17話 ゴブリンの王(4)
所持スキル
パッシブスキル 『無限転生』『視力向上』『聴力向上』『運向上』『容姿向上』
アクションスキル なし
敵のボスを討ち取り、残った敵方は全て配下として取り込んだ。人数が一気に膨れ上がって元の拠点は手狭となった。
そこで拠点を別の大広間へ移した。俺が短剣を手に入れた場所で、探せばサイズの合った武器や防具が見つかるかもしれない。
戦力の増強は今後も必要と考え、渋る者達を説き伏せて移動した。各々が生活に必要な物を持ち込み、簡素な寝床を作り始めた。
その時、ゴブリンが驚きの声を上げた。聞き付けた者達が集まり、同様に大きな声を発した。
「マーマン、マーマン!」
「マーマン、タオレテイル!」
「マダ、アタラシイ!」
「キケン、チカクニイル!」
動揺の広がりを抑える為、俺は急いで駆け付けた。
「アルクサカナ、シッテイルノカ」
「コレ、マーマン。ツヨイ、タオレテイル。チカク、ニンゲン、イル!」
またしても恐怖の対象として人間が登場した。声の大きさで周囲に筒抜けとなった。三方向の通路から逃げ出す者が現れた。
「ニンゲン、チガウ。キングノオレガ、タオシタ」
「キングガ! スゴイ! ボス、ニゲタ。ソレ、タオス! キング、スゴイ!」
新たに加わった連中には教えていなかった。俺は証拠として束ねた鱗を見せた。遺体の剥がされた部分と見比べて納得したようだった。
「コレ、ツカエル。キング、クレ。イイカ」
「イイガ、ドウスル?」
ゴブリンが目で探し始める。近くに落ちていた木の棒を拾い上げた。縦に長い亀裂が入っていて耐久性に欠ける。
「ウロコ、ホシイ」
小さな子供のように掌を差し出す。俺は快く手持ちの鱗を渡した。
その場でゴブリンは胡坐を掻き、割れ目に鱗を差し込んだ。同じ要領で二枚、三枚と続けたところで手が止まる。入れたばかりの一枚は横から押すと傾いた。別のゴブリンが、カサネロ、と口を挟む。
木の棒は別の道具に生まれ変わった。
「コレデ、ツカエル」
「モノヲキル、タタカウ、ドチラモデキル」
「ベンリ、キングノ、オカゲ」
ホブゴブリンの知恵を受け継いでいるようで実に頼もしい。
「ヨクヤッタ」
俺は控え目な言葉を掛けた。子供がはしゃぐように一斉に飛び跳ねた。
近くにいた者達の目の色が変わる。競うようにして周辺を駆けずり回った。
集められた数々の物が俺の前に並べられた。他のゴブリン達も興味を示し、手に取った物を腕や腹に当ててアイデアを出し合った。
一部、積まれたところに俺の目が留まった。小さな柄が斜めに飛び出していた。折れた剣身を想像しながら引き抜いた。
ちゃんと剣先が尖っていた。ピラミッドのような形で長さは十センチ程度。武器としては些か心許ない。
両手に短剣を握った俺はその場を離れた。人気の少ないところで周囲を見て短剣を縦に振った。風の音がした。力強い横薙ぎでは大気が両断された。耳にした途端、全身が震えて熱くなる。
試しに横へ跳んだ。身体が羽根のように軽い。近くにいたゴブリンが俺に気付いて仰け反った。
「キング、ドコカラ!?」
「オレハ、アラタナ、チカラヲエタ!」
速度に身体を慣らす。それは単なる名目で手に入れた力に酔い痴れた。疾風となって空間を駆け抜け、壁を蹴って天井に挑む。
抜け落ちた一部から青い空が見える。そこから跳び出そうとして撥ね返された。バランスを崩しながらも宙で回り、危なげない着地を決めた。
一連の行動を目の当りにした者達は挙って俺の元に集まってきた。口々に、スゴイ、ハヤイ、と連呼した。雌達は別で一様に尻を出し、もげる勢いで左右に振り続けた。
短剣特効(速)のスキルの効果は重複した。二本あれば二倍の速度を得られる。圧倒的な速さは敵を翻弄して最後は毒の餌食となる。負ける気がしない。
その高揚を心で生じた無明の闇がやんわりと包み込む。俺は天井の一部を睨み付けた。降り注ぐ陽光や青空が急に作り物めいて見えた。
「オマエタチ、コタエロ。ココダケ、アカルイ。ナゼダ」
「シラナイ」
「オレ、シラナイ」
「ハジメカラ、アカルイ」
誰も知らない。過去の記憶を辿っても答えが出ない。人間が関与したと思われる武器や防具はあった。
俺は質問を変えた。
「サケ、ツクリカタ、オシエロ」
「サケ?」
疑問で返されたので架空の器で呑む真似をした。
「ミズ! アレ、ワキダス」
「ツクラナイ。クム、ダケ」
俺の表情を読み取った一人が、コッチ、と言って先に歩き出した。大人しく付いていくと湿気の多い通路に入った。
突き当りに半径一メートルくらいの穴があった。液体が満ちて盛り上がった縁から滴となって溢れ出す。俺は適当に指先で掬い、口に含んだ。舌の記憶が蘇る。
「サケダ」
「キング、コッチ」
別の者が手招きをした。付いていくと別の通路を進み、開けた場所に出た。
中央に木が生えていた。巨木で肌色の幹には無数の瘤がぎっしりと詰まっている。高さはわからない。天井を突き抜けているようで全体を把握することはできなかった。
