構造を理解した。長方形の布の真ん中に開けられた穴から頭部を出している。布は勝手に前後に垂れて服のような物を作り上げていた。

 幸いなことに部屋には誰もいない。淫らな考えを引き留めるかのように耳が音を拾う。

 砂利を踏むような足音が複数で聞こえる。一方向にとどまらない。部屋を中心にして回っているようだ。

 単独行動の足音が混ざる。直進するような速さで近付いて足を止めた。間を空けず、引きずるような音が二回。最後に乾いた木を打ち付けるような音で離れていった。

 壁を刳り貫いた先が音の発生元なので目が離せない。極力、動かないようにして耳を澄ませた。

 何事もない時間が過ぎてゆく。悪鬼の侵入を許し、非力な自分が暴行される最悪の未来は回避された。

 周囲を巡っていた足音も遠ざかる。聴力向上のスキルがあっても聞き取り辛い。


 ――俺はか弱い存在として守られているのだろうか。


 布地越しの胸の膨らみに目をやる。欲望を満たす最大の好機ではあるが行動に起こせない。情けない自分を突き付けられて()えてしまった。

 代わりに別の目標が生まれた。何をするにも体力が必要。

 その第一歩として足を床に下す。曲がった膝で踏ん張り、上体を前に持っていく。力を緩めず、膝を伸ばして立ち上がった。そのままの姿勢を保つ。

 自信を深めたところで小さな一歩を踏み出した。身体は安定していた。突発的な痛みに襲われることなく一歩を続ける。

 刳り貫かれた穴を間近で見る。あと半歩で先が見通せるはず。音の出所でもあるので軽く息を整えた。

 足音を立てないように()り足で(のぞ)み、怖々と覗き込んだ。

 狭い空間に三日月のような木がポツンと置かれていた。ただの置物とは違って中が刳り貫かれているようだ。

 視線を上げると細長い木の板を見つけた。立て掛けてある訳ではなく、丸太の壁の一部がフックとなってぶら下っているようだった。

 その意図はわからない。足音を聞き逃さないようにして板を引っ張り上げると細長い穴が隠されていた。その極端な狭さから小人専用の出入口を想像した。


 ――もしかして、これって。


 被せるように新たな考えが頭に浮かび、一瞬で身体が震えた。

 手から板が離れ、乾いた音を立てた。気にする余裕はない。急いで三日月に目を落とす。疑いながらも(またが)り、膝立ちの姿勢を取った。

 前後の布を引っ張り上げて座ると安心感が得られた。縁の部分が滑らかで長時間の使用にも耐えられそうだ。

 考えたくはないがトイレのように思えた。そうだとすると用を足したあとは手前の板が開いて外から取り出し、何らかの方法で処理をすると。

 理屈はわかるが女性になったばかりの俺には難度が高すぎる。外で自由にさせて欲しいと思うのは贅沢な望みなのだろうか。

「え、ウソ!?」

 思考の時間で下半身が冷えたのか。通り魔的な尿意に襲われた。止めようとしても上手く力が入らない。

 下腹部の痛みに抗い、プルプルした俺は一瞬で脱力した。勢いの強いシャワーのような音が下から聞こえる。跳ね返った一部が尻を部分的に濡らし、流れる感覚を伝えてきた。


 ――人間の尊厳が失われる。


 出し切った俺は近くの干し草のような物を纏めて掴み、濡れた部分に押し当てた。その未知の刺激で、はぅぅん、と無様な声で腰を引き、よろよろと立ち上がった。

 部屋に戻ると扉のような存在に気付いた。丸太の壁に長方形の切れ目が入っていた。見た目の重量感に負けてふわふわのベッドのような物に前から倒れ込んだ。

 肉体と精神の疲労ですぐに眠気が訪れる。


 ――俺は大の試練に耐えられるのだろうか。


 小のハードルは高かった。転生先でこんな屈辱を受けるとは思わなかった。

 そもそもトイレ事情に苦しむ転生物ってなんなんだよ、と泣き言に等しい思いを抱きながら夢の中へ全力で逃げ込んだ。

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