38話 ボーナスステージ
所持スキル
パッシブスキル 『無限転生』『視力向上』『聴力向上』『運向上』
『容姿向上』『短剣特効(速)』『水中歩行』『暗闇無効』
『投擲(必中)』
アクションスキル 『空中跳躍』
万歳をしたような格好で俺は黒雲を眺めていた。またはお手上げの姿なのか。軽い溜め息で上体を起こした。
目の前に女神がいる。カンカン帽を被り、黄色いワンピースを着ていた。爽快な夏をイメージした装いで白い猫脚の椅子に座ってティーカップを傾ける。一口、飲むと俺をちらりと見て微笑んだ。
「望君、冷めないうちにどうぞ」
「あ、どうも」
思いもしない優しい言葉に素が出た。急いで立ち上がると小刻みに頭を下げながら対面の椅子に座る。
丸いテーブルには紅茶の他にレアチーズの皿もあった。白い艶やかな表面に群青色のソースが掛けられていた。ゴロゴロとした実があるのでブルーベリーなのだろう。
用意された銀色のスプーンを手に持ち、ソースと一緒に掬って口に含んだ。程よい甘味と酸味が混ざり合う。実は惜しむようにそっと噛んだ。
女神はカンカン帽のブリムを人差し指で押し上げて、どう? と首を傾げるようにして訊いてきた。
「爽やかな味が口の中に広がって、とても美味しいです」
「よかった。気に入ってくれて」
「……今回も成果はありませんでした。女神ポイントを稼げなくて、本当に情けない気分でいっぱいです」
「そうでもないよ。少しはポイントが増えたし。たぶんだけど、あのカエルがラスボスだよね」
女神はスプーンでレアチーズを掬い、一口にした。
俺は紅茶を少し飲んで視線を下げた。
「どうやれば、あの竜帝に勝てたのでしょうか」
「あのままだと、絶対、無理だね」
「そうなると打つ手がありません。ゲームでいう初見殺しに思えます」
その考えに女神は意を唱えるように立てたスプーンを左右に振った。
「ヒントはあったよ」
「本当ですか」
「望君は向こうの世界で姫様と呼ばれていたよね。どう思った?」
「言葉の通り、一国の姫と思いました」
女神は困ったような顔で笑った。
「それにしては護衛が少ないよ。軽装な上に持ち物もない。おかしいよね」
「言われてみれば、そうですね」
「あの獣人は全てを知っていた。でも、悪者ではなかった。最後は一緒に戦ってくれたんだし。だから決戦の前に共闘の約束をすればよかったんだよ」
俺に考える間を与えるように紅茶に手を伸ばす。
「……できた時間でマグルと戦術を練る、とかでしょうか」
「それだけじゃないよ。身体を鍛えたり、有効なアイテムの探索でしょ。あとスキルや魔術だって探せばあるかも」
「説得力があります。それが正解ルートだと思います」
「そうだよね」
女神の声が弾む。俺は押し寄せる後悔で全身が燃えるように熱くなった。
その後の展開は通常と変わらず、速やかにガチャを回した。新たに得たパッシブスキルは『レア世界』だった。
密かに喜ぶ俺に女神はボソッと呟いた。
「レアな世界って、高難度になりそう……」
反論の言葉が浮かばないまま身体が勝手に震えた。
穴に落ちた感覚がほとんどない。気付けば赤レンガの狭い部屋にいた。見回しても家具はなく、その上、窓もない。照明もないが明るさを感じた。
普通ではない。俺自身、見慣れたパーカーを着ているので転生した実感がまるでなかった。
金色のドアが唯一の手掛かりと言える。中央にある銀色のプレートに黒い文字で主旨が書かれていた。
『ボーナスステージです。各部屋のミスは二回まで。最後の部屋には達成ガチャがあります』
新たに得たスキルのおかげだろうか。興奮を抑えながら俺はドアを開けた。
カラフルな床が目に飛び込んできた。数えると七色。長細い部屋の床を無秩序に埋め尽くしていた。
