18話 プリンちゃん
所持スキル
パッシブスキル 『無限転生』『視力向上』『聴力向上』『運向上』『容姿向上』『短剣特効(速)』
アクションスキル なし
ぼんやりした視界が次第に鮮明になって黒雲を映し出す。大粒の雨が降りそうな悪天候に心が安らぐ。一命を失い、女神のところに戻ってきた。
――俺は何もできなかった。
罪悪感に目が潤み、右の掌を顔に当てた。
素足で歩く音が聞こえる。俺の左隣で止まった。そのまま時間が過ぎてゆく。
沈黙の圧力に負けて横目をやる。
女神は白いホットパンツ姿で両膝を抱えるようにして座っていた。こちらに目を向けず、ただ正面を眺めている。
目を戻した俺は右手を下した。
「転生した世界で、何もできませんでした」
「期間は短いけど、女神ポイントは増えたよ」
女神はこちらを見ないで答える。微笑む横顔で少し心が軽くなり、口にも影響した。
「短剣特効スキルに溺れ、迫る脅威に気付けませんでした。そのせいで配下の者を失い、俺、じゃなくて私自身も」
「うちは『俺』ってらしくていいと思う。それに望君だけじゃない。喋り方にはたくさん考えさせられたよ」
「女神様が!?」
思わず、上体を起こした。女神は顔を向けて黒目勝ちな目を細めた。
「少しは元気になれた?」
「そう、ですね。女神様の話を訊いてもいいですか」
「喋り方の話ね。いいよ。前にも話したと思うけど、ここにきて一回目のガチャで『女神』を出したんだよねぇ」
どこか悔しそうな顔で口を尖らせる。天然のアヒル口を初めて見た。女神に対しては失礼に当たるかもしれないが、ちょっと可愛い。
「女神として異世界に送るのはいいんだけど、その者とは二度と会えない。女神ポイントで活躍を想像することしかできないわけ。0ポイントの時は、さすがに悩んだよ。そこで思い付いたのが喋り方なんだよね」
「俺の時も、それで?」
「あー、あれは例外。見た目で判断して横柄な口調にしてみた。望君がデブ専でマゾ気質があるのかなって思って」
「それはないです。コンビニの店長はシフトが同じで、長くいた影響かもしれません」
「デブ専じゃないの?」
女神は下から覗き込む。ダボッとした薄ピンクのTシャツの奥に丸い膨らみが見えた。
露骨に目を逸らすと胸元を押さえて、違うんだね、とはにかむように笑った。
「ち、違います。全然、そんなことないです。完全な誤解です!」
「わかったよ。話を戻すけど、望君が引き当てた『無限転生』はレジェンド級で、うちも初めて目にした。今後は長い付き合いになると思うから、もっとフレンドリーな喋り方で、しっかり情報交換をしないとね」
「俺の為にも、女神様の為にも、ですよね」
「そうそう、女神ポイントしっかり稼いできてね」
初々しい言葉に癒される。新婚夫婦の遣り取りを想像して勝手に照れた。
「まずは今回の異世界の出来事を教えて」
「わかりました」
俺はゴブリンとの生活や短剣特効(速)の強さを語る。天然の洞窟に見られない作為的な事象については特に力を入れた。
黙って聞いていた女神は質問を口にした。
「それで人間はどうだった?」
「規格外の強さで、俺のスキルも全く役に立ちませんでした。最初から達成ガチャを目指せる状況にはなかったと思います」
「それなら逃げればいいのに」
女神は一言で切り返した。想定外の内容に俺は何も言えなくなった。
「最初の酒盛りが無駄に思える。先に洞窟の情報を訊き出さないと。そのせいで大広間にいくのが遅れた。結局、そこで短剣が二本、見つかるんだよね?」
「……そうです」
「二倍速を手に入れたら青空の実態もわかって、人工的な洞窟と早くに気付くことができたでしょ。そしたら、あとの行動が変わるよね?」
「……もっと洞窟を入念に調べます。人間の出入りしている箇所を突き止めたら……先手を打って逃げ出すこともできたかもしれません」
「たぶん、それが正解ルートだよ。その先はわからないけど」
女神は勢いよく立ち上がった。表情は明るい。うきうきした様子でリクライニングチェアを出現させた。付き添うように現れたサイドテーブルには赤や青のグラスが置かれていた。
「そこどかないと危ないよ」
「え、ちょっと」
尻餅をついた状態で後ずさるとリクライニングチェアが現れた。もう少し反応が遅ければ下敷きになるところだ。
「そっちは望君が使って。飲み物は好きなのを選んでいいよ」
「……わかりました」
俺と女神は並んで寝そべる。サイドテーブルのグラスは青を選んだ。口に含むと爽やかさの中に微かなフルーツ系の酸味が感じられた。
「ブルーハワイですか?」
「よくわかったね。こっちはレッドアイだよ。うち、トマトが好きだから。もしかして、おつまみ、食べる派?」
「食べない派です」
更にグラスを傾けた。この状態でも味がする。液体が喉を通る感じもわかる。天気は最悪で黒雲のままだ。
俺の生前が反映された世界なので仕方がない。ちらりと横を見た。向こうも同じで視線が合った。
「どう、少しは気が晴れた?」
「気は紛れましたが、空が晴れていないので、ほんの少し」
「望君がもっと人生を楽しめば良かったんだよ。でも、少しなら変えることができるよ」
一瞬で青空が広がった。季節は夏なのか。目立たないところに入道雲があった。
「なんですか、これは」
言いながら俺は笑った。一本の支柱に支えられたカンバスに雄大な青空が描かれていた。
「空は変えられないけど、これで青空を楽しめるよね」
「そうですね。夏の気分を満喫できそうです」
「この力は望君のおかげなんだよ」
「何か、しました?」
女神は笑って右手を回す。
「女神ガチャですか」
「実用的なものではないんだけど、限られた空間で想像を具現化できるようになったよ。これも前に言わなかった?」
「女神ガチャを初めて回したとは聞きましたが。でも、素晴らしい能力ですね。改めて、おめでとうございます」
「望君の頑張りのおかげだよ。でも、今はゆっくりと心を癒して欲しいかな」
女神はグラスの中にストローを追加。勢いよく吸い始めた。
俺もブルーハワイの味に浸る。描かれた青空は紛い物でも晴れやかな気分にしてくれた。
「ありがとう、プリンちゃん……」
「え、今、呼んだ?」
「ただの独り言です」
「プリンちゃんって言ったよね!?」
こちらに上体を倒すとセミボブの金髪が揺れた。頭頂の黒い髪とセットで見ると本物のプリンのようだった。