29話 生き抜く(3)
所持スキル
パッシブスキル 『無限転生』『視力向上』『聴力向上』『運向上』
『容姿向上』『短剣特効(速)』『水中歩行』『暗闇無効』
アクションスキル なし
スープを飲み干した。今のところ、こちらにくる足音は聞こえない。好機と思い、両手で皿を持ち上げて懸命に舐めた。
具は一切、入っていなかったが満足した。意外とカロリーは高いようだ。
小さなテーブルを足元に置き直し、俺は後ろに倒れ込んだ。背中を包み込むような柔らかい感触が堪らない。自然に瞼が下がってきた。状況の把握よりも今はとにかく眠りたい。
その希望は瞬く間に叶えられた。
乾いた音が連続で聞こえてきた。その都度、頭の中に小さな振動が伝わった。
薄っすらと瞼を開ける。青い目の女の子が横手から、起きろー、と言いながら俺の額を平手で叩いていた。
「おはよう、ございます」
「やっと起きたな。今すぐ来てくれ」
「いいですけど、この状況を説明してくれませんか」
仰向けの状態から起き上がろうとする。女の子はそんな俺をひょいと抱えた。その状態で速やかに部屋を出た。
女の子は軽やかに廊下を走る。俺は横向きのまま表情を強張らせていた。螺旋階段を下りる時の衝撃は凄まじく、何段も飛ばして駆け下りた。
一階には多くの人々が軽装備で足早に行き交う。こちらを見ると例外なく立ち止まり、神妙な顔で一礼した。
廊下の突き当りには大きな黒塗りの扉があった。待ち構えていた大柄な男性が速やかに開ける。
女の子は走りながら言った。
「集まったのか」
「全員、参加です」
「すぐに始める」
その遣り取りを聞いても俺にはぴんと来なかった。
部屋に入ると身体が硬直した。
見上げるような男性達が室内で二列になって待ち構えていた。その中央を女の子が堂々とした態度で突き進む。その中に一人、短髪の女性が混ざっていた。俺と視線が合うと鼻筋に深い皺を作った。
行き着く先に横長の大きな机があった。俺はその上に座るような形で置かれた。女の子は背中から飛び乗り、両脚をぶらぶらさせながら言葉を発した。
「忙しいところを集まってくれて感謝する」
「会長、用件は何でしょうか」
向き直った男性の一人が俺に強い視線を向けた。安手のパジャマのような格好なので目が泳ぐ。
「最近、評判のウロマの興行を観にいった」
「大陸人をかどわかして一方的な虐殺を繰り返す、非道な見世物のことでしょうか」
紅一点の女性の目付きが鋭くなる。握り締めた拳が微かに震えていた。
「そう、それだ。そこで勝利した大陸人がコイツだ」
女の子は俺を指さした。瞬間、居合わせた者達は表情で驚きを伝える。
「傑作なのはそのあとだ。期待した結果と違って観客達を大いに怒らせた。今回の騒動でウロマは評判を著しく落とし、競り合う我が商会は一気に引き離す好機を得たわけだ」
「話はわかったのですが、その者を今後、どのように扱うつもりですか」
列の先頭にいた男性が冷ややかな目で言った。
「使い道は考えていない。殺処分される前に安価で買った」
「この優男がねぇ」
列の中程にいた男性が値踏みするような目を俺に向けてきた。
女の子はパンと掌を打ち鳴らす。
「これで話は終わりだ。業務に戻れ」
呼び出された者達は一礼して速やかに出ていった。
部屋に二人きり。俺は怖々と話し掛ける。
「……会長と呼ばれていましたよね?」
「そうだぞ。六代目会長、マルロット・ゼンドバーグだ。親しみを込めて、マルちゃんと呼んでもいいからな」
「マルさんにします」
頭の中にラーメンを思い浮かべながら即座に返した。
好待遇のおかげで健康な肉体を手に入れた。前よりも肉付きが良くなり、それなりに筋肉も付いた。
