34話 祭壇への道(2)
所持スキル
パッシブスキル 『無限転生』『視力向上』『聴力向上』『運向上』
『容姿向上』『短剣特効(速)』『水中歩行』『暗闇無効』
『投擲(必中)』
アクションスキル 『空中跳躍』
鹿のような肉は意外と美味かった。塩コショウの味付けはなかったが、肉を噛むごとに適度な脂とハーブのような香りを楽しめた。
余った肉はマグルが小分けにした。鋭い爪で穴を開け、森で調達した蔦を通して自身の身体に巻いた。その量はかなりのもので道中の長さを物語る。
「姫様、足元に注意しながら進みましょう」
「わかりました。今後も護衛をよろしくお願いします」
差し障りのない会話にとどめた。以前の口調や記憶は毒の影響で失ったと苦し紛れの言い訳をした。意外なことにすんなりと受け入れられた。それどころか、マグルの足取りが目に見えて軽くなる。
俺は不思議に思いながらも後ろから付いてゆく。パンツルックのような格好なので動き易い。歩きながら空中跳躍も試した。スキル名を口にする必要はなく何もない空間を踏み台にして普通に跳べた。連続の使用はできず、感覚的に三十分くらいのクールタイムを要した。
前をゆくマグルが急に振り返った。
「姫様、先程から何をしているのですか」
「え、うるさかった? こんな感じで足の調子を見ていました」
「ここからは音を立てないようにお願いします。木を刺激すると面倒なので」
「はい? わかりました」
徘徊する野獣の類いではなくて木なのか。その疑問は間もなく解消された。
根が波打ち、木が真横に動いた。密集したところなので他の木も押されたように動く。たぶん根を踏んでもいけないのだろう。俺は跨いで進む。
マグルの足が止まった。飛び出た鼻を上げて小刻みに動く。
「こちらです」
一方に爪を向けて歩き出す。付いていく過程で匂いを嗅いだ。腐葉土の香りが鼻の奥を刺激した。どの方向も同じで違いがわからなかった。
素足ではないが足の裏が痛くなってきた。太腿や脹脛が熱を帯び、若干の張りを感じる。前方のマグルは疲れを見せず、黙々と歩を進めていた。
「休憩しませんか」
「あと少しの辛抱です」
「……わかりました」
獣人のあと少しの程度がわからない。田舎の人に道を訊いて、すぐそこだよ、と答えて五キロも歩かされた経験が心に重く圧し掛かる。
五分ほど進むと視界が一気に広がった。丸太を円錐形に組み合わせた細長い家のようなものがポツポツと目にできた。
近くの家の歪な穴からワニのようなものが這い出した。長い口は閉じていても鋭い歯が見える。一噛みで頭部を噛み千切られそうだ。
瞬間、ワニは四つん這いでこちらに突進してきた。その尋常ではない速度に思わず、ヒッ、と妙な声が漏れた。
「マグル殿、お久しぶりです」
ワニが喋った。後脚で立ち、水平にした口で可憐な少女のような声を出した。喉の辺りを見ても声帯がはっきりしない。ここは異世界。ワニとは違う生物であると勝手に結論付けた。
小さなワニは子供なのだろう。マグルの元に駆け寄った。誰もが冒険譚の話をせがむ。側にいた俺にも注目が集まった。
「お前、美味そう」
「一口、いいかな」
「耳ならいい?」
やはり見た目通りのワニだった。
俺の笑顔が強張る中、マグルは大きく口を開けた。その威嚇の効果は絶大で小さなワニ達は散り散りになって逃げ出した。
残った大人のワニは俺に向かって頭を下げた。
食料と水の交換を済ませると空き家に案内された。中は見た目よりも広く新鮮な葉が敷き詰められていた。俺は尻餅をつくように座って胡坐となった。足に被せていた布を取り払い、ヒリヒリする表面を撫でた。
「姫様、両脚を伸ばしてください」
「こうですか?」
薬草でも貼り付けるのだろうか。と考えた矢先、マグルは横になって足の裏を舐め始めた。引っ込めようとすると、すかさず掌で押さえ付ける。
「危害を加えることはありません」
「そう、ですよね」
窺うような声で足を戻す。マグルは黙々と舐め続けた。くすぐったい感覚を深呼吸で抑え込む。
マグルは顔を上げた。
「どうですか」
「痛みが引いたかも!?」
「これで明日の心配はなくなりました」
「そうですね。ありがとう。私の為に尽くしてくれて」
にっこり笑って言うと、滅相もございません、と返された。心なしか沈んだような目をした。
「少し早いですが休みましょう」
マグルは中央で横たわると自身の腹部の辺りを爪先で示す。俺は枕代わりにして仰向けとなった。少しの肌寒さは覆う尻尾で解決した。
気付けばぐっすりと眠っていたらしい。目を開けた途端、おはようございます、とマグルに言われた。
「おはよう。外は暗いみたいですが」
「森を抜けるまで夜のような状態が続きます。腹ごしらえをしてから出発しましょう」
「わかりました」
保存食の肉に齧り付き、新鮮な水を喉に流し込んだ。
俺は外に出て大きな伸びをした。足踏みをしても痛みを感じない。疲労による気怠さもなく元気に集落を後にした。
森を抜けた。途端に広がるひび割れた石の大地に面食らう。吹き荒れる熱風は火山地帯を思わせた。
「姫様、私の背に乗ってください」
「わかりました」
四つん這いになったマグルの背に跨って座る。
「もっと身体を密着させてください」
「これでいいですか」
上体を倒し、胴体に両腕を回した。
「そうです。ここを抜けるまで私語は禁止とさせていただきます」
「わかりました」
マグルは無言で飛び出した。振動と熱風が全身を襲い、片頬を剛毛に強く押し付けた。振り落とされないように両腕に力を込めて歯を食い縛る。
激しく揺れる大地が徐々に下がってゆく。上り坂を駆け上がっているようだった。
両腕の感覚が麻痺する一歩手前で声を掛けられた。
「姫様、危険な区域を抜けました」
「……そう、ですか」
上手く力の入らない両手で辛うじて上体を起こす。
景色が一変した。目の前に尾根がある。その幅は極端に狭い。目測で二十センチくらい。近くなった空には翼竜が舞うように飛んでいた。相当な数でヴァイオリンの弦が切れたような声で鳴いた。
どう見ても、ここは危険区域だろ。足を滑らせたら滑落死が確定じゃないか。
俺の心中を知らず、マグルは穏やかな声で訊いてきた。
「先と後、どちらがいいですか」
「どちらも、ちょっと……」
泣きそうな表情で笑うしかなかった。




