華やかな婚約破棄パーティー
宮廷パーティーの華やかな音楽が、大広間に流れていた。
優雅なワルツに合わせて貴族たちが舞い踊る中、レティシアは静かに壁際に立っていた。いつものように、彼女の周りには誰もいない。ただエマだけが、忠実な影のように後ろに控えている。
「また誰も、お嬢様に挨拶さえしようとしません」
エマが小さく呟く。確かに、レティシアの周りだけぽっかりと空間が空いていた。
それは偶然ではない。王太子の意向を忖度した貴族たちが、意図的に作り出した空白だった。
「気にすることはないわ」
レティシアは淡々とした声で答える。七年間、この国で過ごしてきた彼女にとって、こんな仕打ちは珍しいものではなかった。
豪奢な衣装に身を包んだ貴婦人たちが、レティシアの地味な装いを横目で見ては、くすくすと笑い合っている。彼女の服装は確かに質素だった。しかし、それは単なる趣味の問題ではない。国の予算を私的な贅沢に使うことを潔しとしない、彼女なりの信念だった。
「陛下がいらっしゃいます」
誰かが声を上げ、音楽が止まる。老王の姿が見えた瞬間、会場の空気が一変した。そして、その後ろには──。
「本日はパーティーにお越しいただきありがとうございます。お集まりの皆様に重要な発表がございます」
フレデリック王太子が、高らかに声を上げた。彼は会場の中央へと歩み出る。その表情には既に勝ち誇った色が浮かんでいた。レティシアは、その瞬間に何が起こるのかを悟った。
「待って、お嬢様」
後ろでエマが小さく腕を掴む。彼女も事態を理解したのだろう。しかし、レティシアは静かに首を振った。
「本日をもって、レティシア・デ・オリバスとの婚約を解消することをここに宣言します」
会場が静まり返る。ただ、それは驚きのためではなかった。
むしろ、皆が予期していた瞬間が訪れたという空気が漂っていた。