くだらないシナリオ
王太子はそんな空気を楽しむように、不敵な笑みを浮かべながら続ける。
「こんな地味でつまらない女と結婚などできません。王太子たる私には、もっと相応しいレディがいる」
その言葉は、明らかにレティシアを侮辱するために選ばれていた。取り巻きたちの嘲笑が響く。その笑い声の中には、これまでレティシアの下で働いていた者たちの声も混じっている。
老王は目を閉じたまま、息子の暴挙を止めようとはしなかった。それどころか、その表情には安堵の色すら浮かんでいるように見えた。
「まあ、あの子ったら」
「王太子様にお似合いの方じゃないわよね」
「地味すぎるのよ」
ざわめきが広がる。その中には、既に次の王太子妃候補の名前も混ざっていた。マリエット・バルビエ。確かに華やかで、社交界の寵児と呼ばれる令嬢だ。
その場の空気は、完全に王太子の思惑通りになっているかに見えた。
しかし──。
レティシアは、一歩前に出た。
その一歩で、会場の空気が凍り付く。彼女の歩み方には、どこか特別な威厳が漂っていた。それは七年間、実質的に王太子妃として政務を取り仕切ってきた者の佇まいだった。
「王太子殿下のご判断、しかと受け止めました」
凛とした声が会場に響く。その声には、一切の感情が混ざっていない。それでいて、どこか冷徹な強さを秘めていた。
フレデリックは一瞬、驚いたような表情を見せた。おそらく彼は、レティシアが涙にくれるか、せめて怒りの感情を露わにするものと期待していたのだろう。その予想を完全に裏切られ、一時的に言葉を失った。
しかし、すぐに居直ったように肩をすくめる。
「それでよい。下がれ」
その言葉には明らかな焦りが混じっていた。
レティシアの対応は、彼の予定していたシナリオを完全に狂わせてしまったのだ。