新しい物語の始まり
春の終わりを告げる雨が、静かに降り続いていた。
「北の防衛線の強化は予定通り進んでいます」
アイシュエット家の執務室で、エリアスが報告を受けていた。
机の上には、新たな防衛計画の図面が広げられている。
「鉱山の警備体制も整いました。これなら、アスタルン公国の動きも...」
「ええ。でも、まだ気を抜くことはできないわ」
レティシアは窓際から、雨に煙る領地の風景を見つめていた。城下町には活気が戻り、人々は日常を取り戻しつつある。しかし──。
「密偵の動きは、まだ完全には止まっていない」
彼女の声には、どこか深い思慮が滲んでいた。
「確かにな」
エリアスは剣を携えたまま、彼女の隣に立つ。二人の姿が、窓ガラスに映り込む。
「だが、もう昔のような不安はない」
その言葉に、レティシアは小さく目を細めた。確かに、エリアスは変わった。いや、二人とも変わったのかもしれない。
「若様!」
突然、扉が開かれ、一人の騎士が駆け込んでくる。
「鉱山で新しい鉱脈が!」
「何?」
エリアスが身を乗り出す。
「密偵たちの妨害を避けるため、別ルートで探索していた場所から...」
「やはり」レティシアが静かに頷く。「神の祝福は、この領地に確かな実りをもたらしているのね」
「レティシア...」
エリアスが彼女を見つめる。
その眼差しには、かつての敵意も困惑も、もはやなかった。
「君が俺を信じてくれたからだ。ありがとう」
「信じたのではないわ」
レティシアは雨に煙る風景から目を転じ、エリアスと向き合う。
「ただ、あなたが自分の力を理解するべきだと思っただけ」
「ふ」エリアスが小さく笑う。「君のやり方、少しだけ見直したよ」
その言葉に、レティシアも柔らかな笑みを返した。
「まだまだ、たくさんの課題が待っているわ」
雨は静かに降り続いている。
しかし、その雨は決して憂鬱な色を帯びてはいなかった。
むしろ、新しい芽を育むような、優しい潤いを感じさせた。
二人の影が、窓ガラスにくっきりと映る。それはもはや、別々の影ではなかった。
「さあ」
レティシアが机に向かって歩き出す。
「次の計画を立てましょう」
「ああ」
エリアスも頷く。彼の腰の剣が、かすかに光を放った。それは今や、領地を守るための確かな力の象徴となっていた。
窓の外では、雨が上がり始めていた。薄日が差し込み、雫が煌めきを放つ。
それは、二人の新しい物語の始まりを、静かに祝福しているかのようだった。
第4章が終わりました。
明日はエリアス視点のお話です。




