43話 死亡フラグがビンビンの世界(5)
所持スキル
パッシブスキル 『無限転生』『視力向上』『聴力向上』『運向上』
『容姿向上』『短剣特効(速)』『水中歩行』『暗闇無効』
『投擲(必中)』『レア世界』
アクションスキル 『空中跳躍』
脚力で勝る俺が先に飛び出した。
斜め前に襲われる直前の女性がいた。壁際に追い込まれ、来ないで、と涙声で叫んだ。無言でおぞましい人物が迫る。
見た目は男性で一歩ごとに外れた下顎をぶらぶらと揺らす。上顎は限界を超えて開き、中から耳の尖った黒い怪物が顔を覗かせていた。
人間に寄生して内側から乗っ取ったのか。今は人間を醜悪なパーカー代わりに着ていた。
俺は短剣を四本、左手の指に挟んで走り出す。右手は手刀の形で怪物のこめかみに突き刺した。勢いは止まらず、石の壁面に縫い付けた。痙攣が指に伝わると瞬時に引き抜く。物理無効のおかげで俺に一切の外傷はなかった。
怪物が崩れ落ちると女性がこちらを見た。
「あぁ、ぁ……ありがとうござい、ます」
安心して大粒の涙を零す。そこにルミアが駆け寄った。
俺は振り返らず、早口で伝えた。
「女性の安全の確保を頼む。広範囲の魔法は入り組んだここでは使えない。各個撃破は俺に任せろ」
「わかった。魔法を使う相手がいたらわたしも参戦するね」
「了解だ」
俺は右手を振って血を払い、瞬時に駆け出した。
土地鑑が無いので壁に当たりながら曲がり、見つけた怪物の腹部を右手で深々と突き刺した。近場にいた怪物は眉間を貫く。断末魔を上げる時間もない。鮮血を纏う疾風と化して次々と怪物を穿つ。
別の路地に妊婦を見かけた。突き出た腹が波打ち、絶叫と共に黒い怪物を生み出した。気付かれる前に細い首に人差し指を突き入れた。加速して引き摺り出し、暗がりへ投げ捨てた。
引き返して女性に駆け寄るが助けることはできず、亡骸に僅かな黙祷を捧げた。
怪物の数は予想を遥かに超える。潜伏の可能性を含めて夜通しの巡回に努めた。
全てが終わる頃には空が白み始めた。とにかく眠気が酷い。欠伸が止まらず、涙を流しながら宿に戻った。
最初に現れた女将は顔面を引き攣らせた。
「そ、その姿は!? 血だらけじゃないか。お湯で傷を洗うかい?」
「その心配は要りません。全て返り血なので。ただ、お湯を貰えますか」
「ああ、もちろんだよ。アンタは街を救ってくれた英雄だ。出し惜しみはしないさ」
白い歯を見せて笑うとカウンターの奥へ引っ込んだ。
とても待っていられない。疲労と眠気でふらつきながら俺は部屋に辿り着いた。
ベッドの縁に座っていたルミアが慌てて駆け寄る。
「ハルト、怪我した!?」
「返り血で俺は無傷だよ」
女将と同じ反応で少し笑った。
「だってぇ、心配だったんだもん」
アヒル口でささやかな不満を零す。俺は頭を撫でようとして途中で手を止めた。
「綺麗な金髪が汚れそうだ」
「別に構わないよ」
爪先立ちで自ら掌に頭を押し付けた。
その時、ドアが軋みながら開く。
女将は木桶と布切れを持ち、苦笑いを浮かべていた。
「もう少しあとが良かった?」
「大丈夫です。お湯はありがたく使わせていただきます」
「そうかい。壁は分厚いからね。前にも説明したけどさ」
ドアが閉まると俺は全裸にされた。上半身だけのつもりが、下も汚れてる、と嬉しそうなルミアの一言で脱がされてしまった。
「そこに立って待機」
言われた通り、背筋を伸ばして佇む。両手はそれとなく股間に宛がった。
ルミアは木桶の湯に布切れを浸し、適度に絞る。素早く開き、三つ折りにして背中を拭き始めた。終わると脚の周りを丁寧に拭き取る。
布切れが血で汚れると湯で洗い落とし、同じような方法で身体の隅々まで拭いた。
最後に残った股間に好奇心に満ちた目を注ぐ。
「手をどけないと拭けないよ」
「ここは、自分でする」
「ハルトは雑に終わらせそう。わたしも使うんだから綺麗にしないと」
ぎらついた目で迫る。肉食系女子を隠そうとしない。短剣は手元にないので逃げるのも難しい。
窮地に立たされた。その瞬間、意識が遠のく。咄嗟に出した右脚で踏ん張らなければ確実に転んでいた。目の奥に動悸を伴う鈍痛があった。
「……悪い。眠気が、酷くて」
「ハルト、大丈夫?」
先程の肉食獣は草食動物となって俺を横から支えた。共にベッドへ向かい、俺は横転するように寝転がった。
「今はゆっくり休んで」
足元で皺くちゃになっていた毛布を全裸の俺に被せる。乱れた髪を手で整え、最後は柔らかい唇を合わせた。
「ありが、とう……起きたら、埋め合わせ、は……す……」
粗悪なロボットのように口の付け根の可動が悪く、数秒で頭脳の回路はショートした。
俺は大きな歓声で目を覚ます。多くの人々が宿を取り囲んでいるようだった。
ルミアは先に起きていて窓辺に立つと、疲れたような笑顔を見せていた。
「何事だ?」
「早く来て」
早口で呼ばれた。替えの服がないので毛布をマント代わりに羽織り、同じように窓辺に立った。
押し寄せた多くの人々が歓喜の表情で叫んだ。
「街を救ってくれてありがとう!」
「あなた達は英雄だ! 魔王も打ち倒してくれ!」
「粗末な物だけど食べ物を持ってきました! 受け取ってください!」
感謝の声が同時に送られ、俺の耳でも聞き取れない。笑顔や嬉し涙がたくさんで俺は貰い泣きをしそうになった。
隣にいたルミアが俺を肘で小突く。
「今回の勇者はハルトだよ。皆に声を掛けてあげて」
無言で頷くと俺は両開きの窓を外側に開けた。
そして集まった人々に向けて言った。
「俺だけの力ではない。他の兵達の死力を尽くした戦いを決して忘れてはいけない」
集まった人々が口を閉じる。先の言葉を誰もが待った。
静まり返った中、俺は声を張り上げた。
「誰の命も散らせない! それが勇者ハルト、魔王を討つ者だ!」
臭い台詞と思いながら拳を空に突き上げた。
返ってきた大歓声に思わず、首を竦めた。救いを求めるように横を見るとルミアが涙を流していた。
「……感動が溢れて、興奮して……アソコ、食べたい」
いつの間にか肉食獣に戻っていた。
俺を助ける勇者はどこに?