今日も日課の腹筋に励んでいると部屋にマルロットが飛び込んできた。愛らしいエプロンドレス姿ではなく、意匠を凝らした革鎧を身に着けていた。
「施設を案内してやる。付いて来い」
「わかりました」
用意された軽装備に身を固め、俺はマルロットと共に敷地内に建てられた施設を巡る。全てがギャンブルでバックギャモンやバカラに似たものを目にした。それらとは種類が違う異色の施設に立ち寄った。
内部はボーリング場のような形態だった。細長いレーンごとに高い壁で区切られていた。ピンに相当する円筒形の物体は位置や高さが異なる。その的に向けて人々は半ば興奮状態でボールを投げ付けていた。
後方で眺めていた俺は隣のマルロットに話を振った。
「見た目で大体の内容は伝わるのですが、挑戦する人達の興奮がよくわかりません。金額も一定ではないように思います」
「賭け金は自由だ。渡されたボールで順番に的を当てる。外すまで継続で初回を除き、成功すると賭け金が倍になる賭け事だ」
「熱狂する理由がわかりました」
見ているとバウンドしたボールで的に当ててもダメらしい。失敗した小太りの男性は悲痛な叫び声を上げた。賭けた金額は相当に大きかったのだろう。
俺はレーンの最奥に目を向けた。右側の壁寄りに直に置かれていた。
「両側の壁に当たったボールはどうなるのでしょう」
「失敗扱いになる。なんだ、興味があるのか?」
「どうでしょう。最後まで当てると、かなりの金額になりますね」
「最後は特別だ。当てた瞬間、豊かな人生が約束される。違法行為、それと手持ちの賭け金を上回らない範囲で何でも望みが叶う。成功した者はいないが」
マルロットはにんまりと笑う。
「私が挑戦してもいいでしょうか」
「いいぞ。金貨百枚でどうだ?」
「最低の銅貨一枚で十分です」
「宿代にもならないぞ」
マルロットは苦笑いで答えた。
「私が狙うのは最後の的なので」
「大きく出たな」
俺は一枚の銅貨を受け取った。
最初に目にしたレーンで勝負を始めた。受け取ったボールは木のような感触で的に当てる度に高い音を立てた。
背後に人が集まり始める。終盤、ざわめきが声援に変わった。俺はアピールのつもりで右手を軽く挙げた。
そして最後の的に挑む。投げる直前、俺は近くにいたマルロットをちらりと見た。緊張した面持ちでレーンの奥を凝視する。
一番、盛り上がる感じでやるか。
右隅の的を見ながら左上にボールを投げた。的外れな方向に人々の残念がる声が幾重にも重なる。
それが驚きに変わった。
「お、おい、ウソだろ!?」
「曲がって、まさか!」
左上に投げられたボールは落下と共に右へ緩やかに曲がる。吸い寄せられるように的へ直撃。その衝撃で甲高い音を立てて弾け飛んだ。
周囲の人々は怒号のような叫び声を上げた。嵐のような歓声が静まると係員が、ちらちらとマルロットを見ながら俺に小声で訊いてきた。
「お、おめでとうございます。望みを一つ、お聞かせください」
「わかりました」
俺は側にいたマルロットの方を向いた。この世界について知らないことが多すぎる。今後のことも見据えると願いは一つしかない。
「マルさん、俺をずっと側にいさせてください」
「え、そ、それは。いいのか?」
「はい、それが私のたった一つの願いです」
「……わかった」
顔を赤くして後ろを向いた。尻を突き出すような格好で、触れるか? と訊いてきた。人々は口を閉ざし、わくわくするような表情となった。
よくわからないまま軽く尻を撫でる。周囲から一斉に祝福の声が上がった。
マルロットはくるりと回って照れ笑いを浮かべた。
「末永く可愛がってくれよな」
「どういうこと?」
俺の言葉はプロポーズと受け取られた。尻を撫でさせる行動は合意を意味する。
その日、俺はマルロットと夫婦になった。なんだ、これ。




