新しい人生へ
レティシアは黙って部屋を後にした。まるで、重い鎖から解き放たれたかのような軽やかさを感じながら。
廊下では、エマが心配そうな表情で待っていた。
「お嬢様...」
その声には、深い安堵の色が混じっている。彼女は、レティシアの表情を見て全てを悟ったようだった。
「アムレアン皇国に向かうわ、エマ」
レティシアは静かに告げた。その声には、これまでになかった確かな希望が込められていた。
「お母様からの手紙で、祖国のソリアノ王国には戻らずアムレアン皇国のアイシュエット侯爵家へ嫁ぐようにと。お母様と旧知の仲の侯爵家で、向こうの準備は整っているそうよ」
昨日の今日で手紙が届いていることを思うと、実家では婚約破棄の動向を以前から察知していて、レティシアの行く先を決めておいてくれたということだろう。
「私もご一緒させてください」
エマは即座に答えた。その返事には迷いが一切なかった。
「お嬢様を置いていくことなどできません」
レティシアの表情が、初めて柔らかくなる。小さな笑みが、彼女の唇に浮かんだ。
「ありがとう。あなたがいてくれて本当に心強いわ」
二人は静かに歩き始めた。
執務室から怒鳴り声が聞こえてくるが、もはやそれは彼女たちには関係のない世界の音だった。
新しい人生が、今まさに始まろうとしていた。