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19話 水中歩行

所持スキル


パッシブスキル  『無限転生』『視力向上』『聴力向上』『運向上』『容姿向上』『短剣特効(速)』

アクションスキル なし

 心の洗濯が終わって身も心も軽くなった。手作り風の青空が特に印象に残った。

 適度に肩の力が抜けて次の世界に挑む英気を養えた。どんな試練も乗り越えられる。そんな謎の万能感に満たされていた。

 俺は進んでガチャを回した。出てきた紫色のカプセルを割って紙を取り出し、ろくに見ずに女神へ渡す。

「この『水中歩行』はパッシブスキルのレアだね。用途は広いよ。水中に沈んだお宝を探せるし、敵に追われている時は川や湖に逃げ込める。条件が揃えば脱出にも使えるかもね」

「水中で息ができるのはいいのですが、時間制限はないのでしょうか。あと水中なので海は無理とか、あります?」

「常時発動スキルだから時間の制限はないよ。それと海でもいけるでしょ。『海水』に水の字が使われてるし」

 女神はにっこり笑うと紙を握る。光る球体に変えて俺の中へ(てのひら)で押し込んだ。

「それならいいのですが」

「それじゃあ、送るね」

 俺は瞬時に足元を見た。女神はパーカーの袖の部分を引っ張って、こっち、と笑いを含んだ声で言った。

 目をやると灰色の路面の一部が盛り上がって半円の穴が覗いていた。女神は嬉しそうに走って盛り上がった部分に寄り掛かる。

「今回はウォータースライダーを参考に作ってみたよ。これで楽しく異世界まで行けるね」

「中を覗いても、いいですか」

「いいけど、長いから先は見えないよ?」

「……それなりの覚悟がいると思うので」

 俺は両脚を伸ばした状態で座った。両手で少しずつ、前へ進む。穴の中に膝まで入れると内部の構造がわかった。

 丸いチューブは全体が白っぽく、そこそこに広い。座った状態で滑っても頭が当たることはなさそうだ。

 先が気になって顔を突き出す。初っ端は直角に近い。かなりの速度で滑り落ちることが容易に想像できる。

「手伝ってあげようか」

 その声は近い。後ろに顔をやると女神が中腰で両方の掌を見せた。笑顔で背中を押すような格好に俺は頭を左右に振った。

「ま、待って。押すのはやめて。自分のタイミングでいかせてください」

「えー、いいじゃん」

「ダメです。絶対に押さないでください」

「わかったよ。そんなに怒らなくてもいいのにぃ」

 伸ばした語尾が実にあざとい。俺は顔を正面に戻し、軽く息を吐いた。

 一瞬、肩がビクッとなった。女神は着ていたパーカーの(すそ)を丸め始めた。中のTシャツを巻き込んで、くるくるー、と陽気な声を出す。

「あ、あの、何をしているのですか」

「意外と綺麗な背中だね」

「それはいいのですが、何の為に、ヒャィ!?」

 露出した背中に柔らかい物が当てられた。中心が少し固く、しっとりとして吸い付くような感覚がある。その状態で女神が耳元で囁く。

「な、ま、ち、ち」

 俺は逃げるように穴の中に飛び込んだ。滑り落ちる状況で上を意識したが女神の姿は見えなかった。

 高速で滑る中、服を整えた。身体が大きく左右に振られる。遊び心も加わって縦に一回転した。

 今までの垂直落下に比べれば速度は遅い。先が見えない楽しさもあり、高揚感が半端ではない。

 渦巻きのような滑りを経て角度が緩やかになった。出口が近いと思った直後、闇の中に放り出された。

「最後まで作れよぉぉぉ!」

 自由落下で叫ぶ声は闇の中に呑まれていった。


 押し寄せる波の音が聞こえる。意識が戻ると両脚の冷たさに気付いた。

 上体を起こすと状況の一端が見えてきた。白い砂浜にいる。片方の頬に付着した砂を手で払い落とす。

 無人島とも言えない細長い砂浜に俺は(うつぶ)せの状態で倒れていた。木は一本も生えていない。植物さえ、見当たらない。

 取り敢えず、立ち上がった。五歩で真ん中に立ち、その場で回る。


 ――まるで海だな。


 どこを見ても青く、期待した陸地は見えない。砂浜で調達できる物も無さそうなので軽く絶望した。

 自身の姿に意識を向ける。革靴のような物を履いていた。濡れたズボンは太腿が膨らんだバギーパンツに見える。長袖シャツには刺繍が施されていて、その文様(もんよう)の意味はわからなかった。

 注目したのは指。親指に金色の指輪が嵌められていた。十本の指、全てに色違いや宝石を象嵌した指輪が見られ、売ればかなりの金額になりそうだ。陸地を見つけられればの話ではあるが。

 どうしたものかと顎を摩る。無精髭のような感触で男性と判明した。体力的には有難いが、生存の確率が撥ね上がったとは思えない。

 もう一度、周囲を見回す。二度目で気付いた。水平線がぼんやりとしていた。先が霞み、いくら目を凝らしてもはっきりしない。

 視線を空に移す。異世界らしく太陽が見つからない。代わりに上空には菱形のような物が無数に浮かび、個々で光っているようだった。


 ――地球のように丸くないから水平線が見えないのかも。


 砂浜で悠長に救助を待つとミイラになりそうだ。俺は早々と水中歩行のスキルを試す羽目となった。

 どこを見ても同じ風景なので一方に決めて歩き出す。起こる小波で一部が口の中に入った。海水のような塩辛さは感じない。

 鼻が水に浸かる寸前で足を止めた。何度も深呼吸をして大きな一歩を踏み出した。二歩、三歩と進んで鼻から思いっ切り息を吸い込んだ。

 ツンとした痛みは皆無で新鮮な空気だけが吸い込めた。そのままどんどんと突き進む。

 砂地の下りが続く。一歩ごとに緩やかに砂が舞い上がり、水面から届く光の中へ消えてゆく。沈んだお宝を期待したが、それもない。難破した船の残骸も見つからなかった。

 その代わりに底に刺さった棒を見つけた。近づくと大腿骨の一部に思える。急に怖くなって周囲に視線を走らせた。

 何もいない。小魚が泳ぐ姿も目にできない。骨だけが不吉な象徴として底に刺さっていた。

 拭い去れない恐怖を抱え、俺は一方に向けて愚直に歩く。なだらかな砂地は変わらないが少し暗くなってきた。息はできるが水圧のせいなのか。身体の節々に微かな痛みを感じる。

 前を見ても終わりが見えない。ここにきて決断が鈍る。引き返して別の方向を選んでもいいかもしれない。

 踵を返そうとしてグラリと身体が揺らぐ。水圧に押された形で横倒しとなった。その上を巨大な魚が通り過ぎた。底の砂を舞い上げ、一瞬で視界が奪われた。

 俺は急いで身体を起こし、砂塵に紛れてその場を離れた。先程の魚がゆっくりと尾びれを動かし、最接近を試みる。

 その意図が一目でわかった。半ば開いた口は鋭い歯が並び、衣服の一部のような布切れが挟まっていた。

 底をのんびりと歩いている場合ではない。俺は迫りくる脅威に対抗する為、クロールで逃げ切ろうと考えた。


 ――マジかよ!?


 両手を交互に回しても身体が一向に浮上しない。底を走ろうとして懸命に歩いた。どうしても競歩を強制される。

 そこで初めて理解した。水中歩行のスキルは水中を歩行するスキルであると。

 薄笑いを浮かべた俺は数秒で魚の餌となった。

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