「コレ、ウマイ」
ぞろぞろと付いてきた一人が瘤を掴み、無造作に引き千切った。そのまま口に運び、貪り食う。
元の拠点で食べた記憶がある。焼いてあったが形状はよく似ていた。瘤が食料になるとして尽きることはないのだろうか。
その考えを否定するように巨木は驚異的な再生力を見せた。食べ終わる前に切断面が盛り上がり、元の状態に戻ったのだ。
後ろに控えていた一人が俺の横に並んだ。
「ニクノキ、ミンナ、タベル」
「マーマンハ」
「タベル。タマニ、オソッテ、ホカモタベル」
これもまた、ホブゴブリンから得た知識なのだろうか。
「ココ、ベンリ。ソト、ドウダ?」
それには誰も答えない。真剣に考えている様子はわかる。人間のように腕を組み、片脚を揺すった。頭を抱えてしゃがんだ者は唸るような声を漏らす。
「ソト、シラナイ。ココ、スベテ」
「ドウヤッテ、ウマレタ」
「ワカラナイ。ココニイタ。ソレガ、スベテ」
弾かれた青空。簡単に手に入る酒や食料。争いは起こっても大規模なものはなさそうだ。
妙な胸騒ぎがする。そこかしこに作為的なものを感じる。切り口を変えて考えても必ず同じ疑問が立ち塞がる。
俺は最後のつもりで質問を口にした。
「ニンゲン、ドコニイル」
一言で周囲がざわつく。隣にいたゴブリンは震えながら答えた。
「ワカラナイ。トツゼン、アラワレル。イノチ、ウバウ」
「オレガ、ニンゲン、タオス」
両手に持った短剣を強く握り締める。俺の決意を聞いた者達も身構えるような格好となって、タオス、と上ずった声を出した。
起こった小波は大波へと変わる。怒号に相応しい声で、ニンゲン、タオス! と言い切った。足を踏み鳴らし、己を鼓舞した。
そこに明るい曲が流れてきた。俺の耳でも出所がわからない。洞窟全体から聞こえるようだった。
『今日でイベントが終了となります。長い間のご愛顧、ありがとうございました。そこで今日は半額にてご提供いたします』
人間が話をしている。内容はわからない。ゴブリンの姿が影響しているのだろう。
他の者達は先程までの勇ましさは見られず、ただ怯えた目を周囲に向けた。逃げ出す方向に迷い、一歩も動けないようだった。
『今回はモンスターの頭数制限は致しません。圧殺、撲殺、斬殺、好みの方法で虐殺の限りをお楽しみください』
話が終わると遠くで悲鳴が上がった。大勢の逃げ惑う足音が聞こえる。
「ニンゲン、キタ。タタカイニ、ソナエロ!」
俺は近い悲鳴に向かって走り出した。二倍速で大広間に着いた。
中央に黒衣の少女がいた。金髪のおさげで小首を傾げ、ぼんやりした青い瞳をこちらに向ける。
俺は鼻頭に皺を寄せた。怒りで歯が鳴る。
あどけない少女の周りにはバラバラにされた手足が転がる。血に塗れていたが緑色の肌で同族とわかる。
その中には、ほぼ完全な姿で雌がいた。上体を極端に下げて尻を上げている。いつものポーズではあったが、近くに苦悶の表情の頭部が落ちていた。
「ゴロジテ、ヤルゥゥゥ!」
胸中で怒りが爆発した。
その激怒を待っていたかのように少女の頭上に光の剣が現れた。瞬時に飛来、俺を縦に両断しようとした。
焦らず、横へ加速。片足で着地して少女に向かおうとした瞬間、地面に這いつくばった。避けた剣が胴体を輪切りにしようとして消えた。
体勢を立て直し、二倍速で少女に突っ込む。赤黒い剣先は少女の白い首を狙い、不可避の突きを放つ。
手応えはなく、宙を突いた。
「あのゴブリン、普通ではない」
「そうなの?」
その会話は背中から聞こえた。振り返ることもできず、まともに衝撃を受けた。吹き飛ばされ、転がりながら視界に捉えた。緋色のローブを着た人物が前蹴りの格好でいた。
全身、傷だらけになりながらも起き上がって短剣を構えた。
少女の頭上に再び光の剣が現れた。その数は二十。想像を超えていた。光の牙と化して俺に一斉に襲い掛かる。
二倍速で躱す。足の裏が摩擦で焦げそうだ。切り傷くらいで潜り抜け、最後の一撃は対応できない。短剣で弾き返そうとした。あっさりとすり抜けて右腕の上腕を切り裂いた。
かなり傷が深い。右腕の感覚が鈍くなる。指に力が入らず、短剣を落としそうになって踏ん張る。
「もっと抗え」
声は真横から聞こえた。緋色のローブがはためき、俺は後頭部を蹴られた。転がる先には少女がいて不思議そうな顔で、終わりなの? と口にした。今までとは違い、巨大な剣が飛んできた。
俺は転がりながら地面を蹴った。宙に浮いた状態で左手に赤黒い短剣を持ち替え、少女に向けて投げ付けた。二倍速の力で回転して歪んだ空間に呑まれて消えた。探す間もなく左肩に深く突き刺さる。
激痛と冷たい死が同時に身を襲う。俺は急いで引き抜こうとして仰け反った。背中から巨大な剣に貫かれた。
目の端に緋色のローブが見えた。手には小さなスティックのような物を持っていた。血色の悪い顔で、空間転移だ、と呟いた。
――格闘家の魔術師は反則だろ。
落下の途中で俺の意識は途絶えた。