28話 生き抜く(2)
所持スキル
パッシブスキル 『無限転生』『視力向上』『聴力向上』『運向上』
『容姿向上』『短剣特効(速)』『水中歩行』『暗闇無効』
アクションスキル なし
足を踏み入れたそこは闘技場ではなかった。円形の砂地で出来た処刑場だった。
円の中心にはプレートアーマーで身を包んだ大柄な処刑人が佇む。強固な守りは関節部分まで及び、細かい網の目ような鎖が仕込まれていた。
俺は頭部をじっと見つめる。目の位置に小さな穴が無数に開けられていた。レイピアの尖端も通さないサイズなので溜息が漏れた。
その様子を目にした処刑人はくぐもった声で笑った。砂地に突き刺していたポールアックスを片手で軽々と持ち上げ、自身の右肩に担いだ。
「そろそろ始めるか」
「俺に素手で戦えと」
「武器は木箱に用意してある。見えないのか?」
笑いを含んだ声は伝播した。処刑場を取り囲んだ観客達は怪しげな仮面姿で楽しそうに囁き合う。
その場で俺はゆっくりと回った。入ってきた扉の横に木箱を見つけて駆け足で向かう。
「大陸人なのに!?」
「暗闇でも見える者もいるのか?」
「初めて見た!」
談笑していた観客達は口々に驚く。どうやら俺は大陸人らしい。ここにいる経緯はわからないが『暗闇無効』のスキルが大いに役に立った。
まだ危機を脱した訳ではない。木箱と向き合った俺は使えそうな武器を慎重に探す。
刃こぼれした長剣は手にしてすぐに戻した。重量があって満足に振れそうにない。手斧は接近戦になるので避けた。ボウガンような飛び道具はなかった。底の方に赤錆に塗れた短剣を見つけた。二本を左手に持ち、処刑人の元へ歩いてゆく。
「最低の武器を選んだな。やはり目が見えていないのか」
「やればわかる」
「そうだな。試してやろう」
瞬間、目を疑うような事態が起こった。
プレートアーマーの処刑人が跳んだ。一気に距離を縮めてポールアックスを片手で振り下ろす。
俺は短剣スキルの効果で横へ跳んだ。風圧をまともに顔で受けて目を閉じそうになった。
「これを避けるか。面白いヤツだ」
めり込んだ刃を軽々と引き抜き、それがスタイルと言わんばかりに右肩に担いだ。直撃を食らった箇所は爆ぜたような穴が出来ていた。
凄まじい破壊力を目の当たりにして緊張が高まる。それと同時に肉体の弱さを自覚した。跳躍した方の足がつりそうになる。大慌てでアキレス腱を伸ばすようなポーズを取った。
短期決戦に持ち込むしかない。
その姿で真面目に考えていたのだが処刑人には通じなかった。
「舐めるな!」
横薙ぎの一閃は後方に跳んで躱した。突っ込んでくる前に目くらましの砂を左手に掬って撒いた。
途端に処刑人の動きが鈍くなる。小さいながらも咳き込んでいた。状況が呑み込めない観客は控え目な声で嫌悪感を示した。
俺は即座に理解した。短剣を手離し、両手で砂を撒き上げた。息が切れても構わず、狂乱の砂遊びに興じた。
処刑人は立ち眩みを起こしたようにふらつき始める。咳き込む音が弱々しくなり、最後は仰向けに倒れ込んだ。
それでも俺は砂を撒き散らす。『投擲(必中)』のスキルはどのような穴も外さない。処刑人は悶え苦しみ、その果てで動きを止めた。内部から溢れ出した砂を見て俺は拳を高々と突き上げた。
「俺の勝ちだ!」
高らかな勝利宣言は賞賛されることはなかった。激しい罵倒を生み出し、グラスやコインが投げ込まれた。俺は頭を抱えた状態で逃げ回り、開いた扉に向かって全速力で逃げ込んだ。
どれくらいの時間が過ぎたのか。俺は両膝を抱えるようにして座って、ぼんやりと鉄格子を眺めている。何の変化も見られない。
意識がぼんやりした。極度の疲労で熱でも出たのだろうか。考えることが煩わしくなって横に倒れた。打ち付けた側頭部は鈍痛に見舞われた。
その痛みが引いた。空腹が上回る。酷く喉も乾いていた。咀嚼の真似をしてみたが唾液も湧いて来なかった。
今回は餓死か。
すんなりと受け入れて瞼を閉じた。
湿気の多いところなのか。水滴の落ちる音がした。心の中で羊を数えるのと似ている。回数に比例して意識が遠のいていく。
そこに複数の足音が割り込む。徐々に近付いてきた。瞼が重くて開けられそうにない。指を動かすのも億劫な状況で腹が意地汚く鳴った。
小刻みに息を吸う。甘いような匂いに急かされて目を開けた。
木組みの天井が見える。女神の家とは作りが違う。餓死は免れたのだろうか。
藻掻くように上体を起こすとベッドに寝ていたことがわかった。目の前には長方形の小さなテーブルが置かれ、黄色いスープのような物が用意されていた。
周囲を見ても人がいない。収納目的の家具は一台だけで把手の代わりに穴が採用されていた。
「飲んでもいいよね?」
窺うような声でスプーンのような物を手にした。その先端で皿の中を混ぜる。具は入っていなかった。
取り敢えず、黄色い液体を掬う。零さないように口まで運んだところで扉が勢いよく開いた。
「スープは飲んだか!」
大きな声でエプロンドレスの女の子が飛び込んできた。
俺は落としたスプーンを拾って軽く頭を下げた。
「寝具を汚してしまって、ごめんなさい」
「びっくりさせたみたいだな。悪い」
女の子は青い目で、にかっと笑う。更に踏み込み、俺の頬を両手で挟んだ。
「お前、いいな!」
「そうですか?」
「気に入った!」
言い切ると元気に部屋を飛び出した。開け放った扉の先で、アイツいいぞ! と大きな声が聞こえてきた。
意味がわからない。目まぐるしく変わる状況を放り出し、俺はスープの味に集中することにした。




