12話 力が支配する世界(5)
所持スキル
パッシブスキル 『無限転生』『視力向上』『聴力向上』『運向上』
アクションスキル なし
大柄な女性達が建物と中庭を小走りで往復する。両腕で抱える程の大きさのブロックが二列の状態で次々と置かれていく。
非力な俺では全く役に立たない。壁にもたれて青い空を眺めていた。目で探しても太陽が見つからない。明るさと腹の減り具合で正午と判断した。
たぶん、大きく外れてはいないだろう。ブロックの上に大きな板のような物が並べられた。不格好な見た目ではあるが横長のテーブルの形状となった。
ナザクは全員が見える位置にドカッと腰を下ろした。立てた右膝は肘掛けとして使い、俺を指で招いた。
「お前の席はここだ」
「わかりました」
右横で正座になると女性達の目が途端に鋭くなる。囁き合う声によれば主に近い位置ほど、地位が高くなるらしい。新設された身辺担当にそれほどの権威はあるのだろうか。
内心で焦りながらも穏やかな表情を通した。その場の雰囲気に慣れると斜め下で固定していた視線を徐々に上げてゆく。
向かい側に座っていた護衛隊長のイズキと目が合った。
瞬間、極端に口角を上げた。その表情で歯を剥き出しにしてカチカチと鳴らす。空腹のアピールと信じて笑顔で接した。
ナザクは立てた右膝を上下に動かす。秒単位で表情が険しくなる。右横にいた俺はほんの少し離れた。
「砂虫はまだか!」
溜まった怒りが声となって響き渡る。建物の中から、今すぐお持ちします! と張り合うような声が返ってきた。
巨大な街とは言え、広大な砂漠に囲まれている。物資の運搬は困難を極めるのだろう。
そのように考えれば主食が昆虫となっていてもおかしくはない。幼少の頃、田舎で食べたイナゴの煮付けくらいのグロさを切に願う。
間もなくして大柄な女性達が中庭へ、どっと雪崩れ込んだ。両手に素焼きの皿のような物を持ち、テーブルの上に置いては建物に駆け戻った。
「これが虫!?」
「この国の名物、砂虫だ。おかわりもあるぞ」
驚いた俺を見てナザクは痛快と言わんばかりに笑った。全員、目の色が変わったように手掴みで食べ始める。
俺は手前に置かれた皿を見て生唾を呑んだ。輪切りにされた物はかなりの厚みがあった。外側にある紫色の殻のような部分に指を引っ掛け、下すと簡単に剥がれた。
中から薄桃色の肉が現れ、魅惑的な脂を染み出させた。殻の部分に両手を添えて持ち上げると薄桃色の部分に歯を立てた。焼き目で軽い抵抗があったものの少しの力で柔らかい肉に包まれた。
易々と噛み千切ると甘い肉汁で口内が満たされた。飲み下し、夢中になって噛んだ。エビのような弾力に旨味の詰まった肉汁は全てが未知で、言葉にならない美味しさに溢れていた。
殻を剥き、現れた肉に齧り付く。数回の咀嚼で呑み込み、驚くほどの早さで食べ切った。
一息入れるとナザクが大きな声を出した。
「追加の砂虫を持って来い! オレと、お前の名前は」
「ごめんなさい。まだ思い出せなくて」
「オレが名前を決めてやる。賞品のパルにも肉の追加だ!」
その声に貪り食う女性達の動きが一斉に止まった。
「……パルって」
「その名前は……」
「賞品なのに!?」
全員が名前に反応しているようだった。俺は正面にいたイズキをそっと窺う。
砂虫を掴む右手が震え、皿の上に落とした。それにも気付かず、目を剥いてこちらを見ていた。
ささやかな宴が終わると各自は仕事に取り掛かる。俺は建物の一室のベッドへ軽々と運ばれ、仰向けになっていた。
出っ張った腹は妊婦を想像させる。着ている服も大きめのワンピースなのでそれっぽい。
砂虫の肉が美味すぎた。四回のおかわりは限界を超えていたと食べ終わって痛感した。無理に上体を起こすと胃に詰まった肉が逆流しそうになってバタンと倒れた。
運んだナザクは笑顔で、しょうがない奴だ、と言って部屋を出ていった。身辺担当の肩書きが俺に重く圧し掛かる。
何度か、両腕の力を借りて起き上がろうとした。その都度、口の中に砂虫の味が蘇り、口を両手で押さえて後ろに倒れ込んだ。
満腹と楽な姿勢が俺を眠りに誘う。仕事に打ち込む者達の姿が視界に過った。それらしい話し声も聞こえる。
「……眠っては……ダメだ」
意識して出した声は弱々しく、自分に聞かせる子守唄のようだった。たちまち思考はふやけて生温かい闇に全身が呑まれた。
目覚めると辺りは暗くなっていた。まだ夢の中にいるのかと思ったが、そうではなかった。
ナザクが一方から現れ、ベッドの縁に腰を下ろした。俺は慌てて上体を起こした。
「新しい役職に就いたばかりで、こんな醜態を晒して申し訳ありません」
「オレが勧めた責任もある。気にするな。これから寝るが見張りを頼めるか」
「もちろん引き受けます。ナザクさんが安らかに寝られるように周囲への警戒を怠りません」
「頼もしいな」
俺は急いでベッドから下りる。ナザクはごろんと横になって数秒で寝息を立て始めた。
夜通しの仕事になるのでベッドの端に腰掛け、耳に意識を集中させた。
外回りの者達の足音が聞こえる。未だにパルの名前に衝撃を受けているようで、その手の話が囁かれた。
部屋にはドアがない。縦長の出入口が四方にある。逃げ易い反面、襲われる危険性も高まる。
俺は薄暗い出入口にも目をやり、注意を怠らなかった。
時折、ナザクの唸るような声が聞こえた。一瞥もしないで寝言で処理した。
腕が腰に絡んで引き倒された時は驚いた。慌てて声を掛けるが本人は瞼を閉じていて、パルぅ、と親しみと悲しみが混ざったような声を漏らす。
俺は何も言えなかった。力では抗えず、ナザクの抱き枕として受け入れた。耳の精度は落ちていないので、そちらに力を注いだ。
見回りの一人が部屋を覗き込み、まさか二人は!? と内心の声を発した時は激しく動揺した。寝ながら頭を左右に振ったが、まるで気付いていない。
スクープとばかりに足音は急速に離れ、小声で囁き合う声が聞こえてきた。その中にはイズキの声も含まれていた。
「ナザク様にそのような蛮行を……」
怒りで語尾が震え、言語化できない何かを早口で呟いていた。
無事に朝を迎えることができるのだろうか。
一縷の望みでナザクに目を向ける。パルぅぅ、と甘えた寝言が更に俺を追い詰めた。
長い夜の始まりであった。