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36話 祭壇への道(4)

所持スキル


パッシブスキル  『無限転生』『視力向上』『聴力向上』『運向上』

         『容姿向上』『短剣特効(速)』『水中歩行』『暗闇無効』

         『投擲(必中)』

アクションスキル 『空中跳躍』

 マグルは俺を背に乗せて四つん這いで歩いた。この姿勢は獣人とって普通なのか、苦痛を伴うのか。どちらだろう。

 尾根は相変わらず細くて所々が(いびつ)な形をしていた。僅かな上下の揺れであっても膀胱(ぼうこう)に響く。徐々に尿意の高まりを抑えられなくなってきた。

 下腹部に熱さと痛みを感じる。俺は限界を悟った。

「私を下してください。自力で歩きます」

「尾根は(もろ)く危険を(はら)んでいます」

「そこで提案です。私は後ろを歩きます。マグルさんが先頭で危険を察知していただければ私も安心して付いていけます。どうでしょうか」

 思案する間が空き、わかりました、と諦めたような声が返ってきた。

 俺は慎重に下りた。マグルは様子を窺い、ゆっくりとした感じで二足歩行に切り替えた。

 そろそろと付いていきながら必死に考える。縦で用を足すのはかなり難しい。前後に開いた足のどちらかに尿が掛かる。そうなると方法は一つしかない。横向きで股を開き、立った状態で勢いよく放出する。

 その解放感を想像するだけで幸せな気分に浸れた。刺すような痛みで現実に引き戻され、俺は早々と実践に移った。

 尾根の幅は二十センチ前後。その細さで身体を横向きにした。足先と踵が浮いた状態になった。

 風が吹いていなくても身体が前後に揺れる。深い谷底がチラチラと見えて膝が笑い始めた。下半身を剥き出しにする余裕もない。

 俺は小刻みな呼吸で元の姿勢に戻った。離れるマグルの背中を懸命に摺り足で追い掛けた。

 急いで広い場所に出ないと。下腹部が刺すように痛い。こんな時に余計な知識が頭に浮かぶ。女性は男性よりも尿管が短いので我慢することが難しいと。その余計な豆知識を想像力で強引に塗り潰す。

 俺は広大な砂漠にいる。暑さで大気が揺らめき、乾いた熱砂が吹き荒れる。サボテンも見当たらない。死の世界には果てがなかった。

 少し尿意が紛れた。心なしか下腹部の痛みも和らいだ。調子に乗った俺は想像を続ける。

 不毛な砂漠に生物はいない。干からびた死骸が転がるのみ。そこに瑞々しいオアシスが割り込んできた。全裸ではしゃぐ自分の姿がセットなので殺意が沸いた。

 尿意が加速する。耐え難い激痛に見舞われ、足が動かない。全身が震え出し、ちびりそうになった。

 そんな崖っぷちに立たされた俺にマグルが声を掛けてきた。

「姫様、顔が赤いようですが。震えているのですか?」

「お花摘みに、行きたくて、もう限界で……」

「残念ですが、この先に花畑はありません」

 意味が通じなかった。震える要素に怒りが加わった。

「おしっこがしたいの! もう漏れそう!」

「そうでしたか。全く気付きませんでした」

 朗らかな声にこめかみが脈打った。

「はあ?」

 俺はマグルに抱えられた。その状態でペロンと尻を剥かれ、両脚は高々とVサインを作った。その姿勢は下腹部を圧迫し、堪える間もなく(ほとばし)った。

 俺は世界最大級の滝、エンジェルフォールを異世界で再現した。

 出し尽くしたあとは軽々と上下に振られた。マグルの手で器用にズボンを穿()かせ貰い、元の位置に戻った。

「あと少しです」

「……わかりました」

 かなり恥ずかしい。耳に熱さを感じながら静々と付いていった。


 ようやく尾根を抜けた。足で踏み固めたような広い地面を見て急に気が遠くなる。適当なところで横になると数秒で深い眠りに落ちていった。

 下敷きにした右肩の痛さで目が覚める。マグルはすでに起きていた。身体に巻き付けた肉片を取り外し、吐き出した炎でこんがりと焼き上げる。揃って貪るように食い、物々交換で得た革袋の水を回し飲みした。

 今度は横並びで歩いた。足場の向上で歩く速度も上がる。

 調子を取り戻した俺と違い、マグルが遅れ始めた。赤い双眸(そうぼう)は足元に落ち、だらりと両腕を下げた状態で歩いていた。

 俺は努めて明るい声で言った。

「疲労が溜まっているようですね。もう少し休みましょうか」

「……優しいお言葉が胸に沁みます」

 しょんぼりとした姿は変わらず、足だけが速くなった。

 何かを()ける雰囲気ではなかった。俺も前を見据えて歩くことに集中した。

 広々とした道の両側に砕かれたような柱が林立した。相当な年代物のようで表面に掘られた文様は薄れ、はっきりとしない。

 道の先に目をやると石で組まれたような広場が確認できた。中央の凹みには光の乱反射が見られる。僅かに湯気のようなものがあるので温泉の類いかもしれない。

 俺は腕を鼻に近付けた。嗅ぐと少し汗臭い。(わき)の下も同様で酸っぱい臭いが混ざっていた。

 頭の中で想像が大いに膨らむ。欲求が高まって小走りとなった。

 暗かったマグルが叫ぶように言った。

「そこで湯あみをしてください」

「そのつもりなんだけど!」

 倍の声で返すと、着ていた服を脱ぎ散らかし、凹みへ跳び込んだ。

 乳白色の湯に頭まで浸かる。水中歩行のスキルがあるので呼吸の心配はいらない。両手で頭を洗い、腋の下を入念に(てのひら)で擦った。股間も擦るが、感度の良さに腰が引けて撫でる程度の力にとどめた。

 ようやくさっぱりした。俺は歩いて戻っていくとマグルが慌てた声を出した。

「だ、大丈夫ですか。お湯は飲んでいませんか。気分が悪くなったり、あと眩暈(めまい)や体調不良とかを」

「落ち着いてください。私は平気ですから」

「そうでしたか。少し取り乱してしまいました」

 マグルは凹みの縁にへたり込んだ。

 どうやらこの凹みは中央が深く、端の方は浅い作りになっているようだった。

 俺は浅いところに両脚を伸ばして座る。縁が背もたれになって実にいい。

「マグルさんも入ってください。とても気持ちいいですよ」

「そこは姫様専用の湯あみの場所なので」

「私が頼み込んでも聞き入れてくれないのですか?」

「……ご一緒させていただきます」

 マグルは俺の横に並ぶようにして湯に浸かる。

 異世界で貸切の温泉に入れるとは思わなかった。入浴剤とは違う(ほの)かな香りを胸いっぱいに吸うと心まで解れそうだ。目的のわからない旅路が全く気にならなくなった。

 雄大な空を眺める。一言で表現すれば薄青い。一箇所を見つめていると破れそうな気がした。

 その状態でもマグルが気になる。目だけで窺うと突き出た口を湯面に沈め、ぶくぶくと泡を立てていた。

 そんな姿に覚えた不安も、ゆったりとした時間に流されていった。

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