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書籍発売記念SS◆結婚式と、甘い甘い夜(前編)

 穏やかな日差しが降り注ぐ今日。雲一つない青空が遠くまで広がり、暖かく気持ちのいい風が吹いている。

 時折木々が優しく揺れ、花びらがふわりと舞うその風景が、今日という特別な日を祝福してくれているかのようだ。


 ハリントン公爵領内の大聖堂の控え室で、私は早朝から準備に取りかかっていた。いよいよその時が迫ってきており、大勢の侍女や使用人たちも慌ただしく動き回っている。


「……最高に綺麗。言葉が出ませんわ、ミシェル様」


 侍女たちと一緒に私の身支度を手伝ってくれていたアマンダさんが、仕上がった私の姿を見て涙ぐむ。


「ふふ。ありがとう、アマンダさん。……今までで一番緊張するわ……」

「大丈夫。皆ため息をついて見惚れると思いますわ。……ほら、こちらへ」


 アマンダさんに手を引かれ、私は椅子から立ち上がると鏡の前へと移動する。そして、そこに映った自分の姿を見て思わず息を呑んだ。


 幾重にも重なるチュールスカートの純白のドレスは、まるで天上の雲をまとったようにふわりと広がっている。裾には細やかな銀糸の刺繍がきらめき、優雅な輝きを放っていた。胸元には繊細なレースと小さなパールが丁寧に縫い込まれ、背中には羽のようにふわりと広がったリボン。鎖骨と胸の間ほどまで伸びたピンクブロンドの髪は丁寧に編み込まれ、精巧に作られたプラチナとダイヤモンドのティアラが載せられている。その中央にはロイド様の瞳の色の、鮮やかな大粒のサファイア。


「……すごい……」


 思わずそんな声が漏れてしまった。アマンダさんはまだ瞳を潤ませ私を見つめながら、優しく微笑んでいた。


「じゃあ、私は先に聖堂へ行っていますわね。楽しみにしています。どうか落ち着いて。ね?」

「ええ! ありがとうアマンダさん。また後で」


 今日の列席者でもあるアマンダさんは、私の支度が整ったのを見届けると先に部屋を出ていった。

 それからしばらくして侍女に促され、私は聖堂へと移動した。


 礼服姿のロイド様は、すでに扉の前で私を待っていた。

 白のロングジャケットに金糸の刺繍が静かにきらめき、落ち着いた品格を添えている。胸元にはレースタイと、家門のブローチ。肩からゆったりと垂れる金地のサッシュが静かに揺れ、彼の穏やかな物腰と知的な印象を引き立てていた。

 物語に出てくる王子様のようなその姿に、私はうっとりと見惚れながら近付いた。


「……素敵すぎます、ロイド様……」


 けれど、彼は何も言わない。

 ただその青い瞳を見開いたまま、私のことをじっと見つめている。薄く唇を開き、呆然とした様子で。


「……ロイド様?」

「……っ! ……すまない。君が、あまりにも……」


 私の声にハッと我に返ったような顔をしたロイド様が、少し掠れた声で言った。


「……この世のものとは思えない美しさだ。息が止まる。ミシェル、今の君を形容する言葉が見つからないが……、最高に綺麗だ。このままずっと見つめていたくなるほどに」

「ロッ……ロイド様ったら……。ありがとう、ございます……」


 顔から火が出るほどの熱烈な賛辞に、全身が熱くなりじんわりと汗まで浮かぶ。嬉しいのか恥ずかしいのか、もう自分でもよく分からない。人生最高潮の緊張も相まって、軽くめまいまで覚えた。


「さぁ、ミシェル、私の手を取って」

「は、はひ」


 入場の時間となり、衛兵が扉に手をかけた。

 ロイド様は私に自分の腕を差し出しながら、カチコチに固まる私を見てくすりと笑う。


「大丈夫だ。そんなに緊張しなくていい。今日集まってくれているのは、我々を祝福してくれる者ばかりなのだから。不安になったら、私のことだけを見ているんだ。そしてこれから始まる私との未来のことだけを考えて」

