13話 力が支配する世界(6)
所持スキル
パッシブスキル 『無限転生』『視力向上』『聴力向上』『運向上』
アクションスキル なし
薄暗い部屋に明るさを感じる。無事に朝を迎えることができたようだ。
未だに拘束された状態で自由に身体を動かせない。無駄な足掻きと思いながら全身で揺する。
ナザクは薄っすらと目を開けた。視線が合うと、やや首を傾げた。自身の腕や脚が俺の身体に絡んでいる状態を見て、ああ、と納得したような声で起き上がった。
ベッドの縁に座ると軽く息を吐く。俺に背中を向けた姿でポツリと口にした。
「昔の夢を見た」
「いい夢でしたか?」
「……いい夢で、とても悲しい気分になった。少し汗を流してくる」
立ち上がると正面の出入口から出ていった。表情はわからないが硬い口調に思えた。
少し眠気はあるが俺も安穏としていられない。夜襲の心配がなくなった今こそ、情報収集に奔走しようと心に決めた。
地位が低そうな者ほど口が軽いと思い、真っ先に調理場へ向かった。
横長のテーブルに三人の女性が横並びで作業をしていた。
目は左端の大柄な女性を捉えた。袖を捲った姿で手刀を振り上げ、絶妙な力加減で砂虫の胴体を両断した。黙々と繰り返して大量の輪切りを作り出した。
右横にいた女性は輪切りを一気に引き受けた。付いていた細長い脚を手早く毟って、それらを纏めて右横へ押し出す。
待ち構えていた少女は脚の先端にある鍵爪を取り外し、残りは足元に置かれた素焼きのツボの中へ落とした。
正面にいる俺に誰も気付いていない。各々の集中力に感心はしたが手ぶらで引き返すつもりは毛頭ない。
目立たないように部屋の隅をゆく。比較的、楽な仕事に従事している右端の少女に小声で話し掛けた。
「おはようございます」
「パルさん!? お、おはよう、です」
意識した途端、少女の表情が強張る。脚を持った手が震えて鍵爪を外すのに手間取った。
「緊張しないでください。私は過去の記憶を失った状態で、ここに連れて来られました」
「あ、殴打系ですね。私の時は首を絞められる気絶系でした」
にっこりと笑って話す内容ではない。運向上と容姿向上のスキルのおかげなのか。目に見えて緊張が解けていった。
「この街は大きいですね。首都なのでしょうか」
「首都なのかな。街は一つだけだし」
「国に街が一つだけ!?」
「うん、そう。街は大きな砂漠に囲まれて、その向こうに他の国があるんだよ」
会話に気付いた隣の女性が、おい、と低い声を出した。
瞬く間に少女は背筋を伸ばし、作業のピッチを上げた。原因となった俺は睨まれただけで済んだ。
一方から足音が聞こえる。ゆっくりと建物の外を回っているようだった。
「忙しい時に話をありがとう」
早口で少女にいうと俺は速やかに移動した。
屋外に出ると大きな背中に目がいった。ほとんどの女性が大柄なので見分けが付かない。
護衛隊の一人と思って声を掛けた。
「お疲れ様です」
「お前は、パル、さん。何か用か」
振り向いた顔は露骨で眉間に深い皺が刻まれていた。
「この国は格闘技が盛んですが、打撃はないのでしょうか」
「大会では使わないな。戦争は別だが」
「勝敗は投げ技や締め技になるのでしょうか」
「そうだな。関節を折ることも可能だが、噛み付きは禁止だ……」
言い終わると少し身体を寄せてきた。目は顔を中心に見ているようだった。
「その白い肌を見ているとムラムラする」
「見た目だけは良いみたいで」
容姿向上はパッシブスキルなので自動で発動する。好かれれば危害を加えられることはないだろう。
「砂虫は美味いが、パルさんも、そそるものがあるぜ」
「あ、あの、私は大会の賞品なので、手を出すとナザクさんに怒られますよ?」
その名の威光に弾かれるように後ずさった。喉元を手の甲で拭いながら、危ねぇ、と呟いた。
「パルさん、ありがとう。命拾いした」
「私も助かりました。あのぉ、どうして『さん』付けなのですか?」
「大将の妹さんの名前だからな」
「その方は、今はどこに?」
空の明るさが増して大柄な女性達の姿を多く見かけるようになった。その中に妹が紛れているのだろうか。
「ある大会で命を落とした。姿形は似てないが、その弱々しさに重ねているのかもな」
「そう、でしたか。教えていただき、ありがとうございました」
