決別
「俺の側近の一人と結婚し、新しい王太子妃を支える役目を与えてやろう。マリエットには、お前のような補佐が必要になるだろうからな」
レティシアはその言葉を静かに聞いていた。その瞳には、一片の動揺も見られない。
「これは俺の慈悲だと思え。婚約破棄された身でありながら、まだ王宮に残る機会を与えてやるのだからな」
その言葉には慈悲も思いやりもない。ただの支配欲だけがあった。
レティシアには分かっていた。彼女の能力は認めているが、それを自分の道具として使いたいだけなのだと。
「ありがたいお言葉ですが、必要ありません。私はフェリエ王国にはもう何の未練もありませんので」
「何?」
フレデリックの声が鋭くなる。その表情が一瞬にして凍りついた。
「お前に選択肢などないのだぞ?」
「いいえ」
レティシアは静かに、しかし毅然と答えた。その姿勢は、もはや婚約者でも、臣下でもない。
そもそも隣国ソリアノの公爵令嬢であるレティシアは、婚約者という肩書がなくなった今では王太子の臣下ではない。
「私にはもう自由があります。そして新しい人生を自分で作ります」
「ふざけるな」
フレデリックは机を叩いて立ち上がった。その行動は、まるで駄々をこねる子供のようだった。
「お前は自分を何様だと思っている?俺がここまで慈悲をかけてやっているというのに!」
その怒号は、レティシアの心には全く響かない。むしろ、これまでの七年間が無駄ではなかったことを、確信させるものだった。
「勝手にしろ!」
王太子は声を荒げた。その表情には、自分の思い通りにならないことへの苛立ちが露わになっている。
「その代わり二度とフェリエ王国の地を踏むな!役立たずめ!」
その言葉に、レティシアは小さく頷いただけだった。彼女の心には、もはやこの国への未練など微塵もない。七年の歳月は、確かに長かった。
―しかし、それももう終わる。