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14話 ゴブリンの王(1)

所持スキル


パッシブスキル  『無限転生』『視力向上』『聴力向上』『運向上』『容姿向上』

アクションスキル なし


 意識が戻ると俺は(うつぶ)せの状態で倒れていた。灰色の地面を押し退()けるようにして四つん這いの姿となった。

 すぐに首筋を撫でる。(てのひら)を見たが血は付着していなかった。

 ほっとする間もなく、液体を啜るような音がした。前方に目をやる。驚きの声を上げそうになった。

 リクライニングチェアに見慣れない女性が寝そべっていた。ストローを差し込んだグラスをサイドテーブルに置くと、澄ました顔でこちらを見た。

「ようやく戻ってきたね」

「あのぉ、どちら様でしょうか?」

 セミボブは金髪で頭頂が黒い。薄ピンクのダボッとしたTシャツは丈が短く、縦長のヘソが丸出しになっていた。下は白いショートパンツで恥ずかしげもなく脚を組んでいる。

 全体的にすらりとした体型ではあるが、それなりに胸はありそうに思えた。

「お前、うちの髪をチラ見したよね?」

「え、はい」

「プリンを想像したでしょ」

「いえ、そのような……しました」

 ニヤニヤと笑う女性は、素直だね、と言って上体を起こす。反動で迫り出した胸が軽く弾むように揺れた。

「お前の異世界の行動で女神ポイントが溜まって、初めて女神ガチャを回すことができた。ありがとね」

「コ、コンビニ店長の女神様!?」

「そうだけど、お前の世界観であんな姿にされただけで、こっちが本当の姿だからな。勘違いするなよ」

「口調も、少し変わったように思うのですが」

 地雷を踏まないように慎重に言葉を選ぶ。

「姿に合わせて変えたんだよ。この姿なら素で喋ってもおかしくないよね」

「それは、そうですね。それと初めて聞いたのですが、女神様にも専用ガチャがあるとは驚きました」

「そうなの? うちは元々、お前と同じように亡くなってこの世界に来たんだけど。運が悪くて、いや、いいのかな? 最初のガチャで『女神』だからね」

 女神はサイドテーブルに左手を伸ばす。丸い果実のような物を摘まみ、口の中に放り込んだ。右手は右胸の上の方を無造作に掻いた。柔らかく沈み込む指先を見て妙な気分になる。

 さっと目を逸らし、深呼吸に努めた。

「……それではガチャを回します」

「今回も異世界で頑張って、うちの女神ポイントを爆上げしてね」

 小首を傾げた姿でウインクされた。

「ガチャ運に賭けます」

 パーカーのポケットを探って鮮血に染まったコインを摘まみ、カプセルトイに入れてハンドルを回す。

 出てきた紫色のカプセルを割って紙に書かれた内容に目を落とす。『短剣特効(速)』と書かれていた。短剣の攻撃力が期待できないので今一つ喜べない。

 隣にいた女神に浮かない顔で紙を渡した。

「これ、割といいよ」

「威力が低そうな短剣ですが、それでもいいのでしょうか」

「見通しが甘々だよ。えっと、名前は?」

「今頃ですか。岩倉(いわくら)(のぞむ)と言います」

 やや不機嫌に答えると女神は明るく返した。

「望君ね。うちはフレンドリーにプリンちゃんって呼んでいいよ」

「私が恥ずかしいので今まで通り、女神様の呼称でお願いします」

「乗りが悪いなぁ。ま、話を戻すけど、このスキルは短剣を持つと力を発揮するタイプだよ」

「攻撃の速度が上がる、とかでしょうか」

「全ての速度が上がるよ。逃げる時にも使えるね。あと短剣は非力な女性や子供でも使えるから転生先で重宝すると思う」

 女神は紙を握って光球に変えた。掌に乗せた状態で自ら動き、俺の胸の中央に優しく押し込んだ。掌の温かさがじんわりと伝わる。胸の一部が触れた上腕には汗の流れを感じた。

 幸せを全身で味わったまま俺は奈落の底に落ちていった。


 ぼんやりとした意識は強い瞬きで解消した。それでも周囲は薄暗い。篝火(かがりび)のような物が幾つも置かれ、ゴツゴツとした岩を照らし出す。

 真っ先に洞窟を想像した。揺れる光の中には多くの人影が(うごめ)く。目を凝らすと頭部に髪が生えていない。目と口が異様に吊り上がり、ゲヒヒ、と笑うと鋭い乱杭歯が覗いた。

 上半身は裸で下半身に革のような物を巻いていた。露出した肌の色は漏れなく緑色であった。

 俺の知識ではゴブリンに思える。ちなみに俺の両手も緑色。地面に置かれた人間の頭蓋骨の一部と思われる器には液体が注がれていた。持ち上げて嗅いでみると酸味の強いワインのような香りがした。

 縁に口を付けた。僅かに傾けて飲むと意外にいける。ゴクゴクと喉を鳴らして飲み干すと、横手から注がれた。横目をやると横座りしたゴブリンがいた。珍しくボロの上着を纏っている。

 心なしか胸の辺りに膨らみのようなものが見て取れた。掴んで揉むと、ギャギャ、と声を上げた。

「ボス、オンナ、ダク!」

「ボス、ヤル! スグ、ヤル!」

 周囲にいたゴブリン達が片言で騒ぎ始めた。横手にいたゴブリンもその気になったのか。後ろ向きになって尻を高々と上げた。

 雄と見分けが付かない雌なので、さすがの俺でも欲情できない。突き出された尻を瞬時に平手打ちにした。ゴブリンは、アヒイィィ、と叫んで退いた。

 俺は即座に威厳を込めて言い放つ。

「サワグナ! オレニ、シタガエ! ミナゴロシニ、スルゾ!」

「ユルシテ!」

「ダマル。ミナゴロシ、ヨクナイ」

「イカリ、シズメテ」

 その場の全員が平伏した。洞窟から滴る水音がやけに大きく聞こえた。

「ブキ、イル! イマ、スグダ! アルダケ、モッテコイ!」

 意味は通じたようで全員が暗がりの中へ走っていった。残された雌のゴブリンは尻を摩りながら、グヒヒ~、と熱っぽい目で俺を見てきた。

 間もなくしてゴブリン達が戻ってきた。集められた武器を俺は足早に見て回る。

 こん棒代わりの骨が多く見られた。獣の爪のような物もあった。肝心の短剣は含まれていない。

 俺は近くにいたゴブリンに詰め寄る。

「タンケン、ナイ。ドコダ?」

「タンケン? ニ、ニンゲン、モツ」

 その言葉で辺りは騒然となった。ゴブリン達は、ニンゲン、と声高に口にしながら散り散りとなった。

「マテ! モドレ!」

 俺が怒りを込めて叫んだが、とどまる者はいなかった。いや、一人だけいた。

「タンケン、アル。オシエル」

 尻を摩りながらゴブリンが先に歩き出す。チラチラとこちらを見る度に、グヒヒヒ~、と笑うので貞操の危機を強く感じるのだった。

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