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エマ視点:忠義と祈り

冷たい風がレティシアお嬢様の髪をそっと揺らしていた。冬を迎えようとしている大地を背景に、彼女は馬車の中からじっと外を見つめている。


その横顔はいつものように穏やかで、静かな威厳を湛えているようだった。



「お嬢様……」


エマは思わず声をかけかけて、すんでのところで止めた。

自分が何を言おうとしているのか分からなかった。ただ、お嬢様が心の中に抱えているものがどれほど重いか、彼女だけは知っているつもりだったからだ。




エマは幼い頃、街の片隅で死にかけていた。


飢えと寒さに耐え切れず、薄れゆく意識の中で彼女を救ってくれたのは、まだ幼いレティシアお嬢様だった。


「あのとき、あの人がいなければ、私は生きていなかった……」

お嬢様に救われた瞬間の記憶は、エマの中で決して色あせることがない。だからこそ、彼女はどんな時もレティシアの側にいると誓った。それが自分にできる、ただ一つの恩返しだった。



それから数年が経ち、レティシアお嬢様の「秘密」を知ることになった日のことを、エマは鮮明に覚えている。



「エマ、もし私が普通の人間ではないと言ったら、あなたはどう思う?」

あの静かな声には、少しだけ迷いが混じっていた。


「普通……ではない、ですか?」

エマは慎重に問い返した。


「ええ。私はね、前世の記憶を持っているの。それも、ただ一つではなく……何度も何度も生まれ変わってきた記憶を。」

最初は何を言っているのか分からなかった。しかし、お嬢様の目を見た瞬間、彼女の言葉が真実であることを理解した。その瞳には、エマが知らない世界のすべてが詰まっているように感じられたからだ。


「お嬢様がどのような運命を背負っていようと、私には関係ありません。ただ、私はお嬢様のために生きると決めているのです。」

エマはそう答えた。心の底から出た言葉だった。


それ以来、エマはお嬢様の「秘密」を守りつつ、彼女を支えることに全力を尽くしてきた。



フェリエ王国での生活は、エマにとっても息苦しいものだった。お嬢様は王太子殿下の婚約者という立場でありながら、周囲から冷たく扱われ、王太子殿下自身からも「地味でつまらない」と嘲られていた。


エマは何度も殿下に抗議したい衝動に駆られたが、それを口にすることはできなかった。お嬢様が冷静にそれを許さなかったからだ。


「エマ、私のために感情的になる必要はないわ。」

そう言うお嬢様の声は、冷たくも優しかった。



そんな中で迎えた婚約破棄の日。


「地味な女とは結婚したくない。」


王太子殿下の言葉に、エマの血は沸騰した。しかし、それ以上に彼女を驚かせたのは、レティシアお嬢様の毅然とした態度だった。


「了承いたします。」

一言で切り捨て、まるで殿下が取るに足らない存在であるかのように振る舞うお嬢様。その姿にエマは胸がすくような思いを感じた。


「これで……お嬢様は自由になれる。」

エマは心の中でそう呟いた。



アムレアン皇国への旅路で、エマはふとお嬢様に尋ねた。

「お嬢様、どうしていつもそんなに冷静でいられるのですか?」


お嬢様は窓の外を見つめたまま、少し考えるようにしてから答えた。

「冷静というより、期待していないだけかもしれないわ。私は、何度も期待を裏切られてきたもの。」

その言葉に、エマの胸が痛んだ。


「それでも……私はお嬢様を信じています。これからどんなことがあっても。」

エマの言葉に、レティシアはわずかに微笑んだ。


アムレアン皇国での生活が始まる。


エマにとっても未知の土地であり、新しい挑戦だった。だが、彼女は少しも恐れていなかった。お嬢様がいる限り、自分のすべてを捧げて支え続ける覚悟があったからだ。



「お嬢様、この先どんな困難が待ち受けていようとも、私はすべてをお支えします。」




エマは心の中でそう誓い、馬車が目指す新天地を見据えた。


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