迷いか、それとも新たな決意か
「レティシア様」
執事のルーカスが、一通の手紙を持ってきた。その表情には、どこか緊張の色が浮かんでいる。
「フェリエ王国からの情報です」
その内容は、意外なものだった。かつての栄華を誇った国が、今や混乱の淵にあるという。
自然災害が相次ぎ、政務が滞り、民心が離反しているという。
神の祝福を失った国の、必然の結末のように思えた。
「フェリエ国内の自然災害が深刻化しているそうです」
ルーカスが手紙の内容を詳しく説明していく。
「作物の収穫は例年の半分にも満たず、さらに未曾有の寒波が...」
「ふふ」
レティシアは小さく笑う。自分が去った後の混乱は、予想していた通りだった。
神の祝福を失った土地の行く末を、彼女は知っている。
「民衆の不満も高まっているとか」ルーカスが言葉を添える。「王太子の放蕩ぶりに、貴族たちの間でも批判の声が」
「何がおかしい」
低い声が、背後から響く。振り返ると、エリアスが立っていた。
剣術の稽古を終えたのか、彼は汗を滲ませている。
その姿は、幼い頃から変わらぬ理想を追い続ける者の凛々しさを感じさせたが、同時に、どこか痛々しさも漂わせていた。
「...何も」
「俺には、もう何の価値もないということか」
突然の言葉に、レティシアは真摯な眼差しを向ける。
「この領地は、お前一人で十分なんだろう。お前の知恵と、お前の力だけで」
その声には、自嘲の色が混じっている。
幼い頃から夢見た騎士の誇り、剣で領地を守るという使命感。
それらが、今や色褪せていくような焦燥が、その声音には滲んでいた。
「俺なんか、ただの飾りに過ぎない。剣しか持たない男は、もう...」
「自分で決めつけているのは、あなたよ」
レティシアは冷静に、しかし芯の通った声で告げた。
「環境が悪いと嘆くなら、自分の力で変えればいい。他人と比べて自分を卑下する暇があるなら、剣でも何でも、自分の武器を磨けばいい」
その言葉に、エリアスの瞳が揺れる。
「......何も知らないくせに」
彼の声が、低く震えた。それは反論というより、自分自身への苛立ちのように聞こえた。
「知らないから何?」
レティシアは一歩も引かない。
その姿勢は、フェリエ王国での七年間、一人孤独に耐え抜いた者の強さを感じさせた。
「自分の望みを知らない人間ほど、不毛なものはないわ。あなたは、本当は分かっているはず」
その言葉が、まるで剣のようにエリアスの胸を貫く。
彼の求めていたものは、本当に騎士という肩書きだったのか。
それとも、もっと本質的な、何か別のものだったのか。
風が吹き抜けていく。
まだ肌寒い空気の中に、どこか新しい季節の気配が混じっていた。
それは、この領地に、そして二人の関係に訪れようとしている変化の予感のようでもあった。
エリアスは無言で踵を返すと、再び訓練場へと向かっていった。
その背中には、これまでとは違う何かが宿っているように見えた。
迷いか、それとも新たな決意か。
レティシアはその姿を静かに見送りながら、心の中で祈るような思いを抱いていた。
彼が本当の強さを見出すまで、きっとまだ時間がかかるだろう。
しかし、その過程を見守ることもまた、彼女の使命なのかもしれない。




