46話 壊れたおもちゃ(1)
所持スキル
パッシブスキル 『無限転生』『視力向上』『聴力向上』『運向上』
『容姿向上』『短剣特効(速)』『水中歩行』『暗闇無効』
『投擲(必中)』『レア世界』『頭脳向上』
アクションスキル 『空中跳躍』
落書きされた机やビリビリに破られた教科書。生前の記憶の残骸と同じように俺は横向きで転がっていた。
横目で見る空には黒雲が立ち込めている。今の心の状態を表しているようだった。
ぼんやりとした頭で上体を起こす。後ろから露骨な足音が近づいてきてピタリと止まった。
無言の圧力に屈して振り返ると腕組みをした女神が立っていた。淡いピンクのワンピースを着て恥ずかしそうな表情で視線を斜め下に向けている。
「エッチすぎる」
その短い一言で覚醒した。と同時に思い出した。
女神ポイントが溜まってガチャを回した。その時に得られた能力で異世界の俺の様子を覗けるようになったと。
「ルミア、待ってくれ。違うんだ」
「うち、プリンちゃんなんだけど。それにあんなくすんだ色じゃないし」
「ご、ごめんなさい。戻ったばかりで混乱して。そのぉ、くすんだ色とは?」
聞き返すと女神はアヒル口になった。物言いたげに唇を動かして腕組みを解いた。
右手の人差し指を胸の膨らみに向ける。中央を示していて直感で思い付いた。
「そ、そんな大それたこと、全然、思っていません」
「うちは見せないから。お触り厳禁だし」
「ないです! そのような無礼は絶対にありません!」
「……全力の否定は、なんかムカつく」
くるりと背を向けて女神は歩き出す。向かう先に突然、小さな三角屋根の家が出現した。
女神は扉を開けて中に入った。大きな音で閉めてガチャッと施錠したような音がした。
「え、俺はどうすれば」
天岩戸と同じで扉は勝手に開かない。
説得にも応じてくれなさそうだ。今、できることは一つしかない。
俺は女神屋に向かう。パーカーのポケットからコインを取り出し、カプセルトイに入れる。ガチャを回して出てきた紫色のカプセルを割った。
中に収まった紙には『視界向上』とあった。通常よりも見える範囲が広がるのだろうか。微妙なスキルではあるが悪くないと思いたい。
その紙を摘まんだ姿で家の扉と向き合う。
「ガチャを回して新しいスキルを得ました」
開錠する音が聞こえない。何の返答も得られず、リアル廊下に立ってなさい状態に陥った。
「……プリンちゃん。お願い、出てきて」
家の中から微かな物音がした。その意味まではわからない。無反応よりはマシと思い、言葉を続けた。
「可愛い顔が見たいな。プリンちゃんの為なら俺は頑張れる。女神ポイントを異世界で、一杯、稼いでくるよ」
瞬間、目の前の空間に黒い穴が現れた。中から白い手が伸び、紙を奪って握り締める。開いた掌には光球が載っていた。穴は上に移動して頭頂を平手で叩かれた。
痛烈なスキルの取得と落下はセットのようで先行き不安な旅立ちとなった。
まず最初に思ったのは、なにこれ? で今も動揺が収まらない。のっぺりした天井を見ていた。身体が石化したように動けない。
目だけで状況を把握する必要があった。新たに得た視界向上が早々と役に立つ。
近くに薄っぺらなタンスが見えた。本棚も薄くて紙のようだ。物体が全て薄い板のように思える。
そこに突然、四角い吹き出しのようなものが下の方に現れた。描かれた文字はひしゃげて内容は読み取れなかった。
「あああ、早く起きなさい。王様がお呼びだよ」
冷淡な声で言われた。感情の起伏がないのでそのように感じるのだろう。
あと名前が気になる。『あああ』はRPGで名前を入力する時によく使った。陳腐な展開もどこか懐かしい。
もしかして古いゲームの中の世界なのか?
それだけではない。2Dのような俯瞰と考えれば物体に厚みがない理由にもなる。問題はどのようにして動くのか。その一点に掛かっている。
過去に遊んだ古いRPGを思い返す。確か手と足が動いていた。
縦は無理なので横を試すと動けた。ベッドから下りた態で落ちた。初期装備は定番の布の服なので背中が痛い。城の周囲の雑魚キャラを狩って背中が鉄板の服を早急に用意しないと。
俺は適当に手足を動かした。進む方向が定まらず、タンスに頭をぶつけた。壁に何度も体当たりをした。
取り扱い説明書はどこだ!
独り言で試したが声は出せるようだ。それに合わせて吹き出しも現れた。自分の言葉であっても文字はひしゃげて解読不能となっていた。
広がった視界で階段の位置はわかっていた。そこに辿り着く方法が困難を極めた。家の中ですでに大冒険が始まっていた。外に出た瞬間、華々しいファンファーレに包まれてエンディングを迎える。ひしひしと感じた。いや、切実な願いかもしれない。
数分の格闘でそれは妄想の類いと知った。体中の痛みで歩き方を習得した。
家から出て眺める空は水色で角ばったドットの雲が浮かんでいる。王様がどうたらと言っていたので取り敢えず城を目指す。
立ち止まっている女性のような物体を見つけた。やはり薄い紙のようで適当な言葉を掛けてみた。
「おはよう」
「ここはルルブのまちです」
「良い天気ですね」
「ここはルルブのまちです」
どのような内容でも同じ言葉が返ってきた。正統派のモブキャラであった。
他にも人はいたが無視して城に直行した。ペラペラの兵士が徘徊していたが相手にしない。少し長い階段に頭から突っ込む。
嫌がらせのように階段の角が俺の背中を削る。とにかく痛い。全体的に作りは雑だが、その部分だけはリアルと変わらない。嫌がらせのような仕様に怒りで頭が沸騰した。
三階の階段がこれまた長い。四階まであってバーサーカーになりそうだ。
腹立たしい試練を乗り越え、俺は王様と謁見を果たした。金色の王冠を被った白髭の老人がそれらしい内容を語った。
「よくきた勇者の末裔よ。今こそ、復活した魔王を打ち倒すのだ」
また魔王か。前の世界の顛末を思い出し、苦々しい気分になった。
旅の費用として10ゴールドを貰った。殺意が湧いた。
武器として杉の棒を受け取った。ヒノキよりも柔らかい材質にかなり引っ掛かる。もっと言えば装備の方法がわからない。
城を出た俺は片っ端から聞いて回った。
「武器や防具は装備しないと意味がないぞ」
ちょび髭のオヤジに指摘された。初期の街でよく言われる内容だが、今回は受け取り方が違う。ここにナイフがあれば滅多刺しにしているところだ。
その装備の仕方がわからないんだって!
手足をバタバタさせると、装備しますか、と無機質な声が訊いてきた。
俺は喜んで、はい、を選択した。そのはずが、いいえ、と無情な声が伝える。
旅立ちの地で俺は発狂寸前に追い込まれた。




