論戦
「これが、我が国の主張の根拠となる文書です」
アスタルンの使節が広げた古文書には、複雑な領地画定の記録が記されていた。
一方、フェリエの使節は、レティシアの神の祝福に関する古い予言書を取り出す。
「神に愛された者の力は、国の財なのです」
フェリエの使節の声が震える。
日差しは更に移り、今や使節たちの影が長く伸びていた。
「確かに」レティシアが静かに告げる。「この力は、神からの祝福です」
彼女は窓際へと歩み寄る。
陽光に照らされた彼女の姿は、まるで聖女のように見えた。
「でも、この力は私という人間に与えられたもの。土地を潤すのは、そこに住む人々への愛があってこそ」
「レティシア様」フェリエの使節が懇願するように声を上げる。「我が国の民も、あなたの慈愛を」
「七年間」
遮るようにエリアスが一歩前に出る。
その声には、怒りではなく、確かな意志が込められていた。
「七年もの間、レティシアを軽んじ、追い出した国が、今更何を」
「若様」アスタルンの使節が口を挟む。「この件は、両国の将来に関わる重要な…」
「重要、ですって?」
レティシアが振り返る。夕暮れに差しかかる陽が、彼女の横顔を赤く染める。
「なら、お答えしましょう」
彼女は、両国の文書に目を落とした。
「アスタルン公国の文書は、確かに興味深い主張です。でも」彼女は微笑む。
「その文書の年代を見る限り、既にアムレアン皇国との協定で無効とされているはず」
使節の顔が強張る。
「そして、フェリエ王国」レティシアは予言書を手に取る。「この予言、確かに私のことを指しているのでしょう。けれど、神の導きは既に示されました」
彼女はエリアスの隣に立つ。
「この領地こそが、私の在るべき場所だと」
夕陽が差し込む謁見の間に、深い沈黙が落ちる。
「我が国は」アスタルンの使節が、最後の切り札を切る。「必要とあらば、武力も辞さない所存です」
「どうぞ」
エリアスが静かに告げる。その瞳には、かつての粗暴な怒りはない。
領地を守る者としての、冷静な決意だけがあった。
「ですが、その前に」レティシアが付け加える。「アムレアン皇国の意向も、確認なさったほうが」
その言葉に、使節たちの表情が変わる。既に、レティシアは皇国への使者を送っていた。
両国の思惑は、着実に潰えつつあったのだ。
夕陽が沈み、謁見の間は薄闇に包まれ始めていた。
しかし、エリアスとレティシアの立ち姿は、むしろ一層凛々しく見えた。
それは、共に領地を守る決意を固めた、真の夫婦の姿だった。