「……はい。ロイド様」


 その言葉を噛みしめながら、私はロイド様の腕を取り、彼にぴたりと寄り添った。


 荘厳な聖堂の中には、華やかに着飾った大勢の列席者がずらりと揃っていた。ロイド様に寄り添い、ゆっくりと一歩ずつ歩きながら、私は彼らを見渡した。……皆目を輝かせて私たちを見つめている。婚約パーティーでご挨拶した貴族の方々を見渡しているうちに、彼らに気付いた。


(あ、カーティスさんとアマンダさんだ。並んで座ってこっちを見てる。ハリントン前公爵夫人も……。……っ! さ、最前列にいらっしゃるのは、国王陛下の代理の方と、王子や王女殿下方だわ……!)


 王族の姿を目にし思わず体が強張った私は、無意識に隣のロイド様を見上げる。

 するとロイド様は、まるで私の気持ちを察したかのようにこちらを見下ろし、包み込むように微笑んだ。

 ステンドグラスからこぼれる光が、一歩ずつ歩く私たちの純白の衣装を、柔らかく照らし出す。

 祭壇の前で誓いの言葉を述べ、指輪を交換する私たち。

 ロイド様は私のベールをそっと持ち上げ、熱のこもった目で私を見つめたまま、ゆっくりと顔を近付ける。私は自然に目を閉じ、彼の温もりを待った。

 愛おしい人の優しい熱を唇に感じた瞬間、大聖堂に割れんばかりの拍手が響き渡った────。




 厳かな式が終わり、公爵邸大広間での祝賀の宴は、夜遅くまで続いた。

 お開きとなった後、私は今夜から自分の新しい私室となる、ロイド様の私室近くの部屋に引き揚げた。二人の部屋の間には、扉続きの夫婦の寝室がある。今夜初めて、二人で眠る寝室だ。


(いよいよこの時が来たのね……)


 侍女たちによって夜着を着せられ身支度を終えた私は、ごくりと喉を鳴らす。そして一度深呼吸をすると、寝室へと続く扉をおそるおそる開いた。

 すると、灯りを落としたその部屋には、すでに彼の姿があった。


「……ロ、ロイド様……」

「……少しは疲れが取れたか? 一日中緊張していただろう」


 ガウンを羽織り、濡れた前髪を一房額に垂らしたロイド様。その姿はこれまで見てきた彼の雰囲気とは全く違い無防備で、妖艶だった。

 

(ど、どうしよう……。何だかすっごくドキドキする……っ!)


 もう結婚式の比じゃない。体は石像のようにカチコチに固まり、心臓は今にも飛び出しそうなほどに脈打っている。


「こっちへおいで、ミシェル」


 いつまでも扉のところから動かない私に痺れを切らしたのか、ソファーに座っているロイド様が小さく苦笑し、私にそう声をかける。私は勇気を振り絞り、機械仕掛けの人形のような動きで彼のもとまで歩いていった。


「ここに座って」


 ロイド様は自分の隣を手で示し、そう言う。おそるおそる腰かけると、彼は私に向かって小さな箱を差し出した。ブルーのリボンがかかっている。


「? これは……?」

「今夜渡そうと思っていた。ミシェル、夫婦となった記念に、君にこれを受け取ってほしい」

「……ロイド様……」


 私は戸惑いつつ、その滑らかなリボンをゆっくりとほどいた。蓋を開けると、中に入っていたのは美しい装飾の懐中時計だった。手のひらに収まるほどの銀色の時計には、繊細な透かし彫りが施されている。


「……綺麗……。すごく素敵です……! これを、私に……?」

「ああ。今日から二人で刻んでいく時を、共に大切にしていこう」

「あ、ありがとうございます、ロイド様……」


 感極まって涙ぐみながら、私は懐中時計の蓋をそっと開けてみた。すると内側には、私たちのイニシャルの刻印が。

 ロマンチックで素敵な演出に、胸がいっぱいで言葉にならない。


「……一生大切にします」


 震える声でそう呟くと、ロイド様は嬉しそうに微笑んだ。




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