右手の壁にプレートを見つけた。
『ろろろろをめめ』
この部屋を攻略する為のヒントに思えた。改めて床の色を眺める。
『ろ』が四つで『め』が二つ。置き換えると四ろを二めで白を踏めが答えとわかる。
俺は小さく跳んで白い床を踏んだ。表面に丸い輪が浮かび上がる。笑みが零れ、軽快に踏んでいった。
勢いに乗ったせいで踏み忘れに気付いた。位置は斜め後ろ。目測で六メートルくらいだろうか。助走なしで届く距離ではない。
俺は空中跳躍を試みた。効果を得られず、一瞬でスタート地点に戻された。踏んだ床も無効となった。
今度は一筆書きを強く意識して跳び、全ての白を踏んだ。直後に玄関チャイムのような音がした。正面にある金色のドアは難なく開いた。
次の部屋には三枚の金色のドアがあった。それぞれに銀色のプレートがあり、書かれている内容が違う。
正面は知力の部屋、右手は体力の部屋、左手は記憶力の部屋となっていた。
ここで迷いが生じる。知力が謎解きならば十分に対抗できる。学問だと自信が揺らぐ。即断は禁物と思いを巡らせた。
体力の部屋は除外していいだろう。生前の身体能力では失敗する未来しか見えて来ない。
俺は左手のドアを開けた。コンビニで全ての煙草の数字を覚えた経験が後押しとなった。
部屋に踏み込んで大きく仰け反った。二歩目は谷底となっていた。少し離れたところに横一本の床があった。その先に目をやると同じような状況が続く。
蟹歩きの状態で壁のプレートに目を向けた。
『光る道を記憶して進め』
一瞬でゲームのギミックを思い出した。蟹歩きで中央に戻ると底が見えない黒い谷に目を落とす。
音による合図はなく手前から道が光り始めた。ほぼ直線なので速足で踏破した。
横一本の床で待っていると同じように道が光る。先程よりも長くなり、遠回りするような作りで複雑になっていた。とは言え、立ち止まるような状態には陥らず、楽々で渡り切った。
こんなもんかよ。
ニヤリと笑って金色のドアを開けた。
足を踏み入れた直後、はあ!? と内心の声が漏れた。
またしても深い谷に阻まれた。そっくりな作りなのでループを疑った。高速の蟹歩きで壁のプレートを睨み付ける。
『光る道を記憶して進めパート2』
ループはしていないが腹立たしい。小馬鹿にされた気分で真ん中に立った。
前と同様に道が手前から光り始める。瞬間、目を剥いて、はあああっ!? と特大の声を上げた。
光る道は上や下に変化して右や左に折れ曲がる。3D仕様になっていた。
見たこともないギミックに頭が沸騰した。そのせいで途中の道を忘れ、見事に谷底へ落ちた。
一瞬でスタートに戻る。真っ先に深呼吸をした。先程の道の形を思い出し、二度目に挑む。順調に滑り出し、複雑なところでは立ち止まって悩み、またしても落下。
瀬戸際に追い込まれた。二回の失敗を糧に慎重に進む。
残りは僅か。決して慌てず、最後の数歩に意識を集中させた。
俺は渡り切った。嬉しさが爆発して雄叫びとなった。
すぐに頭は冷えて冷静になった。最後は長いが不安をあまり感じていない。道全体を立体の絵として覚えることがコツと理解した。
そんな余裕が一瞬で崩れた。壁に新たなプレートを見つけた。
『光る道が崩れる前に進め』
読み終えるのと同時に3Dの道が現れた。嫌な予感に駆り立てられ、俺は走り出す。
道は消えなかった。代わりに崩れ始めた。目の端で崩壊が確認できた。
走りながら上下の道に無性に腹が立つ。体力勝負に持ち込まれて、心中、穏やかではいられない。
死の音が背後に迫る。そこで思い至った。
入り組んだ3Dの道はショートカットができた。記憶していれば見なくても跳べたはず。
やっぱ、記憶力かよ。
谷底に落ちながら苦笑いを浮かべた。




