旅路
雪が舞い始めた。
馬車は凍てついた街道を北へと進んでいく。
アムレアン皇国との国境に向かう道は、予想以上に厳しかった。
「お嬢様、温かいお茶を入れました」
エマが差し出す茶器から、優しい香りが立ち上る。レティシアは小さく頷いて、それを受け取った。
「ありがとう、エマ」
その言葉には、心からの感謝が込められている。フェリエ王国を発ってから三日。王宮での息苦しい空気から解放され、二人の時間はゆっくりと流れていた。
「随分と景色が変わりましたね」
エマが窓の外を眺めながら呟く。確かに、景色は一変していた。
フェリエ王国の温暖な気候とは打って変わって、ここは厳しい寒さに支配された土地だった。
「ええ」
レティシアは窓の外を見つめる。道端には所々、小さな村が点在していた。雪に閉ざされた家々は貧しく、生活の厳しさを物語っている。
時折見かける村人たちは、皆が粗末な防寒具を身につけ、懸命に日々を生きているように見えた。
「あの村を見て」
レティシアが指さす先には、小さな集落があった。煙突から立ち上る煙は細く、暖を取るための薪さえ十分でないことが窺える。
「寒さが厳しいのに、着ているものがあまりにも...」
エマの声には心配が滲んでいた。確かに、村人たちの衣服は薄く、寒さを防ぐには不十分に見える。
「羊は飼っているようね」
レティシアは冷静に観察を続ける。村はずれには小さな羊の群れが見えた。
「でも、その毛を十分に活用できていないのかもしれない」
「まさか、お嬢様」
エマは、レティシアの口調の変化に気づいていた。それは、かつてフェリエ王国で政務に携わっていたときの、問題解決に向かう声音だった。
「私の前世の記憶に、寒冷地での暮らしについての知識があるの」
彼女の魂は、何度も転生を重ねている。そしてその魂の記憶を余すところなく持ち続けているのだ。
数多の転生の過程で得た知識は、きっとこの地の人々の役に立つはずだ。
「羊毛を紡ぐ技術を改良すれば、もっと温かい衣服が作れるわ。それを売ることで、収入源にもなる」
その言葉には、確かな希望が込められていた。