21話 魔王と勇者とエトセトラ(2)
所持スキル
パッシブスキル 『無限転生』『視力向上』『聴力向上』『運向上』『容姿向上』『短剣特効(速)』『水中歩行』
アクションスキル なし
焼け焦げた大地がどこまでも広がる。大戦の影響なのか。空は黒い煙のようなもので覆われていた。
方角がわからず、決めた方向に蛇行しながら進む。ひしゃげた鎧や折れた剣のせいで足場が非常に悪い。
更に炭化した人間の腕や脚が行く手を阻む。避けるのが面倒になって踏んで砕くと、待て、と怒りを含んだ声が飛んできた。
隣を見ると勇者が右脚を引き摺りながら睨んでいた。
「死者に対する冒涜だ」
「魂のない器は物に過ぎん」
「物ではない。命が尽きても人間だ」
勇者は対抗するように声を張り上げた。俺は歩きながら適当に周囲を見やる。
近くに片翼の遺体が横たわる。半身は焼け焦げ、白い骨が露出していた。
俺は敢えて首の辺りを踏んだ。枯れ木が折れるような音がして頭部がゴロリと転がった。
勇者は何も言わなかった。視線を下げて懸命に足を動かす。
「勇者にとって、命が尽きた魔族は物と同じか」
「……そんな発言はしていない」
憤る声を聞き流し、俺は炭化した人間の顔を踏み付けた。粉々に砕け、大地に新たな染み跡を残した。
立て続けの行為に勇者は全身を震わせる。
「魔王に慈悲はないのか」
「貴様がそれを口にするのか?」
「……魔族は人類最大の敵だ」
「それでも命はある。人間と同じように」
勇者は口を噤んだ。悔しそうな横顔で前後に頭を振って歩いた。
かなりの距離を歩いたように思う。時間の経過で俺の傷は癒えた。ここまで飲まず食わずなので牛丼やラーメンが脳裏を掠める。
勇者は疲労の色が濃い。特に右脚の状態が悪く、小さな歩幅に変えても付いて来れなくなった。
そこで俺は軽く右肩を回しながら足を止めた。勇者は怪訝な顔でこちらを見てきた。
「急にどうした?」
「休憩だ」
さりげなく答えた。勇者は納得していないのか。厳しい表情で詰め寄った。
「魔王には必要ないはずだ。私の目からは無傷に見える」
「そうか」
返答に困り、青い髪に手櫛を入れた。
勇者は恥じ入るような表情を浮かべ、その場にへたり込んだ。伸ばした右脚に目を落とし、沈んだ声を漏らす。
「足手纏いになるつもりはない。このまま私を捨ててゆけ」
とても魅力的な提案ではあるが呑むわけにはいかない。困難な状況を覆す。それが達成ガチャの条件に思えてならない。
「勇者が自ら命を絶つのか」
「……答えたくない」
「現実から逃げるつもりか」
勇者は無言を貫く。赤茶けた大地の一部を掴み、抑えられない怒りで身を震わせた。
その間を利用して俺は考えを巡らせる。魔王らしさを失わず、勇者の一命を救う。そんな会心の一手を探し求め、ついに思い付いた。
「勇者よ。鎧を脱げ」
「な、なにを言い出すんだ」
顔を上げた勇者の頬が微かに赤らむ。直視を拒み、目が左右に揺れた。
「死者に鎧は不要だ。黙って勝者に従え」
「……わかった」
潔く鎧を脱いだ。指摘される前に手足の防具も取り外し、それとなく両腕で胸を隠した。
勇者の胸と腹部は肌色のコルセットのような物で覆われていた。下半身は同色のスパッツを彷彿とさせる。
「……やるなら、早くしろ」
顔を横に向けて両腕を怖々と左右に広げる。それに合わせて閉じていた太腿をぎこちなく開いた。
俺は品定めをするような目付きを意識した。なるほど、と湿っぽい声を出し、口の端を極端に吊り上げた。
勇者は頬だけでなく耳まで赤く染めた。初々しい反応に内心で喜びつつ、背中を向けてしゃがんだ。
「軽くなれば持ち運びも容易になるだろう」
「私を助けるのか!?」
「貴様が捨てた命を吾が拾った。その命をどのように使おうと文句はないな?」
数秒の間が空いた。
「……好きにしろ」
背後で引きずるような音がする。止まると背中に重みを感じた。
俺は覆い被さってきた勇者の尻の下で手を握り、難なく立ち上がった。リュックを整えるように何度か上下に動かした。
出発の用意が整ったところで自ら話を振った。
「地上がこれでは変化を期待できない。そこで方針を切り替えて湖やそれに匹敵する水源を当たろうと思う。貴様に心当たりはないか?」
「……進軍の途中に巨大な湖があった。畔に年代のわからない黒い石碑が立ち、艶やかな表面に驚いた記憶がある」
「石碑か」
勇者を担いだ状態で小刻みに回る。
「石碑は見えるような距離には」
「あれか。確かに黒い。先端は水平に切り取られている感じか」
「本当に見えるのか!?」
勇者は顔を突き出した。俺と頬が触れても気にしない。背中に胸を押し付けても構わない。前方に全ての意識を傾けた。
「役得か」
「……何か言ったか?」
「舌を噛むぞ」
予備動作を素っ飛ばし、俺は走り出す。不毛な大地に吹く一陣の青い風となって湖を目指した。




