覚悟
「この領地を、お前たちに託したい」
エドヴァルドの声は、静かながらも力強かった。
「父上...」
「エリアス」侯爵は息子をまっすぐに見つめる。「お前は十分に成長した。領主としての資質も、戦士としての誇りも、どちらも立派なものだ」
月光が窓から差し込み、エリアスの横顔を照らす。その表情には、かつての迷いは微塵も残っていない。
「そして、レティシア」
エドヴァルドは、嫁である彼女にも温かな眼差しを向けた。
「あなたの存在は、この領地に、そしてエリアスに、大きな変化をもたらした。セシリアの娘を迎えられたことを、心から喜ばしく思う」
「エドヴァルド様...」
レティシアの瞳が、僅かに潤む。
「さらに、もう一つ」
侯爵は、机の上の古い書物に手を置いた。
「お前たちの正式な結婚式を執り行いたい。皇帝陛下の後ろ盾を得た今こそ、領地の繁栄と共に、祝福すべき時だと思うのだが」
その言葉に、エリアスとレティシアは思わず顔を見合わせる。二人の間に流れる空気が、確かに変わった。
「父上、それは」
「もちろん、私からの命令ではない」エドヴァルドは優しく微笑む。「お前たち二人の意思を尊重したい」
暖炉の炎が、ゆらりと揺れる。その光が、三人の影を壁に映し出していた。
「レティシア」
エリアスが、彼女に向き直る。その瞳には、これまでにない柔らかな色が宿っていた。
「私は...」
レティシアの返答を、エドヴァルドは静かに見守っていた。この時が、新しい時代の始まりとなることを、彼は確信していた。
「私は...」
レティシアの言葉が、書斎の静けさに溶け込むように響く。
「この領地に嫁いできた時から、ずっと心に決めていたことがあります」
月光に照らされた彼女の横顔は、凛としながらも柔らかな表情を浮かべていた。
「それは、この地とここに生きる人々のために、私の全てを捧げるということ」
「レティシア...」
エリアスの声が、感情を押し殺すように低く響く。
「私も同じだ」
彼は暖炉の炎を見つめながら、静かに言葉を紡ぐ。
「最初は、君の存在を疎ましく思った。俺の人生を、勝手に変えてしまうような存在だと」
その告白に、レティシアは小さく目を伏せる。しかし、エリアスの次の言葉が、彼女の心を強く揺さぶった。
「でも、君は違った。俺に本当の強さを教えてくれた。この領地を守る、本当の意味を教えてくれた」
エドヴァルドは、息子の言葉に深く頷く。かつて騎士の道一筋だった息子が、確かな領主としての覚悟を持つまでに成長した。それは、紛れもなくレティシアの存在があってこそだった。
「式を執り行わせてください」
エリアスが父に向かって頭を下げる。
「俺たちの誓いを、みんなの前で」
「ええ」レティシアも柔らかな微笑みを浮かべる。「この領地と、私たちの未来に向けて」
月が雲間から姿を現し、その光が二人を祝福するかのように包み込んでいく。暖炉の炎も、いつもより明るく燃えているように見えた。
「よかろう」
エドヴァルドは立ち上がり、窓辺へと歩み寄る。領地の夜景が、静かに広がっていた。
「来月の満月の日に──」
その言葉は、急を告げる足音によって遮られた。




