37話 祭壇への道(5)
所持スキル
パッシブスキル 『無限転生』『視力向上』『聴力向上』『運向上』
『容姿向上』『短剣特効(速)』『水中歩行』『暗闇無効』
『投擲(必中)』
アクションスキル 『空中跳躍』
思いもしない温泉のおかげで足取りが軽くなる。同じように湯に浸かったマグルは隣で足を引きずるようにして歩いていた。俺の視線に気付くと、やんわり拒絶するように目を伏せた。
その態度について俺は何も訊《き》かなかった。道なりに行けば答えに辿り着くと決め付けて足を速めた。
太い道は次第に黒ずんできた。原型をとどめていない金属片が散らばる。道を挟むように林立する柱のほとんどが半ばまで溶けていた。近づくと焦げた臭いが鼻の奥を刺激した。
マグルは目を伏せたまま黙って歩く。俺は口を真一文字に結び、使える物を目で探した。ようやく刃こぼれした短剣を三本、拾うことができた。
特に意識はしていない。マグルと目が合った。
「姫様……」
「わかっています。道は自らの力で切り開いて見せます」
その言葉は俺自身にも向けられた。萎えそうな心を励まし、強い視線で先を見据えた。
荒廃が進む道を力強く歩く。時に吹く向かい風にも怯まず、ただ愚直な一歩を繰り返した。
円形の大きな広間が終着点となった。剥き出しの地面ではなくて石が敷かれていた。表面には無数のキズが刻まれ、一部は砕けていた。骨のような物はあるが風化して石灰岩の欠片にも見えた。
俺はマグルと正面から向き合った。
「ここが目的地なのですか」
「……はい」
「何もありませんが」
口にした直後、俺は真上を睨み付ける。薄青い空に黒い穴を見つけた。それは急速に広がり、翼の生えた物体へと変わる。
瞬きをしないで眺めているとマグルが俺を抱え込んだ。
「姫様、衝撃がきます!」
数秒後、地面が揺れた。暴風を引き起こし、マグルごと縁まで押された。
治まると低いダミ声が耳に流れ込んできた。
「グ、クク。姫様だと。まあ、よい。今回の贄姫を差し出せ」
「私です」
俺はマグルを両手で押し遣る。できた隙間から抜け出し、声の主と対峙した。
想像した漆黒のドラゴンではなかった。巨大ではあるが翼を背負った黒いガマガエルに近い。全身には丸い瘤が幾つも浮き出て、かなり醜悪な姿をしていた。
表情に出たようで相手は歪な笑い声を漏らす。
「慄くのも無理はない。悠久の時を生きる竜帝ガマガの面前である、グクク」
「ガマガエルじゃねぇか」
「なんだ、それは?」
「なんでもありません」
俺は畏まって言った。
澄まし顔でガマガの左目を注視する。横長の瞳孔を断ち割るような傷があった。その部分には触れず、探りを入れることにした。
「私は途中、毒蛇に咬まれて記憶の一部を失いました。そこで改めて訊くのですが、竜帝に供物として捧げられるのでしょうか」
「その通りだ。卑しき獣人、お前は目障りだ。早々に下がるがよい」
「……姫様の最期を見届けたいと存じます」
マグルは片膝を突き、深く項垂れた。ガマガは迫り出した大きな右目を動かし、獣の嗜好か、と嘲笑うような声で言った。
俺は力を込めた声で割って入る。
「供物であっても抗います! すんなりとことが進むとは思わないでください!」
「食前の運動も悪くないか。無様な姿を晒すがよい」
ガマガは引き結んだ口の中央を突き出すように窄めた。
瞬間、痰のような物が飛んできた。短剣三本分の加速が間に合わず、足先に当たってしまった。
「右足が、動かない!?」
「もう終わりか」
ガマガは前脚を高々と上げた。俺を目掛けて振り下ろす。
「姫様ァァ!」
叫ぶ声の近くに着地。靴代わりの布を犠牲にして抜け出した。
その機会を活かし、小声で話し掛けた。
「マグル、私と共闘しませんか?」
「無理です。近隣住民が滅ぼされてしまいます」
「この場で巨悪を絶てばいいのです。贄姫など、ただの引き延ばしに過ぎません」
「そ、それでも皆の命を危険に晒す訳には……」
快諾には程遠い。そこで俺は実力を示す方向に切り替えた。
「竜帝を気取る不届き者に相応の罰を!」
「ほざくな、小娘風情が!」
四つ足で一気に距離を縮める。俺は高速で左側から回り込もうとした。ガマガはその場にとどまり、逆に回った。黒い尻尾が鞭のように襲い掛かる。
そこだけはドラゴンと似ていた。俺は跳躍して躱す。即座に右目に姿を捉えられ、慌てて相手の身体に飛び移る。突き出た瘤が良い足場となった。
ガマガは翼を広げた。暴風を予測して飛び降りる。巨体に潜む形で遣り過ごし、来た道の方へ駆け出した。
「逃がすと思うのか!」
俺は走りながら後ろへ目を遣り、一本の短剣を空に向かって投げ付けた。
道に逃げ込むと思わせて左側の縁を走る。ガマガの傷付いた左目は死角になるはずだ。攻撃のタイミングを遅らせている間に結果は出る。
ガマガは大きく仰け反った。空から降ってきた短剣が右目に突き刺さっていた。刃こぼれしているので容易に引き抜くことは出来ないだろう。
俺は熱い視線をマグルに向ける。短剣が穿った僅かな光が希望となった。
「姫様、一緒に」
「もちろん、二人で斃しましょう!」
そこに凄まじい怒号が放たれた。短剣は引き抜かれ、眼球の一部を纏った状態で投げ捨てられた。
ガマガは頂点に達した怒りで足踏みをした。局所的な地震で俺とマグルはその場にしゃがみ込んだ。
地団太を踏む姿は一変した。
「頭が冷えた。終わりにしよう」
ガマガは両目を失った状態で穏やかに語る。
俺とマグルは間隔を開けた。足音を立てないで左右から近づく。飛び掛かる機会を狙っていたが、どちらも実行に移せなかった。
ガマガの全身の瘤が一斉に開いたのだ。全てがぎょろりとした目だった。個々が独立して動き、俺達を捉えた。
しかも身体が痺れる。感覚が鈍くなり、自由を奪われた。獣人にも効果があるようで動作がぎこちない。
「体力を消耗するが仕方ない。揃って灰となれ」
ガマガの死の宣告に等しい。その場でくるりと背を向けた。尻尾を上げると付け根の辺りに渦巻きが見える。一気に広がって硫黄のような臭いが漏れ出した。
「ま、まさか、。そ、それ、れって」
痺れのせいで声まで震える。
俺とマグルは逃げられず、青白い炎に呑み込まれた。




