3話 人間になれた
所持スキル
パッシブスキル 『無限転生』
アクションスキル なし
放心した状態で突っ立っていたらしい。丸椅子に座った女神が両膝の上に手を置いて激しい貧乏揺すりをしている。場面と無関係な相撲が頭に浮かんだが口にはしなかった。
まずは悲憤を込めて結果を報告することにした。
「魔術師にドクロとして召喚されて勇者パーティーの一人に瞬殺されました」
「そうか」
「どういうことですか? 何の活躍もできなかったのですが」
「運が悪かった。それだけだ。ガチャを回せ」
女神は糸目を僅かに開き、斜め前のカプセルトイに何度も視線を送る。大人しく従えば前回の二の舞になる。これだけは何故か確信が持てた。
「まだ誰とも会話ができていないのですが、転生先の言語を理解して喋ることはできますよね?」
「転生した者に依存する。生前のお前が鳥や魚と会話ができたか? よく考えろ、ボケが!」
腹立たしい物言いではあるが正論に思えた。悟られないように拳を固める。掌に爪が食い込む感覚に集中すると怒りが和らいだ。
「無限に転生したとして、取得したスキルはどうなりますか?」
「保持したまま転生する。次のスキルが『口臭』なら、ずっと口が臭い状態になる。『加齢臭』でもいいか」
女神は笑顔で語る。
「そのスキル、嫌すぎるんですが」
「最高に面白いだろ。まあ、回せばわかる」
「疑いたくはないのですが、意図的にスキルを仕込めますよね」
「そんなことはできない」
「……例えばの話をします。カプセルを全部、中から取り出します。最初に入れたカプセルに出させたいスキルを入れたら、できますよね?」
女神は口を閉ざした。極端に唇を突き出した状態でこちらをじっと見る。沈黙の意味がわからず、心が締め付けられて声が出そうになった。
「わかった」
膝頭を平手で叩くと女神は立ち上がった。カプセルトイの脚の部分を掴み、真上へ投げた。猛烈な横回転で点となり、頂点で落下に転じた。
回転は続き、女神の側頭部に致命的な一撃が入る。数秒先の未来を予想して身体がブルブルと震えた。
「あ、ちょ、落ちてきますって!」
女神は無反応。真上を確認しない状態で脚の部分を掴み、元の位置に戻した。
そこで一言。
「ガチャを回せ」
「……わかりました」
パーカーのポケットから不吉な見た目のコインを取り出し、セットしてハンドルを回した。
出てきた紫色のカプセルを割った。中に収まった紙には『視力向上』と書かれていた。
「こんなのが出ました」
「まずまずだな」
前回と同じ手順でスキルは俺の中に取り込まれた。
「転移させる」
「落とし穴ではなくて、別の方法でえええぇぇ!?」
突如として現れた頭上の穴に俺は即座に吸い込まれた。何も見えない黒一色。凄まじい加速で耳鳴りがして気を失った。
右頬が熱い。熱風が全身に吹き付けて意識を取り戻した。
両腕を使って四つん這いの姿となった。真っ先に手の甲を見つめる。
痩せていたが人間の手をしていた。それだけで十分と周囲に目をやる。
「え……」
その後の言葉が出てこない。広大な茶色の景色に圧倒された。荒波の形をした砂が遥か彼方まで続いている。
一言で表現すれば砂漠である。持ち物は一切、所持していなかった。辛うじて服は着ていた。長袖のワンピースは濃淡のある土気色で元の色がわからない程に汚れていた。
「……マジか」
思わず声が出た。
脱力した状態で両脚を投げ出した。足首に輪のような痣を見つけた。手首にも同じ赤黒い痣があった。
足枷と手枷の痕だろうか。この世界の身分は奴隷で監視の目が離れた隙を衝いて砂漠に逃亡したと。辻褄としては合っているように思える。
現状を把握したとしても窮地であることに変わりはない。新たに得たスキルが早々と役立つ時がきた。
早速、全方向に目をやる。向上した視力は俺に揺るぎない絶望をもたらした。
オアシスらしき場所が見つからない。人工物も見当たらず、行き倒れになる可能性が濃厚。というか、一度、命を落として俺が転生したとも考えられる。
「詰んだ」
悪魔の言葉は俺の希望を瞬く間に吸い上げる。
――もっと使えるスキルがあれば。
思った直後、萎んだ希望が瞬時に膨れ上がった。この奴隷が最初から持っていたスキルを使えば打開できるかもしれない。
その為にはスキルの有無を確かめなければいけない。ラノベの主人公が同じような境遇で使っていた。
俺は自信を込めて叫んだ。
「ステータスオープン!」
何も起こらない。それらしいホログラムは宙に浮かんでいなかった。
「スキルオープン!」
少し言い方を変えても無駄だった。
「スキル表示、ステータス表示、スキル一覧、オープン、ワープ、フライ、転移!」
全て虚しい言葉の羅列で終わった。それにしても暑い。手の甲に付いた砂は拍手の要領で簡単に落ちた。
その事実に遅れて怖さが忍び寄る。砂漠のようなところにいながら汗を掻いていなかった。
想像は加速する。体中の水分が搾り取られ、大口を開けて絶命。筋繊維が全身に浮き出た自分の姿に身震いを抑えられない。
絶叫の塊が喉を開く。歯を噛み締めて阻止、発狂を寸前で食い止めた。
何の方策もない。行動に意味さえない。構わず、俺は立ち上がった。
恐怖から逃げ出すようにふらふらと歩く。足がもつれて無様に転んだ。
立ち上がれない。気力が尽きたのか。俯せの状態でいた。
再び右頬が砂で炙られる。程なく意識が溶け始めた。
幻覚が見える。悪夢の呼び名が相応しい。
ふてぶてしい顔の女神が熱波師となって俺に熱風を浴びせる。
「次、こそ、は……」
そこでプツンと意識が途切れた。