「今の話、大将には言うなよ。あと噛み付きそうになったことも」
早口の小声で言った。
周囲を気にしながら俺も小さな声で、わかりました、と返して屋内へ戻った。
その日から俺は弱いままでいることに決めた。一切、身体は鍛えず、空いた時間は敷地内の散策に費やした。亡くなった妹の代わりになるつもりはない。多くの夜を共に過ごすことで安らぎを与えたいと強く想うようになった。
それと並行してナザクの身辺担当の職務もこなした。色々なところに揃って出向き、目や耳の能力を最大限に活かして敵を返り討ちにした。
その気持ちと行動がナザクにも伝わったのか。険しい表情が少し柔らかくなったように感じる。人払いをした部屋では、たまに小さな笑みを浮かべるようになった。
護衛隊長のイズキとの仲はかなり悪化した。こちらから何かした覚えはない。ナザクとは真逆の反応を示し、大きな大会の前夜に中庭へ呼び出された。
その夜、ナザクの抱き枕をやんわりと拒否して部屋の隅に立っていた。眠気には抗えず、ナザクは静かな寝息を立て始めた。
俺は足音を忍ばせて指定された中庭へ向かう。
イズキは先に来ていた。腕を組み、俺に鋭い視線を向けた。
「身辺担当として、お前は失格だ」
「どうしてですか。ナザクさんに迫る危険を全て回避してきました」
「それが問題なんだよ。お前に向ける眼差しも、良くない」
言い終わると足を踏み鳴らした。更なる暴言を抑え込むように歯を食い縛る。
「主であるナザクさんを危険に晒したいのですか」
「そんなことは言ってない! もう、いい。持ち場に戻れ」
イズキは駆け出し、巡回に戻っていった。
一方的な言い分で話が終わった。この国には心技体という言葉もないのだろう。相容れない相手として受け入れるしかない。
不満が燻る中、俺は身辺担当としてナザクの警護に当たった。
大会当日、俺は留守番となった。前回のように檻に入れられていないので身を守ることができない。
代わりに護衛隊が同行することになった。部下に指示を与えるイズキは心なしか沈んだような顔をしていた。
感覚で二時間くらいが経ったように思う。慌ただしい足音がこちらに迫ってきた。足並みは揃わず、混乱の最中にいるようだった。
邪魔な人々に道を開けるように叫ぶ声に混じって、ナザク様、と悲痛な声が挟まった。何人もが必死の励ましを送り続けていた。
俺も部屋を飛び出し、出入口に立った。曲がりくねった通路のせいで先を見通せないが、入り乱れる足音がおよその距離を伝えてきた。
「あと少し」
見据えた先に割り込むように集団が現れた。板のような上に仰向けに寝かされた人物がいた。赤い短髪でナザクとわかる。
「パル、そこをどけ!」
イズキが甲高い声を上げた。俺は慌てて真横に跳んだ。
通り過ぎる直前、板に寝かされたナザクが薄っすらと目を開けた。絞められた痕なのか。赤黒くなった首で、来てくれ、と老婆のような声を漏らす。
俺は急いで後を追った。皆が駆け込んだ部屋に入るとイズキの怒声が飛んできた。
「お前のせいだ! ナザク様のこの痛々しい姿を見ろ!」
ベッドにはナザクが仰向けの姿でいた。四肢には棒が添えられ、布でグルグル巻きにされていた。
「こ、これは折れているのですか!?」
「そうだ! 相手に両手足を折られ、無残に砂に塗れて首まで絞められた! あの強いナザク様が、こんな痛々しい姿に……」
「……パル以外、出て、いけ」
身じろぎもせず、ナザクが言った。
その弱々しい声に誰も反論できず、俺以外は悔しそうな表情で出ていった。
「パル、もっと、近くに」
「起き上がらないで。側にいるから」
俺はベッド脇で前のめりとなった。ナザクは小さく頭を横に振った。
「横向きで、もっと、近くに」
小さく咳き込んだ。
俺は言われるまま横を向いた状態で近付いた。首筋に熱い息が掛かる。
「どう、これでいい?」
「ありが、とう」
頭の中に生々しい音が鳴った。口から血の塊のようなものを吐き出し、それが赤いことに気付く。
「パルを食べて、オレは、強くなる」
再び頭の中にゴリュッという異音が響く。痛みを感じる前に意識が急速に薄れる。
最後にナザクが言った。
「ずっと一緒だ、パルぅ」
涙ぐんでいるような声に俺は、ほんの少しの幸せを感じた。