4話 初めて尽くし(1)
所持スキル
パッシブスキル 『無限転生』『視力向上』
アクションスキル なし
行き倒れに相応しい俯せの姿で覚醒した。飛び起きた俺はすかさず前方を見据える。
女神屋の店舗前、ふてぶてしい顔付きの女神が丸椅子にでんと座っていた。横手にはビールケースのような物が無造作に積まれ、その頂に木製のボウルが置かれていた。こんもりとした中身は飴玉や小袋で占められていて駄菓子屋の要素が濃くなった。
女神は小袋を摘まむ。包装を解いて水色の塊を口の中に放り込んだ。一噛みで砕き、二個目に手を伸ばす。同じように口の中で砕いた。
――いつから飴玉はスナック菓子になったのだろう。
ぼんやり考えていると女神から声を掛けられた。
「今回の泣き言を聞いてやる」
「……何も持っていない状況で砂漠に放り出されたら、一体、何ができるのでしょう」
「立派な干物になれる」
冗談と本気の境目がわからない。本場の女神ジョークと信じて遠慮がちに笑った。
「笑ってる場合か。このボケが!」
「……あの、ですね。転生先の人物のスキルがわかれば、もっとマシな結果になっていたと思います」
「どうやって知るつもりだ?」
女神は包装紙を破き、厚みのある板チョコを易々と噛み砕く。
「声を出して表示させる『ステータスオープン』があるじゃないですか。この手の転生物では定番ですよね」
「今のお前は『状態表示』のスキルを保有してないので無理だな」
「えええ、そんなのまでスキルなの!?」
「当たり前だ。ちなみに別個で『技能表示』もあるぞ……連絡が入った。少し黙っていろ」
掌を突き出した女神が神妙な顔で頷く。
「待たせた。さっきの話の補足をしてやる。転生先の人物のスキルはお前のスキルで上書きされるそうだ」
「そ、そんな……そういう重要なことは最初に教えてください!」
「そう怒るな。レジェンド級のスキルは滅多に出ない。当然、忘れもする。これで気が済んだならガチャを回せ」
「……失意のどん底なんですけど」
「ガチャで最高のスキルを引き当てればいいだろ。なんならまた回すか?」
座ったままカプセルトイの脚を掴む。
「もう、いいです」
所持するコインでハンドルを回し、出てきた紫色のカプセルを開けた。中身を目にした瞬間、ほんの少し心が軽くなった。
僅かな表情の変化を読み取ったのか。女神は自ら手を差し出し、上下に振って急かす。
「早く見せろ」
「これです」
「ほう、目の次は耳か。悪くない組み合わせだ」
女神の言う通り、新しく加わった『聴力向上』は『視力向上』と相性がいい。闇夜に紛れる盗賊や暗殺を生業としたアサシンに適したスキルと言える。
スキル自体は悪くない。残念なことに自動ガチャは連続でハズレを引いていた。現在も更新中で死に際の人物への転生が大いに足を引っ張った。
そんな俺の事情を全く汲み取らず、女神は串に刺したゲソを噛み千切る。一口カステラを手掴みで食い、ツヤツヤした唇で軽くゲップをした。
「今回は落とし穴で送ってやる。お前、顔が暗いぞ」
「どうせ瀕死の相手に転生するんですよね。それを考えると、そりゃ、暗くもなりますよ……」
「そんな決まりはないぞ。屈強な人物に転生もできるし、赤子として異世界に産まれる時もある」
「赤子はわかりますが、死と無縁な人物も?」
「その人物はお前に身体を奪われると死亡扱いになる。お前の世界のアレと同じで、ほら、なんと言ったか……そう、突発的な交通事故みたいなもんだ」
罰当たりにも程がある。女神は笑顔で親指を立てた。
「それでもあなたはあああぁぁ!」
落とし穴に嵌った俺は心の中で中指を突き立てた。
どこか香ばしい。干し草のような匂いがする。
背中に手のようなものが当てられた。ほんのりと温かい。身体の力を抜いていても問題なく座ることができた。
長い間、瞼を閉じていたのか。引き剥がすような感覚で目を開けた。
「少しでもいいから食べて」
浅黒い肌をした女性が横にいた。心配そうな顔で笑い、片手で持っていた器を俺に近付けた。
無骨な木製の器には白い液体が入っていた。具としては小さな赤い切り身が少々と緑の葉物が沈んでいる。一緒に収められた木製のスプーンで食べるのだろう。
俺は右手を上げようとした。上手く力が入らない。震えが止まるまで待ち、スプーンを手にした。自ら上体を倒すと女性は手伝うように器の位置を上げた。
木製のスプーンで白いスープを掬い、持ち上げるのと同時に顔を突き出して咥えた。
白い色なので乳製品を想像したが違うようだ。味はかなり薄い。病人食のようだった。
実際、腕を動かすだけで震えがくる。何かの病を患っていたとしても不思議ではない。女性の態度から手厚い看病の様子が窺えるので、すぐに命を落とすことはないように思えた。
――俺は初めて自動ガチャで当たりを引いたんだ。
喜びを爆発させたいところだが身体が万全ではなかった。下手をすると、くしゃみ一つで肋骨が折れるかもしれない。それくらい弱々しい自分を強く意識した。
時間を掛けてゆっくりとスープを胃に流し込む。じんわりとした温かさが身に染みて涙が出そうになった。
実際に目が潤んでいたのだろう。女性は優しく背中を摩ってくれた。
最後の一口は少し塩味が効いて悪くなかった。
「おやすみ」
女性の優しい声を聞いて瞼を閉じる。身体を預けると仰向けに寝かされた。
とても安らかな気分に浸り、間もなく意識を手離した。