23話 魔王と勇者とエトセトラ(4)
所持スキル
パッシブスキル 『無限転生』『視力向上』『聴力向上』『運向上』『容姿向上』『短剣特効(速)』『水中歩行』
アクションスキル なし
揺らめく焚火を眺めている。短剣に横向きで刺した魚が周りを囲み、どれもが良い具合に焼けてきた。
俺は視線を上げた。左斜めにいた勇者は両膝を抱えた姿で座っていた。沈んだ顔で火を見つめている。
「焼けたか」
声と同時に右側から太い腕が伸びる。短剣の柄を摘まみ、魚を頭から齧った。骨の硬さを微塵も感じさせず、三口で平らげた。最後に厚めの唇を舌で舐めた。
「生肉にはない美味さだ。魔王も食ってみろ」
適当に短剣を摘まんで差し出す。俺は目を伏せた状態で受け取った。
「どうした?」
「服を着ろ。もう乾いたはずだ」
「そうか?」
胡坐を掻いたオーガは広げていた焦げ茶色のポンチョを掴む。位置をずらして何度も握った。
「生乾きのところが」
「いいから着ろ」
「もっと肉体美を楽しめよ」
オーガは両腕を上げて頭の後ろに組んだ。発達した大胸筋をわざと揺らす。視線を下げると岩肌のようなゴツゴツした腹筋があり、その下には赤黒い茂みがあった。
「命の恩人の言葉が聞けないのか」
「わかった、わかった。それにしても、だ」
言いながらポンチョを頭に被る。角の部分を先に入れて頭を出し、全身を覆った。
オーガは軽く息を吐くと俺に真剣な表情を見せた。
「魔王の動きが全く見えなかった。いや、消えたのか?」
「消えたわけではない。もちろん魔法の類いでもない。吾は今後、魔法は使わないつもりだ」
勇者に目をやると視線が合った。表情から感情が読み取れない。微かに頷いているように見えた。
「そうなると身体強化なのか。初めて知った。今まで隠していたのか?」
「奥の手とはそういうものだ」
「……意外と策士だな。湖に吹き飛ばす行動も含めて」
オーガは探るような目で言った。
俺は深読みをさせるように口の端で笑った。
「情報と地の利を活かした。それだけのことだ」
受け取った魚の背に齧り付く。淡泊な味なので塩を振り掛けたい気分になった。
「今、必要な情報はこの世界のことだ。オーガ、生存者はいなかったか?」
「出会った人間は全て殺した。上等な肉は食らった」
整った顔を歪め、勇者に凄惨な笑みを向ける。
「貴様ァァァ!」
激昂した勇者は立ち上がると右の掌を突き出した。短い詠唱で現出した拳大の白い光球を放つ。
オーガは黒味が増した右手を振った。光球はひしゃげ、シャボン玉が割れるように呆気なく散った。
「魔王、こいつを殺していいか」
「吾の所有物だと言ったはずだが」
「今の行動を見たよな?」
オーガは勇者から目を離さないで訊いてきた。
「後先を考えない愚行なので吾が罰を与える」
短剣の魚を平らげた。重い腰を上げて勇者の脇に立つ。
「今から平手で頬を打つ。覚悟はいいか」
「貰った薬で身体は回復した。そう簡単にやられはしない」
「そうか。これは罰だ、許せ」
言い終わる前に勇者は両手を顔の前に持ってきて構えた。青い目を速やかに見開き、こちらの動きを警戒した。
その様子を見た俺は呆れたように笑う。
「勇者を侮るな!」
「勇者だと!?」
耳にしたオーガは片膝を立てた。ぎらつく眼で勇者の全身を舐め回す。溢れる食欲が抑えられないのか。流れる涎を手の甲で拭った。
勇者の目がオーガに流れた。その隙を衝いて俺は背後に回り込み、丸みのある臀部を平手打ちにした。
乾いた音に続き、ああぅ~、と艶めかしい声が漏れた。短剣一本分の速度でも相当に効いたと見える。勇者は叩かれた尻を両手で摩りながらピョンピョンと飛び跳ねた。
俺は元の場所に座り直し、二匹目の魚に手を伸ばす。オーガは苦笑いで胡坐に戻った。
「これが人類最強の勇者とはねぇ」
「武器がなければこの程度だ」
「頬じゃない!」
勇者は涙目で訴える。未だに右手は臀部を摩っていた。
「それがどうした?」
「卑怯よ!」
「無防備な背後に回られて命があるだけ幸運と思え」
勇者は反論できない。口を閉ざし、プルプルと頬を震わせる。怒りに任せて勢いよく座ると瞬時に横座りの姿となった。
まだ痛みがあるのだろう。その姿を見たオーガは手を叩いて笑った。
「勇者のくせに色っぽいじゃねぇか」
「う、うるさい!」
まだ騒動が続きそうなので俺は強い言葉で割り込んだ。
「この世界の生き残りが三人だけと仮定する」
「さすがにそれは……」
反応した勇者が思い直したように口籠る。
逆にオーガは屈託なく訊いてきた。
「その仮定が正しいとして、どうするつもりだ?」
「三人の行動で魔族と人類の存亡が決まるということだ」
「魔族は滅ばない」
オーガは言い切った。
その自信に満ち溢れた物言いに勇者が口を開く。
「どうして、そのようなことが言えるんだ」
「魔王と子作りするからな。ボコボコ産んで魔族復活だ! やろうぜ、魔王!」
その笑顔は魅力的で思わず頷きそうになる。眼精疲労ではないが目頭を揉む仕草を挟み、緩やかに息を吐いた。
ちらりと勇者を見る。俯き加減で地面に人差し指を立てて頻りに動かす。
――女性と縁のない俺がいきなり妊活?
考える程に頭が煮え立つ。熱い溜め息が止められなくなった。




